Awake 4

 

 

55 Awake 4話(1/92013/09/20() 05:52:45

「ちぃっ!」
 スケルトンが骨を投げ大動物の頭蓋骨であろうか、床や壁に張り付いて口腔から冷たい
炎を発している骨が間を待たずにネイサンに向かって攻撃してきた。少々当たっても致命傷に
なる事はほとんど無いが、無意味なダメージは出来るだけ避けたほうがいい。
 攻撃を避けながらそれらを屠っていくうちに一枚のカードが消失したスケルトンと頭蓋
骨の体内から炎を帯びながら出現した。
 ネイサンは消失した物質の中から物体が出現するなど自然界ではありえない現象だとは思っ
たが、何かの足しになるだろうとマーキュリーとサラマンダーの描かれたカードを拾った。
 それから面白半分に片手でカード同士を十字にするタロットカードの配列方法の一つで
あるケルティッククロスを模した所、彼の手から眩しいくらいの光が発現して体を包むヴ
ェールとなり全身を覆った。
「何なんだ一体! 俺はどうなってしまうんだ!?」
 その光が体を通り抜けるごとに自分の身に起こった事象に激しい不安と戸惑いを隠せな
かったが、徐々にそこから力が漲ってきたのには恐怖を少し取り除く作用をもたらし、神
かそれとも悪魔の与えた力だろうかと考えながら天井を仰いだ。
 暗い天井であったのでその時は良く見えなかったが、毒を含む蛇の塊が蠢くのを見た瞬
間に一匹ずつ彼に向かって落ちてきたため咄嗟に鞭を振るうと、範囲の広い炎が鞭となっ
て断末魔を上げさせながら一瞬にして焼き殺した。
……馬鹿な。ローマ・カトリックの連中が見たら間違いなく査問審議に掛ける事象だよな、
これは」
 ネイサンは毒蛇が消失する様を見つめながら自分の身に起こった事象を処理できないなりに、
前に進むための方策を模索し始め少しの間だが全身の動きを止めた。
「一体どこから這い上がればいいんだ? 階段なんて無かったし、それに凱旋回廊の階段
さえ出来かけのようだったが……?」
――
残る扉はここだけか。
 異様に青白く光る扉が禍々しい様相を呈しているとは思ったが道が無い以上、進むしか
方法は無いと悟った彼は勢いよく扉に手を触れた。
「!?」
 そこにはネイサンの体躯の数倍くらいの嵩はあるだろうか、生命体として異様なまでの大き
さを持った双頭のケルベロスが唸り声を立てながら、乱ぐい歯から雨のような涎を垂らし
て待ち構えていた。
 彼はその異形の姿に人の住まわない世界に踏み込んでしまった事を改めて自覚した。

56 Awake 4話(2/92013/09/20() 05:53:25

 ネイサンに捨て台詞を吐いたまま走り去ったヒューは、そのままの速度で地下墓地を探索して
いた。
 そしてある程度己の足で踏破出来る所まで駆け抜けながら、その間に余裕が出てきたの
か己の心を整理し始めた。
――
俺は何と口走った? 見苦しい。身近な者にあのような捨て台詞を吐くなど。ヴァチ
カンでもそうだった。親父に詰られたからか? それともネイサンの罪を知っての葛藤からか? 
あいつは俺が気付いていないと思っているだろうが、俺に対して友誼以上の感情を持って
いる事は知っている。男が男を心身共に愛しむ、ソドムの罪を。
何年もの間あいつは俺よりも早く起きて、最初は寝ている俺の頬に唇で触れ「ごめん」と
悲しげに呟いては軽く唇を重ねた。
それに対して俺もまた寝た振りをしてあいつに行動の理由を聞きだせずにいる。
十年前から弟子同士という立場で同じ部屋で寝起きしているのだ、気付かない筈が有ろう
ものか。
寝た振りをしているからその表情は薄目でしか窺えないが、多分如何とも為らない懊悩を
秘めた寂寥の漂う貌なのだろう。
俺からすればその表情をすることは自分の信念を自分で勝手に諦めて己の考えを卑下して
いる癖に、俺が与えるほんの些細な仕草を心のよすがにして己の想いを安定させている身
勝手ささえ感じる。
嫌悪感を覚えてはいるが襲い掛かるような野蛮な真似はしないから、ある程度の稜線は保
っているのだろう。だから我慢は出来ている。
身内が自分に対してソドムの罪を犯しているなどと他人に言っても「拒否すれば済む事だ
ろう」と一蹴されるのは目に見えているし、俺自身が口にしたくない。
俺が矜持と自尊心のためにあいつを叩き売るような卑怯さを感じるから。
それに何故だか分からないが多分、一時の気の迷いだと思うから言わないだけだ。
それなのにあいつが俺に対して好敵手として見ておらず俺自身が勝手にそう考えているの
を知った上で、普段と変わらずに接してくれている事に何故か安堵を感じている。

