Awake 1話

 

 

2 Awake 1話(1/132013/09/20() 04:46:28

――1830年初秋。

ワラキアのとある湖畔に佇む修道院が、牢獄として利用される事となった。

 その際、修道院として残したのは礼拝堂のみにしたので、それ以外の場所にあった貴重
な品や宝飾品は接収者であるロシア軍によって略奪に遭った。
 管理者がそのような態であったから、近隣住民に至っては、残り物の略奪目当てに参拝
やら囚人に面会するといった、人倫にもとる行為を平気で犯す者が後を絶たず、それによ
って邪悪な者の侵入を許す条件を整えてしまったといえる。
 それから幾日も経たない満月の夜、若い修道士が何かの気配と物音に気づき、確認のた
めに外へ出ると、黒い人影が彼の側を通ったので追い駆けた。
 それは礼拝堂の周辺で振り向きざま突然彼に抱き付くと、急な出来事に狼狽している彼
を尻目に首筋を舌で舐めつつ甘噛みをし始め、ついに牙で首筋の皮を突き破り、血を貪る
ように啜った。
 彼は抵抗したが月光がそれを照らした瞬間、黒いフードを被った上品でなおかつ、堕落
を悪徳と感じさせない程の妖艶さを湛える女の姿が現れた。
 そして、仄かに麝香の匂いたつ、流れるような栗色の髪をした女の与える痛みと快楽の
狭間に、涎を垂らしながら堕ちてしまったのである。
 女は吸血を終えた後、まだ血の匂いが残る彼の首筋を舐めながら、
「貴方は今から私のしもべ、僕よ、私をウラド・ツェペシュの眠る地下墓地に案内せよ」

3 Awake 1話(2/132013/09/20() 04:47:52

 眷属になった修道士に命じると、彼は魔除けの呪符を取り除きながら、女を目的の場所
まで案内した。
「おお、ドラキュラ侯。只今貴方を私の居城へとお連れいたします……“血の盟約によって封
じられし函(はこ)よ、眠りし者の眷属たる我の力に因り、今一度の開放を切に願わん
……

 女が詠唱すると墓石は浮かび上がった。そして骨を回収した後、彼女は手にした骨を壊
れない程度に抱き締めて、少しの間恍惚とした表情を浮かべながら微笑んだ。
「侯よ、初めはネクロマンサー様とデス様に復活のための準備を取り仕切って頂き、私は復活の儀
式の間、斎戒と生贄の探索を致します。それまで、暫しのお待ちを」
 やがて背後から「カルンスタイン伯爵夫人」と空虚な低い声が聞こえたので、女は声の方へ振
り向きながら妖艶な微笑を消し、不快な表情で背後の者をねめつけた。
「ネクロマンサー様、私はその名を捨てました。もし呼ぶのであればカーミラとお呼び下さい」
 その瞬間、混沌の主を迎え入れるかのように大量の蝙蝠の群れが、一点の曇りも無い満
月に向かって羽の音をバサバサとたてながら飛び立った。

――
さぁ、恐怖と混沌の祝宴を始めましょうか……

 カーミラはそう呟くと、石のように固まっている修道士を残し、ネクロマンサーと共に紫煙の霧と
なって消えた。

4 Awake 1話(3/132013/09/20() 04:48:57

 それから二ヶ月経った、1830年冬――オーストリア郊外のある古城前の森の茂みにて、三
人の男が古城を見つめていた。
 一人は古城を暗く不安な面差しで瞼に焼き付けるかのように見つめ、ある者は人々の害
を取り除く使命を果たすため、重々しい空気と瘴気に似た霧が纏わり付いている古城を決
意のまなざしで睨みつけ、そして、力の誇示によって己の名声と信頼を勝ち得ようとする
、穢れた目的を持った者と、三者三様の態をなして時を待っていた。
 その日はザァッという音と共に、周りの枯れ木や落ち葉が舞い上がるくらいに冬の冷た
い風が吹き荒ぶ、とかく寒い夜だった。
 すると、冷たい風で気合を入れるつもりか、不安な眼差しをその城に向けていた一人が
、外套として羽織っていた厚手の茶色い布を、元々身に着けていた二本のベルトに互い違
いに巻付けて、スリットの入ったスカートのようにした。
 そして、彼は引き締まった容姿を確りとした表情にし、
「師匠、やっとここまで来ましたね……
 とグレーブルーの眸を遠い眼差しで見開く灰銀の髪の青年――ネイサン・グレーブスはボソボソ
と暗い声色で、隣にいる初老の男性に向かって話しかけると、
「あぁ、お前や儂の敵をまた討つ事になったな」
 師匠と呼ばれた初老の男性――モーリス・ボールドウィンは静かに答え、その古城を苦々しく見つ
めた。
 その二人の後ろに、ネイサンの兄弟子であり、モーリスの実子、ヒュー・ボールドウィンが漆黒の長髪を
冷たい冬の風になびかせながら、無言で何かを思案するような恰好で腕を組み、大きいモ
ミの木を背にしてもたれ掛っている。

