Awake 5

 

 

64 Awake 5話(1/82013/09/20() 06:02:08

 その頃、儀式の間を目指して上へ行くため、奈落階段を駆けあがり足場に張り付いてい
るボーンヘッドの冷たい炎を避けつつ、ヒューは足場の先に見える扉を確認しながら探索して
いた。
 階段の半ばにある扉を開けると明らかに侵入者が立ち入る事を拒むかのように、天井と
床に動かせないよう密着させ配置してある一体の血塗れのアイアンメイデンが立ちはだか
っていた。
「アイアンメイデンとはまた悪趣味な物を」
 血が滴る処刑道具を前にヒューは苦笑したが進路を妨害しているのは変わりないので、とり
あえず蹴り飛ばす事にした。
 だが、
――!?」
 鉄靴とアイアンメイデンが接触する鈍い音を響かせただけで、後はヒューが鉄靴からの衝撃
で仰け反り背中から倒れ込んで悶絶するのみだった。
「畜生っ! これならどうだ」
 さすがに聖剣その物を道具として使うわけにはいかないので、その剣身を包む鉄の鞘を
使って天井と床の石を削り隙間を作ろうと思ったが、チマチマと愚直に周りの状況を見ず
にするのはどうかと考えなおし、他に移動できる場所を改めて探すことにした。

65 Awake 5話(2/82013/09/20() 06:02:50

 やがて儀式の間がある凱旋回廊に到達したヒューはネイサンと同様、一心に目指し扉を壊そうと
したがやはり剣が透過するばかりで押しても引いても進む事ができず、扉の形状や魔法陣
や魔力が付いていないかどうか確かめた。
――
鍵穴があるから物理的な方法で解除できるだろうが、微かに魔力が感じられる。鍵自
体を生成して施錠したのか。
なら、鍵を探すのが先決だが……この広い城内を無闇に駆けずり回るのは無謀だ。 


「仕方が無い、ここは後回しだ。それにしてもあいつは生きているのだろうか?」
 ふと、不安そうに自分を見つめる表情をしたネイサンの顔が浮かんできた。
 やがて己が突き放し先ほどまで嫌悪を持って悪態をついていた相手の身を心配できるほ
ど落ち着きを取り戻した。
――
そうだ、我を張った所で状況が一変する事は無いが、いくら腹が立ったとはいえ討伐
をしているのにも関わらず、何故共闘する意思を俺は持たなかったのだろうか? 止そう。
今更考えた所でどうしようもない。とりあえずネイサンを探して行動するとしよう。
 
 気を取り直し、ヒューは障壁となる敵を倒しながら進んでいくことにした。
 敵が攻撃しようとする前に進行に邪魔であれば一撃で屠り、それ以外は通過して無視す
るなど殆ど無駄な時間を取らずに探索していった。

66 Awake 5話(3/82013/09/20() 06:04:53

 じきに破壊できない岩が通路を防いでいるエリアが目立つようになってきた。
「打破しなければならない敵が近いのか?」
 とうとうネイサンは自分が踏破出来る通路の全てを駆けずり回り袋小路に追い込まれた。
眼前にはケルベロスが居た部屋と同じ青白く光る扉が見えている。
「またか」
――
死にたくない。今まで戦う時も誰かが一緒に居た。師匠、この期に及んで状況を受け
入れられない自分の怯惰に吐き気さえ覚えます。
一人で死ぬのは嫌だと心が、体が扉を開けるのを拒もうとしています。
「だけど、何もしないまま手を拱いて悔恨を残したまま死ぬのはもっと嫌です!」
 解らないままに戦った時は今ほど恐怖を感じなかったのだが、やはり時間が経つと体に
受けていた痛みが蘇りこの世の存在でない物と戦う恐怖が身を竦ませた。
 だが、その恐怖と怯惰は自分の身を守るために培われた手段だと言う事も彼は自覚して
いる。それを理解した上で固唾を飲み前進した。
 扉を開けた先には中空に浮かぶ濃紺の布が浮遊していた。否、実体のない人型に膨らん
だネクロマンサーの姿である。
 その異様な姿にネイサンは息を呑み凝視していたが、やがて肉体を持たない魂魄だけの存在
が白く炯々とした不気味な双眸を点滅させ、嘲った口調で洞穴から響くような声を発し始
めた。
「あの奈落に落とされて生きていたとは。悪運の強い奴。」
「邪魔をするな!」
 微かに笑ったように見えた風情にネイサンは緊迫した場にそぐわないと違和感を覚えたと同
時に、何も見えない魔性より見える魔性は恐怖の対象とならない安堵を感じて徐々に慣れ
てきたと思った。

