Awake 6話
72 :Awake 6話(1/13):2013/09/20(金) 06:10:18
目の粗い岩のレンガに覆われ、水が轟音を上げている空間があった。
ネクロマンサーが発していた魔力が消えた時、カーミラはその空間をさらに隔てた小部屋でその音を
扉越しに聞きながら配下のサキュバスに己の体を許し、一時の情交に身を委ねていた。
「……気配が消えた」
「如何なさいました? カーミラ様」
カーミラの身体に絡みつくようにサキュバスが気だるい嬌態を晒し、甘えるような仕草で彼女の
腰回りに顔を埋めながら問うた。
「お前が気にする事は無い。しかし、今度の人間は中々にしぶとい」
「もう、終りになさいますか」
名残惜しいが「今度の人間」と言った事で主人が敵に目を向け、享楽の時間が終わった
事を悟ると気を回して得意げに言葉を出したが、カーミラはまなじりに不快を表わしつつ下僕
の唇に人差し指で触れ、口を噤ませた。
「黙りなさい。お前が私に対して意見するのを許した覚えはなくってよ」
「……申し訳ございません」
「よい。それより、もっと体を近づけなさい」
許された事にサキュバスの顔面には喜色が現れ、主人の命に従いじゃれる様にカーミラの胸元に
口づけをし、彼女はその態を愛しく思ったのか胸元にある頭を撫で、また体を重ねた。
「ふ……私の快楽を邪魔したのは苛立つ事だ。私の掌で踊ってもらおうか……人間」
――人間風情がどこまで我らに対抗できるか。楽しみだ……
カーミラはサキュバスを抱きながら城内の様子と敵の位置を探り、弄ぶ算段を講じた。
人である以上どこかで何がしかの罪を犯しているであろうとカーミラは踏んでいた。
73 :Awake 6話(2/13):2013/09/20(金) 06:11:15
――清廉の志や行動を伴っていたら、自分より劣っている人間に対して途を正そうとする
人間がほとんどだろう。
しかしそれこそが罪。
己を恃み、頼まれもしない他者に対する不遜を振りかざす事はどんなに正しくとも「隣人
に対する傲慢」と言う罪を犯している。
しかもこの手合いは己の罪を自覚しない信仰の無知者である、だからこそ穢して堕とし哀
れな姿を見るのは私にとって最高の快楽。
「見えてきた……何と、追い詰められた貌をしているのかしら?」
そこには必死の形相で敵を撃破し、城内を探索しているネイサンの姿があった。
ネクロマンサーを撃破したネイサンは、ショルダーアーマーで今まで壊せなかった岩をタックルで打
ち砕くと、道に迷った時間を取り戻すかのように城内を駆けていた。
「壊れた。これで先に進める」
――だけど、人の力では壊れなかったものを簡単に壊せるなんて、自分の力で無いにせよ
当り前の様にあるのが恐い。
青ざめた顔を見せながらも得心した面持ちで静かに肯くネイサンの様子を見て、カーミラは嫌悪
を催した。
二律背反の意識ほど純粋に欲望を求める彼女にとって唾棄すべき感情だからだ。
「自らの肉体に取り込んでいない力を見て慄いたか。弱い。こんな人間にネクロマンサー様は消滅
させられたと言うのか」
――いや、力に対して明らかな恐れが見える。と言う事は逆に厄介かもしれない。己の領
分を知り誘惑に対してそれなりの準備が出来ているとも予想できる。こ奴は後回しだ、そ
う言えばもう一人、険の強い男がいたな。
74 :Awake 6話(3/13):2013/09/20(金) 06:12:26
そう考えながらヒューの所在を探り当てた時、カーミラはサキュバスをより強く抱きしめ体を仰け反
らせるくらいに高らかな声を上げて喜んだ。
岩を破壊する事が出来ず、その近場にとどまって道を探していたヒューは、自分を屠ろうと
飛び掛かってくる魔物に笑みを湛え一撃にして薙ぎ払い、その血を浴びる事の穢れを厭わ
ず駆け進んでいた。
彼はなかなかネイサンと合流する事が出来ず、と言ってモーリスを救出するのに寸暇を持て余せ
るほどの時間は無いと考えながら顔にかかった血を拭い、軽く前方を見据えると当てもな
く突き進む事に少し苛立ちを感じ始めていた。
その血塗れの凄惨な様態にカーミラは、攻撃する事に何ら躊躇を持たない人間に肩入れした