5 Awake 1話(4/132013/09/20() 04:50:19

 初冬の月夜に、粘りつく血の臭いが蔓延し、禍々しい雰囲気を倦み出している古城に、
三人のヴァンパイアハンターがそれぞれの思いを胸に闇を狩ろうとしていた――
その城は月の輪に照らされながら不吉な影を落していた。
――
完全な月輪は凶事の証。
 ヨーロッパ世界では、満月はロマンティックな眺めだけではない。忌避すべき光景でも
ある。吸血、淫蕩、嫉妬、傲慢……これらの事象を誘発させる力を持っているとされるか
らだ。
 ネイサンは、後ろでその城を暗い希望に燃える目を輝かせながら、微かに笑い見据えている
青年の様子を哀しい眼差しで盗み見た。
――
そんなに凶事を捻じ伏せることに悦びを感じるか……ヒュー……
 月明かりに映るその顔は、凛とした孤高の様相を呈する端正な容姿で、野望に心を委ね、
酔い痴れている表情は凄みを増した色気さえも放っており、その様態にネイサンは心が疼くと、
咄嗟に自分の胸当てに拳を強く当て、苦渋に満ちた表情で目を瞑った。
――
俺には……その感情が全く解からない。俺に、全てとは言わない。ただ、お前の苦し
みを分ち合いたいだけだ。なにか言ってくれ、頼む、恨み言でも良い。俺は全てを受け入
れる覚悟でいる……
……サン。ネイサン。時刻を合わせろ」
 師匠のモーリスが懐中時計を手に、ダンピールでないヴァンパイアハンターに悪魔や吸血鬼
が見えてくる時刻を告げると、ネイサンは歯を食い縛り、気を引き締めて両親を殺した古城の
主、真祖ドラキュラを倒す決意を固めるため、そして己の脆弱な恐怖に打ち勝つため、束にし
て持っていた聖鞭を力強く握り締めた。
「いくぞ!」
 モーリスは、若い弟子を大声で鼓舞した後、月輪に向かって獣のように咆哮した。

6 Awake 1話(5/132013/09/20() 04:51:17

三人は城門に入ると、早速この世の者でない炎の鎧を纏った悪魔に出会った。
 しかし、そんなものを相手にしている暇は無いので突っ切り、ドラキュラがいるとされる儀
式の間に通じる凱旋通路も魔物を無視して抜けようとしたが、無限に発生するゾンビの群
れが通路を占領していたため、躱わし切れないと判断してやむなく撃破する事にした。
 迫り来る無数の不死者に、モーリスは教会で聖別した上に追尾機能を呪付したダガーを飛び
道具として駆使し、ゾンビに打撃を与えていた。
すると、その刺し口から聖なる白い魔方陣が発現し、炎に包まれた不死者は塵に還した。
 そして、ヒューは教会で聖別されたバスタード・ソードで見事に、一寸の狂いも無くゾンビ
の核――脳天を素早く刺し貫き消失させていた。
「これじゃ、儀式の間まで辿り着けない!」
 それに対し、ネイサンは無限に発生するゾンビを聖鞭で振り回して凌いでいたが、有効打に
はならず余計群がってきた。そう、弱い生き物から取り込む魔物の習性に狙われたのだ。
 彼は継承された聖鞭を自らが使いこなせない事に焦りを感じた上、ゾンビに囲まれた恐
怖で、目の前のゾンビやウィルオウィスプを捌き切れなくなり、たちまち体が硬直して体
中に鳥肌が立った。
 幾度となく吸血鬼退治に従事して来たが、常に恐怖を感じて背中に冷えた汗を際限なく
流しつつ、己の技量のなさに軽い失望を覚えながら事に当たるのは毎度のことだ。
――
何度体験しても馴れる事の無い恐怖。ヒューみたいに死と恐怖を征服することで力を確認
するなんて……! 俺には出来ない!! 
 すると、そのゾンビの群れの真横が一閃の光と風が突き抜けると共に、腐肉が辺り一面に
飛び散った。