57 Awake 4話(3/92013/09/20() 05:54:08

――自分でも矛盾する感情が存在している事は信じられんが、そこは触れないで置こう。
これは俺の心の研鑽とは別の分野にあるから、そこまで考えるのは無駄だ。
しかし、あの「ごめん」という言葉を聞く度に、あいつは単に俺を求めているのではなく、
卑怯にも息子である俺に親父の姿を重ねているのではないかと思っている。

だからと言って己が育てられた恩を穢すのを懼れ、想いを遂げられないからと人の心身を
依代にするその姿勢に腹が立つ! あの臆病者! そんなに親父が欲しければ、死刑を覚
悟してでもぶつかればいい!!
頼むから人をだしにしてくれるな……俺は道化では無い。
その証拠に聖鞭を継承した数日前の朝から俺に唇を重ねる事は無かった。
それはその日から親父の愛情と信頼を一挙に手に入れたからだとしたら……

馬鹿げている! だが、その考えが頭を過る度に否定していたが奴が継承して半年経って
も指揮系統を誤り、ほうほうの体で戦闘を終わらせる事が多くなって何度死にかけたか!
それに先程ゾンビに囲まれて死にそうな顔で怯えていた奴の顔を見たら、奴が実力で代々
ボールドウィン家に伝わる聖鞭を継承した訳ではないと思い知らされた。
だから俺はあまりの理不尽さに奴を詰った。
む? 奴だと? 俺はいつの間にネイサンに対して奴などと憎々しげな言葉で名指ししている?
憎い訳でも何でも無いのに? 何故? 

 ヒューはそこまで考え己が下種な考えを膨らませている事に嫌悪を感じ、咄嗟に佩いている
聖剣を素早く抜刀し力任せにレンガの漆喰に突き刺した。
 だが、そのような一時の衝動を形にしても感情のわだかまりは消える筈も無く、無作為
に突き立てた剣からの衝撃で両腕が痺れて我に返った。

58 Awake 4話(4/92013/09/20() 05:54:49

「くっ……俺は何を考えている?」
 ヒューがふと剣身を鏡のように己の顔に向けると、そこには苛立ち眼窩が少々窪んだ魔性の
ような己の姿が映っていた。
 そのざまに先程自分が陥った下品な想像をしたことを思い出してしまい、途端に顔面を
歪ませてあまりの惨めさに聖剣を取り落としその場に額づいた。


「俺はどうかしている! 奴の事は好敵手だと。それ以上の感情で接するつもりは無いと
思っているのに! 接触が無くなったと思った途端に奴の事を求めているのか?」
――
嫌だ! 穢れている。肉欲を生ずる穢れは悪魔に付け入る隙を与えるというのに!
何の為に聖鞭を継承する時まで貞潔を守っていると思っている? しかもソドムの罪を犯
す気など更々ない!
「だが、そんな事もその考えも俺が奴より早く親父を救出する事で消え失せる。それに親
父が何と言おうと俺に継承者の称号と、ハンターのムチを与えない事は周りが納得しない
だろう……。 クク……ハハハハ……
 己の昏き想いの詰まった文句を、その内容に似つかわしく咽喉から乾いた声と共に虚ろ
に暗く呟き、軽く閉じた色濃い睫を縁取った光彩の無い黒檀の瞳を見開くと、回廊の先に
向けてノロノロと立ち上がった。
 駆けずり回った先に階段が無いと踏んだヒューは、己の見上げた先にある中空に浮いた一
対のレンガの坂を見つけた。
 向かって勢いよく助走をつけ、そのまま駆け上がると天高くレンガが上方に敷き詰めら
れた空間にでた。
 ここからどう登っていこうかと思案したが、ところどころに足場があるのを見てそれを
利用してに縄を両手で持つと床を蹴り、あたかもモーリスの救出が己の手によって成し遂げら
れる事を実感するように、一握と進めながら天井に向かって登っていった。
 さながら己の心を鼓舞する心持で、そう、誰かは判らないが自分に対して比類なき賞賛
を与える声を心の中で繰り返しながら。
 だが本人は気付いてはいない。といってもこの時点のヒューがそうと言われても頑なに拒否
するだろうが、それは己の価値を他人に委ねる積極性のない受動的な思考によって、突き
動かされた行動だったことを。
 そして誰かに何かを委ねる行為が魔に対して、共依存を誘発する格好の撒餌になるとい
う事を。