いと思った。
「攻撃に対し恐怖を覚えるどころか、他者を捻じ伏せる事に快楽を覚えているようだ。何
と美しい姿か」
「カーミラ様……?」
抱いている己から興味が移り、ただの人間に対して賛美したカーミラの心境に不安な面持ち
で彼女を見上げたが、カーミラは意に介さず、
「先ほどは差して興味もなかったが、元々あの方から下賜された物。ここまでやってきた
ら暇つぶしに私が力を試してやりましょう。もしかしたら面白い展開になるかもしれない」
カーミラは閉ざされた空間の中で嬉しそうに呟いた。
75 :Awake 6話(4/13):2013/09/20(金) 06:13:21
「ここまでふんだんに鉄を使った建造物は今まで見たことはない」
ショルダーアーマーで破壊する岩の数が多くなるにつれ、新たに進む事の出来るエリア
が近付いているのに気づいた。すると今まで踏破してきたレンガや石に覆われた所とは打
って変わり金属と金属が犇めきあう広大な空間が現れた。
ネイサンは半ば敵の根城であることを忘れ感嘆の眼差しで周りを見渡した。
上を見ると何重にも起動する鉄の歯車が潤滑油を垂らして人力に依らず永遠に稼働し、
至る所にガラスで保護していない剥き出しの状態で電気が走っていた。
もちろん触れば無傷では済まないだろう、だが、どういう原理で稼働しているのだろう
かと恐怖心よりも好奇心が勝った。
「――上へ、上へ昇り踏破するか」
よくよく見ると空間の中途に他の部屋へ続く足場や、部屋の最上には鉄の扉が見える。
上下に起動する剥き出しの昇降機を伝い、その中途に存在する互い違いの滑車が運ぶ台
車を経由して空間の階上へ出ようと試みる事にした。
「クソッ、こんな状態じゃ敵に打ち落されもおかしくはない」
機械だらけのこの空間でも悪魔城である。至る所に魔物は蠢いていた。
そして、その不安が加速するかのように、怪物ゴルゴンかメデゥサの様な頭部が浮遊し
てこちらめがけて纏わりついてきた。
動く足場に気を取られてメデゥサに接触し、叫びながら落下するとともに体が徐々に石
化した。
――また、下から昇り直しか。とりあえず石化した体を元に戻さないと
76 :Awake 6話(5/13):2013/09/20(金) 06:14:01
「痛たっ。いつもより痛みがひどい」
石化した体に容赦なくメデゥサが体当たりしてくる。それを避けようと必死になって体
を揺さぶったが、体を覆っている石が壊れ体に突き刺さる。
「……何とか動けるようになったけど、こんな調子じゃいつ斃れるか判らない。それに出
血が酷い」
露出している腕についた無数の擦過傷から筋肉をなぞるように血が滴り落ち、その様に
死の恐怖を感じて背筋が凍りつくような感覚に陥ると膝が震えてきた。
――得体の知れない事象。在るがまま受け入れようとしても更なる事象が襲ってくる。
だけど師匠、師匠も一人で囚われているんだ、助ける者が怖気づいてどうする。確かに一
人よりも二人の方が断然いい。
俺が待っていても状況は無情にも進む。なら、一人でいる事を当たり前の様にして振舞お
う。
そして、ヒューに出会ったら僥倖と感じよう。
彼は剋目し、打倒必至の敵を屠るために眼前の敵を出来るだけ回避するよう神経を研ぎ
澄ませた。
ある程度探索した所で馴染みの青白い扉が見えた。打倒必至の敵と対峙し勝利する事で
この城を踏破するためのアイテムを手に入れる事が出来る。
いつしかネイサンは己の見知っている事象以外には、宗教上の足枷などから来る拒絶が恐怖
として影響しているものの、独りの力で敵を屠る事に躊躇する事はなくなりつつあった。
ヒューの心境に近付いたのかと本人は思ったが、徐々に己自身が持っている力で踏破できた
という自信を己の心に持てるようになったからだ。
とは言うものの頼るのは自分自身であるのは変わりない。扉に触れると、どのようなモ
ノが待ち構えているのかと思っただけで鳥肌が立っていた。
77 :Awake 6話(6/13):2013/09/20(金) 06:14:57
扉を開けると最初は薄暗かったものの一気に燭蝋の光が燈り、空間の奥には鉄の塊が徐
々に姿を現した。