7 Awake 1話(6/132013/09/20() 04:52:20

「ありがとう、助かったよヒュー」
 ネイサンは、床を濡らしている夥しい腐汁を避け、腐肉が原形をとどめないほど切り裂かれ
たゾンビの死体を飛び越えながら走りつつ、改めて一撃で不死者を屠った彼の剣技の見事
さに舌を巻くと、先ほどの恐怖に満ちた顔付きから感嘆した表情になった。
 だがヒューは、当然だ。しっかりしろと言わんばかりに走りながらネイサンを憮然とした態度で
一瞥してから、目指すべき儀式の間へと視線を向けた。
やがて儀式の間と思われる広い空間が見えてきた。
 そこでは、赤いレザーボンテージの上に、桃色のペチコートを表のスカートとして着用
している、言わば高級娼婦の様ないでたちをした妖花の如き美貌の女が、普通の人間が使
用するには大きすぎる黒い棺桶を、術であろう、直立させて その周りに……死者復活の
魔法陣を黒い文字で、いや、生贄の血液だ!血液で呪詛を構築している! 女は愛しそう
にその棺桶を見つめ、
「我は求める。すべての苦しみ、邪悪を支配するものを!」 
 と、復活のための最終詠唱を行なった。
――
しまった!呪詛は完成してしまっていたか!!
 三人は復活の儀式を止めんとするかのように、更に広間に向かって走り続けた。
 しかし、その詠唱が終わるや否や城全体が地響きを起して棺桶が光り出し、その光が収
束すると同時に棺桶が粉々に砕け中から、とても人とは思えない血色の無い、大柄で古め
かしい装いの貴族と思しき男が現れた。

「待っていたぞ、この時を。すばらしい。大いなる闇の光、月光が我が体内をよぎる
のを感じる」

8 Awake 1話(7/132013/09/20() 04:54:15

男は地獄の底から聞こえて来る様な低い忌まわしい声を、復活の儀を執り行った女に向
かって威厳のある顔で発した。女は歓喜に満ち溢れた満面の笑みで両手を広げ あぁ……
と甘い声で感嘆を漏らし、思うままに言葉を繰り出した。
「おお、魔王ドラキュラ侯よ。お目にかかれて至極恐悦に存じます」
「うむ。だが、まだ力が完全ではない
 女は近づきつつある滾る肉の匂いを嗅ぎ取り、血の味を確かめるかの様に薄笑いする唇
を赤い舌でなめずりながら、ねぶるような野卑た眼差しでその方向を見つめ、生贄を肉眼
で捉えると、魔性の者が持つ紅玉のような赤い瞳を輝かせ、嬉々とした表情になった。
「すぐさま、お力を取り戻す儀式の準備を
 と、その続きを言いかけた所で……
「待て! 貴様を世に放つ訳にはいかぬ!」
 ようやく儀式の間に辿り着いたモーリスは魔性の二人に、巌のような顔を更に厳しくして、
これでもかと言わんばかりに威圧的な表情で睨みつけた。
 ドラキュラはいかつい顔をした人間を見下ろし、少々無表情で逡巡したあと、激しい不快感
と怒りが込み上げて来たが、女――カーミラと同じく生贄の対象として認識すると、ほとばし
る怒りは押さえ込まれ楽しみを得た気分となり、だが冷徹な表情で眼前の老夫を確認する
かの様に呟いた。
「貴様。覚えているぞ。我を封印したバンパイアキラーの片割れだな
 そして、唇を歪ませて少々屈辱的な単語を冷たく放った。
老いたな」
 挑発されたとは思ったがモーリスは意に介さず、ただ義務的に、だが先ほどの姿勢と口調を
崩さずに言い返した。