59 Awake 4話(5/92013/09/20() 05:56:27

「こんな馬鹿でかい生き物がこの世にいるとは……
 ネイサンは双頭のケルベロスを目の当たりにして一瞬、巨大さに驚いたが有無をも言わさず
その怪物は獲物を屠るため、その巨体を躍らせて彼に目掛けて飛びついてきた。
「ウアァアアアアァ――!」
 反応の遅れた彼は前足を胸に受け、自分が開いた扉に背中から激しい勢いで叩き付けら
れたが、扉はびくともしなかった。
 それにネイサンは違和感を覚え、すぐさま脱出するため扉をこじ開けようとしたが背後に熱
を感じ振り向いた。
「こんな物を相手にしている暇は無い。早くここから脱出して……何!?」
「グルァァアァアアァァッ!」
 咆哮とともに身を焼き尽くすほどの熱量をもった光線が、怪物の口腔の闇から発現しネイ
サンに向けて一直線に発射された。
 一瞬でも逃げ遅れたら命を落とす所であったが幸運にも光線を放つケルベロスの頭部が
天井近くに向いたため、その隙にその体躯の胴体部分近くまで滑り込んだ後すかさず背後
に回りこんだ。
 その先に扉が見えるとそこからの脱出を試みるため、真っ先にケルベロスの体躯を駆け
抜け扉へ向かった。しかし、
「何だこれは……? 扉が開かない? 一旦入ったら駒を倒さない限り出られない仕組み
になっているのか……? クソッ! こんな所で死んでたまるか!」
 ネイサンは扉に施された封印を解呪しようと押したり引いたり、こじ開けながら考えられる
限りの言語で試みたが、扉は頑として押すことも引くこともかなわなかった。
――
前方に開かずの扉、後方に埒外の獣。戦って血路を開くしか道は無いのか。たった一
人で。

60 Awake 4話(6/92013/09/20() 05:58:03

「お前たちの思い通りにさせるものか! いくぞ!」
「グルァァァアァァアァッ!」
――
まずさっきから攻撃を食らっているように、正面から奴の攻撃を躱しながら打撃を与
えられないのは、俺と奴の攻撃の範囲や等身の差を見れば明らかだ。
だったら常に奴の後方へ回り、自分の身を安全な場所に置きながら少しずつでもいいから
確実に力と体力を削っていく。
戦いは正面でのみ行うだけじゃない、人間同士の戦闘でも後方から攻撃する手段が戦術と
認められているんだ。ましてや強大な力を持った非科学的な物に戦闘のルールを求める必
要は無い。


 自分で怯惰、ヒューからすれば臆病だと思われているネイサンの強みは、余計なルールを己に課
さず相手の様態に応じて主義を変えることの出来る柔軟性である。
 ともすれば変節漢だと言われる行動にも取られがちだが、生き延びるためには必要な戦
術の一つでもある。力が無いからこそ職業として全うするために考え付いた方法だ。

――
ヒューならこんなとき力で突破するんだろうか? 違う、態勢を立て直して肝心なところ
で打撃を与える。俺はどうだろうか、スケルトン程度の敵であれば屠れるけど、効率的に
こちらの損害を抑えて討伐するほどの敵を一人で考えて壊滅させたことはない。
という事は個人の膂力も必要になって来る状況で完全に敵を屠れるだろうか?
生きて早く合流しないと。それだけが俺の希望だ。
もし自分達が全滅したとして、その報が届いてから討伐隊が編成されるまで幾日もかかる。
だが、その間に完全に力を得るだろう。そうなっては困るんだ。

61 Awake 4話(7/92013/09/20() 05:58:38

 ネイサンは、先ほどスケルトンとボーンヘッドを消失させた時に発現したカードの効果を思
い出した。
 埒外の獣に対抗する術は手持ちの聖水を用いて体躯の進行方向に常に攻撃しながら、自
分が持っている攻撃範囲の広い炎の鞭をケルベロスに叩き付け、振り返るアクションを取
ったと同時に接触を避けるため足場を使用し、その際にまた聖水をケルベロスの体躯の前
後に投げつけ足止めしながら後方に回り込む一連の作業をとることに決めた。
――
だが、実際にやって見なければ判らない賭けだ。賭ける物は己自身の生命。
 