それは佇むように静止しているただの物体だったが、ネイサンが確認のために近付くと急に
地鳴りを上げながら起動した。
人の様な体の構造だが鉄に覆われ、起動する音に金属が擦れる音が聞こえた事から人で
は無いと彼は判断した。
「鉄のような体を持った生物だと?」
――いや、生物ではなくまるで人工物だ。ユダヤ伝承の土塊人形ゴーレムの様な人であり
人にあらざる奇怪な“モノ”か。
「作られた目的はどうあれ、こいつを倒さない事には先には進めない」
身構えて攻撃の種類を見極めようと思ったが、ゴーレムが腕から地面に体を叩きつけた
と同時に、天井から人の大きさほどある無数の歯車が的確にネイサン目がけて落ちてきた。
よもや眼前の敵から攻撃されずに、頭上から圧死するくらいの落下物が降ってくるとは
思いもよらず咄嗟に後方へ飛び退いたが、動きは遅いものの確実に前進する重鈍な躯体に
似合わず攻撃を繰り出す速さは予測がつかないものだった。
確実に攻撃できるようになるのにさほど時間は掛からなかったが、しばらく経つと、攻
撃によって皮膚の様に剥離し損壊した鉄板は見る見るうちに塞がるのを確認した。
「なっ……自己修復するとは……!?」
――今まで与えたダメージが全て無駄になったと言うのか?
「所詮、補佐に徹していた人間は膂力で勝ちうることは出来ないか……」
青白い扉の入り口で唇を噛みしめ、悔しそうに静かに微かな呟きを発する男の姿があっ
た。
自分が先に進めない苛立ちで逡巡していた頃、ネイサンが自分に壊せなかった岩を軽々と壊
し、先に進んでいったのを目視できるくらいの距離で見て、合流するために後を追う事に
したヒューだった。
78 :Awake 6話(7/13):2013/09/20(金) 06:15:31
後から機械塔に侵入したもののマジックアイテムを駆使し、人間では短縮できない場所
を踏破して来たネイサンとは違い、身一つで切り抜けたヒューはやっと追い付いた先で初め、ネイサ
ンの邪魔にならないよう、そして彼が戦闘不能になるのを待たずに助けようかと様子をうか
がっていたが、逡巡しているうちに彼の耳に女の声色で軽やかに囁く声が心地良く聞こえ
てきた。
――「お前の矜持を彼に見せつけなさい。さすれば彼はお前の存在に心酔しすべてを投げ
出してお前に委ねるだろう」
その言葉と声色は少し考えれば魔性が発した声だと気づくはずだが、体力を消耗し目的
と思考を狭めたヒューには、己の心情を復唱した耳触りのよい内容で心の中にくまなく響き渡
った。
――奴が俺に対して性愛を向けていようが知った事ではない。命が危機に晒されてから俺
の姿を仰ぎ見るがいい。貴様が下種な想いを二度と抱かせないくらいの優位を見せつけて
やる。
己の尊大な感情にぞっとして無意識に口元に指を触れると、軽い情交に浴した事が蘇り
俄かに心が痛みだしたが、もう一度唇に指をやると今度は羞恥が込み上げて指をきつく噛
んだ。
「……思い違いも甚だしい。その相手は俺では無いのに。馬鹿な事を考えるな。それに、
何だ? この声は?」
聞き覚えのない声を記憶から手繰り寄せたが、その声が儀式の間の手前で鋭い声を発し
た女の声と違い、ゆっくりと誘う声色だったので一致しなかった。
そのため誰だか判別できなかったが、己の心根と共鳴したと勘違いしてやり過ごした。
だが、影響されたのは事実で、複雑な心境で彼に対する嫉妬と情を受けた記憶が絡まり、
動くべき所を何度も見誤っていた。
79 :Awake 6話(8/13):2013/09/20(金) 06:17:04
「くくく、馬鹿な男だ。己の心を認め思うようにすれば良いものを。力だけならお前が憎
み、なおかつ庇護しようとしている相手を倒せるのに」
――だが、私はお前の様な者は嫌いではない。その軟弱な男よりよっぽど清々しい。それ
に彼奴のように脆弱な考えであれば途中で誰かに斃されるだろう。気にする事は無い、先
ずはお前の望む道を指し示してやろうではないか。
「力を持たざるが故にそれを補助する力を知らぬうちに手に入れし者、対し、力を持つが
故に己に固執し得うるべき力を拒絶する者――美しく正しいものしか知らないその心は孤