9 Awake 1話(8/132013/09/20() 04:55:25

「貴様を眠らせておくのが我らが使命」
 その言葉を聞いて、ドラキュラは見下した様子でククク……と漏らして、思案した。
――
無力な人間如きが猪口才な――分を知れ。明らかに衰えておろうに……馬鹿が。
やはり、生贄にするか。
「面白い。宿敵である貴様の生命をもって我が不完全な力を補おうぞ」
 ドラキュラの眼球と左手が、カッ、と強い光を発現した。そして、モーリスの後ろにいる二人の
青年の位置を確認して怒号をあげた。
「ガキどもは要らぬわ!」
 その瞬間、彼は眷属の蝙蝠を解き放ち、その床を崩壊させた。
「ヒュー! ネイサン!」
咄嗟の出来事に精神の張りを一瞬失ってしまったモーリスは、落盤した方向に振り向くと大声
で二人の名を叫んだ。
刹那――カーミラが手をかざし、紫煙の玉でモーリスの背後を攻撃した。それに気付いた彼が攻撃
を避けようとして体を捻って反り返えしたが、足が縺れて体の重心が狂い、よろけたのを
見逃さなかったドラキュラが無数の蝙蝠を放ちモーリスにその群れを接触させると、壁に叩きつけ
られたモーリスは背中を激しく打ち据えた。
 それから痛みで意識が遠退くと共に体の筋肉がだらしなく弛緩し、やがて床に崩れ落ち
た。
「師匠!!」
「親父!!」
二人は奈落へ落ち行く中、モーリスの安否を確認するかのように手を天上に伸ばしながら、彼
の名をそれぞれの言い方で何度も大きく呼び掛けて、やがて、聞こえなくなった。
ドラキュラは後ろに控えている下僕に褒美を与えるつもりで、青年二人を奈落へ、正確には
「地下墓地」に落としたのだ。

10 Awake 1話(9/132013/09/20() 04:56:38

「カーミラ、我を復活させた礼としてあの二人をやろう。痛め付けた後にでも血を存分に貪る
か、拘束して肉を犯し尽くすでも良い。どちらでも構わん。バンパイアキラーなら普通の
男よりは楽しめるだろう……
「有り難き幸せでございます、侯よ。では、生贄を奥へ運んで参ります」
 ドラキュラは無表情で首だけをカーミラの方へ向け、じっ、と何気なく見遣ると、カーミラはペチコ
ートを両手で軽く抓み広げてから、ふわりとした緩慢な動作で畏まってドラキュラの前面に跪
くと、生前に貴族であった彼女の臈たけた微笑をもって、感極まったかのようにドラキュラに
謝辞を述べた。
 もっとも、吸血するのはともかくとして少女にしか興味の無いカーミラは、たとえ女のよう
な容姿をした男であっても、本気で戯れる気などさらさら無かったが。
 しかし生涯にわたって独りの異性を愛し、なおかつ同性愛を毛嫌いしている闇の帝王の
機嫌を損ねるのは、自分の存在にとっても己の目的「世界の混沌」のためにも得策ではな
いと考えると、それを悟られる事も恐れ、あえて己の節を枉げた。
 彼女は気を取り直して召喚の文言を詠唱した。
 そして何もない空間に脈打った丸い波紋が発生し、そこから捩れた白い紐が発現しなが
ら巨大な頭蓋骨の形を造り上げていくと、自身は全身を赤黒いおどろおどろしい色に染め、
サキュバスのような蝙蝠の羽を背中から生やした真の姿に変化した。
 それから、頭蓋骨にモーリスを乗せて儀式の間の奥へ運び、術で生贄を縛り付ける石柱に呪付
した紐で、彼をがんじがらめに拘束しているあいだ、ドラキュラは儀式の間に通ずる扉に封印
を施した。

11 Awake 1話(10/132013/09/20() 04:57:43

 ドラキュラは準備を済ませると儀式の間に現れて、青白く死蝋のようなカサカサとした手から、
黄金色の物体を出現させるとカーミラにゆっくり手渡した。
「カーミラよ、念のため鍵も同時に精製しておいた。この扉はその鍵が無ければ、何人たりと
も、如何な術を用いたとしても解除出来ぬ様にしてある。受け取れ」
「お預かりいたします。それでは私も魔力を付与する儀式をお手伝いいたします」
「いや、よい。お前は我のために時間を稼げ。もしやとは思うが、万が一、ガキどもがデ
スやネクロマンサーを撃破した場合、兎に角この部屋に来るのを阻止せよ」
「御意」 
 ドラキュラは怪しく、おぞましい姿の下僕に、手駒の様に扱う事に何のためらいも見せず淡
々と指示すると、彼女はそのような処遇を是としながらも魔である身分とは裏腹に、どこ
か心寂しい感情を己の中に見出してしまって、戸惑い、目の前の主を辛い表情で仰いだ。
――
己の意思では復活できぬ闇を統べる魔王。その心は計り知れぬが少なくとも復活した
以上は、私の意志を汲み取ってもらうためにも、迂闊なことをしてこの主の力を私に向け
させないよう気をつけねば……
 カーミラはドラキュラを安易に利用しようとした己の甘さを戒めた。