 彼は考察したと同時にケルベロスに対して実行しにかかった。ただ、考えていただけで
はもちろん失敗するもので、その作戦がある程度のパターンを持ってケルベロスを嵌める
事に成功したのは、攻撃の種類が体の色の変化によって異なると気づくまで何度か突撃し
て攻撃を喰らいながら見極めての事だったが、連続してダメージを与える事が出来るよう
になるとケルベロスの動きはみるみる鈍化し咆哮も力無い唸り声へと変わって行った。
 やがてケルベロスの体躯から炎が出現し始め、その姿が実体よりも陽炎に包まれる比率
が高くなった瞬間に――跡形も無く消えた。

「倒した……のか?」
 ネイサンは体をその場で四方に向けながら辺りを確認してもケルベロスの気配も、姿も見え
ないことを確信すると自分が開いた扉と対面側になっている扉に向かって走り出した。
 最初に予想した通り、その扉は駒を倒して解呪され開く仕組みになっており、扉に触れ
たとたん宝飾品や金貨、銀貨が散乱している部屋が現れた。
 さながら宝物庫と言ったところだろうか、部屋の宝玉台に鎮座している本当の宝は、ト
ルコの金細工のような精緻な模様の金鎖がワインのような深い赤みを持つ宝玉を銜えた首
飾りであった。

62 Awake 4話(8/92013/09/20() 05:59:48

「何て暖かい光を放っているんだろう……
 彼は余り宝飾品に対して特別な感情も所有欲など持ち合わせてなかったが、度重なる気
味の悪い現象や魔物の存在に辟易していたため、変化の無い美しい物質に心を落ち着かせ
るかのように護符として身に着けたいと思い首飾りを手に取り宝玉を指で抓むと、飾蝋の
方に向けその光に翳し透けて太陽のような輝きを生きて見る事が出来る喜びを噛みしめた。
 それから自分のポケットに突っ込んだと同時に駆けだし、中途に空中に浮かぶコフィン
とミイラの群れをタイミングを見計らって振り切りながら、届くかどうか判らないが壁に
向かって駆け上がろうとした時、
「な……壁に」
 足を挫いて立位を保てなくなりそのまま壁に激突しながらずり下がると思ったが、体が
白く光り自分の足元に白い魔方陣が浮かび上がると少しの間だが中空に足場が出現し、壁
を登りきると同時に狼狽した。
……嘘だろう? もしかしてこいつのせいか?」
 ポケットから首飾りを取り出し紅玉を見つめ顔を顰めつつ、ここには人間の世界および
自然界の摂理や法則すらも通じないのに改めて悄然としたが、人の世界でない場所に踏み
込んだ以上その状況に従おうと腹を括り事象を利用する事にした。

――
師匠。あなたを助けるための手段を得る事が出来ました。これで謁見の間いや、あな
たが捕らえられている儀式の間まで急ぐ事が出来ます。待っていてください。生きていて
ください――
「だけど、ヒュー……お前は今どこにいるんだ? お前がいないと師匠を助ける事なんて出来
ないのに」

63 Awake 4話(9/92013/09/20() 06:00:24

 寂しそうに呟いていたが気を取り直し、ネイサンは湧き上がる喜びから自分の体力を省みず
全速力で魔物を屠りながら儀式の間へと向かった。
 儀式の間の直前の部屋にある自分達が落とされた穴は、大きく吹き抜けの奈落のままぽ
っかりと口を広げていたが飛び越えられない距離でもなかったので、儀式の間に通じる木
製の古めかしい朱色の扉を蹴破るためがむしゃらに助走をつけ飛び越えた。
「うわぁああぁぁ――!! あ、危なかった……
 扉に向かって飛び越えたはいいが足を滑らせて後ろの奈落へ落ちかける寸前で尻餅をつ
き慌てて立ち上がって扉へと向かったが、
鍵がかかっている。」
――
ここまで来て……扉の先にはあなたが居るかもしれないのに、どうしたら良いのです
か。どうしたら……鍵を手に入れるためにまた、戦わないといけないのか。
「でも、木の扉なら炎を使えば焼け落ちるんじゃないのか?」
 炎の鞭を扉に向かって何度も振るったが扉は存在しているのに焼け落ちるどころか、攻
撃を透過して逆に自分のほうへと帰ってきた。
「ここまで来て……仕方が無い。死なない程度に探索しながらあいつと合流して鍵を見つ
けよう」
――
断続しているけど、あそこは上へと繋がる階段がいくつも存在していた。そこから手
掛かりを探そう。
 ネイサンは連絡通路の多い凱旋回廊の方へ向かい、不完全な階段を登るために駆け出してい
った。