独に苛まれた脆い孤高。お前の名はヒューと言ったな、古い言葉で心と言う意味……人と認識
する限り身分も関わりなく力を持つ名」
カーミラは手駒を見つめつつ侵入者の行動を常に感知できるよう、城内すべてに透過の目を
構築した。城内の壁と言う壁に微かだが一瞬にして光が駆け巡った。
「そして――完全に把握した! 聖鞭を持ちし後継者よ、そなたは正道のためにダビデ王
に諫言した膂力を持たぬ預言者、ナタンの名を冠している……忌まわしき偽善者!」
――互いに補えば脅威となる。だから、人としての意思を持ったままお互いに助勢する事
もさせる事も許さない。
「……留まれ。そこで彼奴が倒される姿を見届けよ」
「……動かない! 畜生、怖気づいたと言うのか? この俺が!」
カーミラはヒューの足に拘束をかけた。状況を把握しただけで行動全てを無効化することはでき
ない。その上、真祖でさえ致命傷を与えれば灰燼に帰す聖鞭に対抗できるほどの力を有し
ている訳ではないが、教会で聖別されている程度の剣を持っている者を完全とはいかない
までも、心に楔を打ち込み操る事は彼女にとって容易なものであった。
「術にかかった事に気づかないとは……未だ敵陣に侵入した不利を認識できていない傲慢
さがもたらす無知よ。己が人である事に何ら疑問を持たない癖に、魔性の声を受け入れた
が故に心に私の意識が入り込んだ事すら微塵も感じていない」
80 :Awake 6話(9/13):2013/09/20(金) 06:18:02
目の前に邂逅すべき仲間と打倒すべき魔性がいる。近寄ればいいだけなのに動けない。
その状況にヒューは焦りが湧いてきた。
「動け!……あれくらいの敵なぞ怖いはずがないのに! 指を咥えて見ている場合ではな
いと言うのに!」
――「あの聖鞭さえあれば、こんな呪縛すぐにでも解けるのに。うふふ……」
「誰だ!」
俄かに女の声が聞こえたが幻聴だと納得させ、また、もがく様に足を動かそうとしたが、
足首に蔦が絡まったように身動きが取れなかった。
「これはこの城の主の声か。真祖では無い、術者のあの女か」
ようやく術にかかった事を理解したヒューは、色々な言語を駆使して解呪しようと試みたが、
全て徒労に終わった。
「……はぁ、はぁ、戦いが終わるまで待つしかないのか。精神に楔を打たれたから解呪出
来なくなったのだろう。油断した! 一刻も早く術者を倒さなければ、俺の精神は蝕まれ
てしまう」
もちろん、「助けてくれ」と戦闘中に声をかける事など出来る訳もなく、ヒューは唇を噛み
しめ、地団太を踏む心持でネイサンとゴーレムの戦いを見守るしかなかった。
――ダメージが回復するのなら回復量より多く、早い時間でダメージを与えればいい。
ネイサンは活路を見出した。力はないものの回復する隙を作らなければいい。そう結論を出
し行動に出た。
――力は強いけど行動が遅く、攻撃も注意すれば躱わせるくらいの速度なら……倒せる!
さっき、ネクロマンサーに立て続けでクロスをぶつけ続ける事が出来たんだ、動きが速いのならと
もかく、遅ければその場で硬直する事も考えられる。
考えるが先か、彼はクロスをゴーレムの動きが停止したと同時に投げつけると、予想通
り、投擲した速度のままある一定の威力を以ってゴーレムに対し回復する隙を与えなかっ
た。
81 :Awake 6話(10/13):2013/09/20(金) 06:18:45
近接攻撃の隙が出来たのならとネイサンは炎の鞭で打撃を与え続けた。
「何だ……あの攻撃は? あんな力、奴にあったのか?」
攻撃の手段を見てヒューは唖然とした。同時に魔城であるが故に聖鞭の力が発動したと予想
した。
――聖鞭にあんな力があるとは聞いたことが無いぞ。いや、俺が知らないだけかもしれな
いが、何にせよ、人が持ちえる力では無い。しかも、奴はその力を躊躇なく使いこなして
いる。そうか、確かに力が劣るならあれを使わないと魔物の攻撃が防御できないと言う事
か。
「それでも納得がいかない。聖鞭を渡すと言う事は後継者であると言う証左だ」
――「もし、聖鞭の力でどうこうなるのなら、どうしてすぐに助けに行かないのかしら?