67 Awake 5話(4/82013/09/20() 06:05:38

 だが微かに残っていた恐怖心を掻き消すかのように大声で恫喝した。
「小僧、冥土の土産に教えてやる。貴様の大事な師匠は既に我らの手中にある。」
「!!」
あの老いぼれは、我が主の血肉となる運命だ。儀式の支度が整い、月が満ち次第な。」
「何だと!」
――
嘘だ! そんな事があってたまるか。魔性は嘘を並べる。人の表情と感情を糧にし
て言葉を次々と繰り出し人の心に入り込む。
 会話が途切れた刹那、ネクロマンサーは彼に向って両手を翳し光の輪を解き放った。
――
チャクラム? 何が出てくるかと思えばただの投擲じゃないか。何っ
「うわあぁぁあぁっ!」
 相手がただの人間であれば投擲されても躱せば済むだけだが、死者の魂を弄ぶ悪魔にそ
の常識は通用しない。
 投げられた光の輪は存在が対象物に接触するまで追尾し続け、ネイサンは断続と連続を繰り
返して投擲された光の輪を躱しながら攻撃の機会を待ちつつ駆けていたためバランスを崩
してよろけてしまった。
 それを察知した輪が彼を狙って接触してきた。
さながら旋風を受けた鋭利な刃物の如く高速で回転しながらネイサンの身を切り裂き、肉を抉
る所であったが間一髪で薄皮一枚に止めた。
 それでも鮮血が床に迸り、彼は一瞬何が起こったか解らずその場に尻もちをついて硬直
していたが、
「怖気づいたか? 無理もない。生物というものは魂の消失を恐れる限り痛みを与えれば
弱くなる上に闘争の気概さえ削られていくものだ」

68 Awake 5話(5/82013/09/20() 06:06:24

……!」
 見透かされたかと想像しネイサンは青ざめた。しかし、その様子をあざ笑うかのようにネクロマ
ンサーは彼の大切な者達を、あたかも己の操る死者を扱うようになぞらえ始めた。
「だが、ただそれを甘受するのは愚かなことよのう? この世界はあらゆる事象に対応で
きる可能性が無数に存在すると言うのに、人は禁忌だと言うだけで魂のない器を創造する
のを拒絶する。貴様も強情な奴よ何故抗う? 血肉と化しても器さえあれば何度でも蘇り、
魂を強化して補填出来るのだ。一時の消失で狼狽する物でもあるまいて」
「許されるか。そんな方法で生きたとしても師匠は苦悩されるだけだ!」
 彼は憤りこれ以上人の体と魂を弄ぶ文言を聞きたくないとばかりに突っぱねた。
……心弱き者。頑なに我ら魔族との会話を終わらせる為に敢えて語気を強めるは愚かな
り」
 ネイサンは迎撃するため身構え瞬時にナイフを投げたが、横に躱わされ揚句に接近を許して
しまった。
 だが、それに気づき直接鞭で打撃を与えようとした瞬間、無数の風を纏いネクロマンサーは再び
中空へ舞い上がった。
「当たらんぞ小僧。脆弱な攻撃など我には通じない」
――
しまった。ナイフでは斜め上に投げたとしても手や体の向きで軌道を読まれてしまう。
かと言って鞭ではどう考えても数回に一回接近した時にしか当たらないし、確実な方法で
はない。浮遊する敵は攻撃を避けつつ投擲できる武器で打撃を与えるのが上策だったが……
同じ読まれるなら少々機動性は劣るが威力はある斧で魔性の者が真の姿を発現させるくら
いまで体力を少しずつ削り取って行くか。
 見下ろすネクロマンサーを下から睨みつけ鞭と斧を握りしめて、床から無限に湧き出てくるグー
ルを屠り攻撃の機会を待ちつつ中空からネイサン目がけて追尾してくるチャクラムを躱してい
った。