12 Awake 1話(11/132013/09/20() 04:58:42

――……
……っ」
 奈落へ落とされた二人は、吹き抜けのような所の平らな岩盤に辿り着き、辛うじて助か
った。
 ネイサンは足を挫いたが、ヒューは無傷の様だ。だが、もしかしたら我慢しているかも知れな
いと思ったネイサンは、自分の事よりヒューのことを心配して声をかけた。
どうやら怪我は無い様だ。ヒュー、大丈夫か?」
「ああ。くっ、無様だな。俺もお前も」
 とそれに対し、その配慮を無下にするかのように口角を歪ませ、自嘲気味にヒューは数日
振りにネイサンと口を利いた。ネイサンは、やっと声が聞けたと思ったら、憎まれ口でも嬉しく思
い、にこやかに軽く微笑んだが、ヒューはそれを見て端整な顔を不機嫌な表情に変え、不審
の念を表わすかのようにネイサンから背けた。
――
お前に、俺の気持が解って堪るか。力の無い者がその聖鞭を持つことで真の力が発揮
できると思うのか? ふざけやがって……この状況で笑えるなぞ言語道断だと言うに。親
父はこんな奴に聖鞭を渡して、どうかしている! 
 ヒューは、心に余裕を無くした言動を取るようになっていた。
――
傲慢、嫉妬、憤怒、強欲。七つの大罪の内、魔を討伐するには罪を犯しすぎている。
このままでは逆に魔に取り込まれると言うのに、モーリスは何を思い彼をこの暴欲の蠢く城へ
連れて来たのだろうか。
ネイサンは、何か否定的な含みを自分に対して向けているなとは気づいた。しかし、今はいち
いち言動を気にしている場合ではないので、モーリスの救出を最優先にした態勢の立て直しを
ヒューに告げた。
「早く、師匠を助けに行かないと」
 すると、お前に謂われなくても解っている、と言った風情でヒューは眉根を寄せネイサンを睨み
つけた。

13 Awake 1話(12/132013/09/20() 05:00:09

「俺が行く。俺の親父だ、俺が助ける。ネイサン、お前は城から出ろ。手出しするな」

 
 と同時に彼は、ネイサンが足を挫き、それを気にしないかのように自分に対して慈しむよう
な態度を取り、なおかつ父親の安否を自分より真っ先に考えた科白を吐いたことに、彼よ
り優位に立ちたいと思う感情が、軽い嫉妬と苛立ちを湧き立たせた。
 そして、ヒューは己が嫉妬している事に気付くと、居た堪れなさと恥ずかしさで、呆気に
取られているネイサンを置いて走り去っていった。
――
お前の様子を見ていないと思ったか? 怪我をしているのならさっさと城から出ろ。
足手纏いだ。いつも他人の顔色ばかりを窺って。だから、余計腹が立つ!!
 残されたネイサンはヒューが去った後を寂しく見つめながら、ヒューの苛立った表情と恩義ある
師匠の安否を考えて、一人残された己の状況に不安を感じた。
 そして、やるせない気持を表わすかのように、爪で掌が切れるぐらい拳に力を入れ、直
立した姿勢で悲愁の表情を天に向けると声高に叫んだ。

「俺だって、師匠を助けたい気持は誰にも負けちゃいない!」
――
そうだ、師匠とお前は実の親子だ。だけど俺はお前以上に師匠に養育された事に感謝
と、誇りを持っている。親友の子供とはいえ貴族でも金持ちでもない師匠が、普通の連中
みたいに人買いに売り飛ばさなかっただけでも僥倖と感じているんだ! その上、独り立
ちできるように教育を与えてくれた事も、死んだ両親より感謝するのは当然だろう!

14 Awake 1話(13/132013/09/20() 05:01:09

 大分、痛みは引いた様だ。ネイサンはヒューが去った方向を目指し、ゆっくりではあるが障害と
なる魔物を撃破しながら進んでいった。
――
大体お前は最近危うい。だから余計に心配じゃないか! それに……正式なハンター
の継承を受けたからといって、俺一人でこの魔城を駆けられると考えるほど、自信なんて
ない。
真祖ドラキュラを倒すなんてとても……前も俺の両親と師匠の三人で討伐するのに、生き残っ
たのは師匠だけというのがそれを証明しているじゃないか……
それに今は自分達が城内の何処にいるのか分からない。
儀式の間へ行こうにも、とても落ちた場所からは這い上がる事が出来ないし、他のルート
から探索しようにも、生き残った地元のハンター達から聞いた情報を元に作成した城内図
は、城門から一直線に位置する儀式の間までの物しかない。
だから二人でルートを開拓しないといけない状況なのに、一体お前はなにを考えてるんだ!
ヴァチカンでの事がお前の思慮を失わせたのか……
 ネイサンは一週間前の出来事を思い返した。