69 Awake 5話(6/82013/09/20() 06:07:17

「分を弁えよ小僧。次で貴様の気力を挫いてやる」
「ほざくな! 実体のない者に弄ばれるほど俺は弱くない! 喰らえ!」
 ネクロマンサーが己の身体の前面に青白い防護と思われる魔方陣を展開している間に動きが停止
したと見たネイサンは連続で斧を投擲すると、詠唱に時間を取られていたのか数発命中した。
「やるな。しかしこれ以上時間をかけるのは愚策というもの。我が真の力を喰らいてこの
強さと己の脆弱さを煉獄まで引きずるがいい!」
 ネクロマンサーの姿が炎を纏い法衣が焼け落ちると、骨だけになったガーゴイルの姿が現れた。
――
炎が発現した。浄化され剥き身になったか。勝機は見えた!
「キシャアァァアァア――
 突然の不快な咆哮に身を竦め、何が繰り出されるかと身構えたと同時にネイサンの身の丈の
数倍はあろうかという弾力のある緑の球を放たれた。
 彼は警戒したものの目測を見誤り無様に吹き飛ばされ、跳ね返ってきた球体にまたもや
接触し今度は押しつぶされると内臓が出るくらいの圧迫を感じた。
 しかも周りには次々にグールより攻撃力の高いスケルトンが床下から現れ、行動しよう
とするたびに骨を投げて攻撃してきた。
 飛ぼうとしても投擲した骨に当たりタイミングがずれてしまうから厄介である。
 ただクロスなどで潰してしまえばある程度の時間は確保できるが、延々と床下から蘇っ
てくる不完全な生者をいちいち相手にしてクロスの無駄遣いをする余裕は彼には無い。
 使うのであればネクロマンサーがスケルトンを召還している滞空時間を利用しクロス一つを断続
的に利用するほうがましだろう。あとは攻撃のタイミングを計りながら回避する。

70 Awake 5話(7/82013/09/20() 06:08:39

――クロスでの攻撃は受けた敵が動かない限り、ずっと攻撃し続ける特性があったな。
体を押しつぶされた圧迫で咳込みながら口角に滲み出た血を拭い、広間の中央にある足場
を利用しネクロマンサーが詠唱している間を見計らってクロスを投げつつ、動いたと同時に攻撃せ
ず回避する事に集中した。
 攻撃の強さは変化が無いものの徐々に球体の動きを読めるようになると、殆ど言って良
いほど相手の攻撃を回避できるようになったが、やがてクロスの数が尽きてしまった。
 だが、ネクロマンサーは依然として自分に対して攻撃を続けている。
――
攻撃の手段が尽きてしまった……聖鞭はリーチが短すぎて有効打になるかどうかさえ
判らないのはさっきので解ったが、カード……そうだ炎の鞭は範囲もリーチも通常より大
きい。
 いつ倒せるか判らないが少なくともダメージを最小限に抑え攻撃するため、回避しなが
らスケルトンの放つ骨を鞭で焼きつつ足場にネクロマンサーを誘導して近接攻撃の形を取った。
 そして、ついに聖鞭の与える聖なる力によって魂魄の維持が出来なくなったネクロマンサーは、
断末魔を上げ聖なる炎に浄化され、消滅した。
 それから当然、術者を失った不完全な生者がその肉体を自ら維持できるはずも無く、消
滅した瞬間、大量の灰を撒き散らして焼失した。

71 Awake 5話(8/82013/09/20() 06:09:22

 一人残されたネイサンは敵が居ない状態に安堵し急に震えが襲ってきたが、
「師匠はまだ生きている!待っていてください、師匠。」
 戦闘に勝利した後に自分の存在を再度確認して人心地ついたのか、様々な事を考えられ
るようになった。
しかし、ヒューは一体どこへ?」
――
ここにもいなかった。広い城の中をお前はどんな様子で、どんな貌で、どんな想いで
駆けて戦っているんだ? お前の姿が見えない事がこれほどにも辛いなんて。
 お前の息遣い、立ち居振る舞い。どれもが愛おしくいつも傍にあった。
どんな言葉を掛けられてもいい、ただそこにいるだけで俺はどんな障壁にも困難にも立ち
向かえそうな気がする。
「ヒュー……
 名前を呟くと自然に涙が溢れてきた。次第に何度も何度も切なく名前を呼び、求め、あ
がく様に吐息を洩らし呟きながら探索を再開した。