名声のために、今まで己が踏破出来なかったほどの敵を倒し、力を誇示するために聖鞭を
振っているかのよう……」
「……確かにそうだ。くっ、俺に話しかけるな!」
――「あははは! 声を掻き消したければ、急いで私のもとへ来る事ね。もっとも、今、
貴方は動けないでしょうけど、しばらくあの力を見つめ続けていなさい……!」
「魔性に心を許しかけるとは……やはり、ネイサン、お前とは共闘できないようだ。今、お前
と話したら心が折れそうになるから、それに、操られ、お前を攻撃しようものなら共倒れ
もいいところだ」
ネイサンが戦っている姿にヒューは半ば嫉妬と羨望も一緒に、より深く心に突き刺さった想いで
一杯になった。
82 :Awake 6話(11/13):2013/09/20(金) 06:20:10
――力はあっても動きが単調だから、ネクロマンサーなどに比べたら脅威と感じない。これはクロ
スが尽きない限り簡単に倒せるだろう。
敵の特徴を捉えたら、後はネイサンの独断場だった。
聖鞭を振り下ろし、相手が消滅する兆候を見せるまで、淡々と攻撃を行えばいいだけだ
った。
しばらくすると徐々に体内から炎を内包したように外殻が赤く膨張を始め、やがて風船
の様に破裂し、ゴーレムを形成していた土塊と金属が部屋中に飛散した。
「……粗製のゴーレムとはいえ、ただの人間に力で倒されるとは。だが、力を見せつけら
れたお前がどう動くのか見物だ」
「……終わったか」
そうヒューが呟いたと同時にカーミラは蔦の様に絡まっていた彼の足元の呪縛が解き、動けるよ
うにした。
その事象に少々驚いたが、それよりも身勝手だと思いつつもネイサンが自分の手を借りず、
敵を簡単に消滅させた事に少し苛立ちを覚えると、魔性が送り込んだ負の感情も作用して
後ろ向きに考えてしまった。
もちろん、今の自分と共闘した場合、そのような感情で対応したら戦闘時に乱れが生じ
るため、あえて一緒に行動しないよう言うつもりでネイサンのもとに近づいた。だが、
「ヒュー!無事だったのか!」
戦いの後、生きてまた出会えた事に喜びを隠せなかったネイサンは、抱き付かんとばかりに
駆け寄ろうとしたが、その姿を目の当たりにした瞬間、ヒューは自分に向けられた想いを垣間
見る心持となって嫌悪を生じた。
そう思うと冷やかな視線で一瞥し、勝利を讃えなかったばかりか彼を労う事なく辛辣な
言葉を浴びせてしまった。
83 :Awake 6話(12/13):2013/09/20(金) 06:20:49
「こんな所で何をしている?手柄を横取りしに来たのか?」
ネイサンはようやく合流できたと喜び心が高鳴っていたところに、冷水を浴びせたような言
葉と表情を受けて、なぜそのような科白を吐かれるのか分からなくなった。
――手柄だと? 本来、共闘しなければならない状況なのに、それに功を競っても何の意
味も持たない戦いなのに、何を訳の分からない事を言っているんだ……?
「…こんな時に何を?俺も師匠を助けたいんだ。」
「邪魔だ。俺は一人でドラキュラを倒す。そして…。」
「ヒュー…。」
彼の苦渋に満ちた顔を見て、これ以上言葉をかけられず追いかける事も出来なかった。
先程「どんな言葉をかけられてもいい」と思っていた自分が気圧されるほどの拒絶を実
際に顕されると身も心も凍てついた。
――追いかけた先であんな冷たい表情を向けられたら、俺は身を竦めてしまう。そうした
ら心が折れてしまって、体が満足に動かないような気がする。敵が犇めいている城内でそ
んな状況に陥るのは殺してくれと言っているようなものだ。
しばらく心を痛めて無言でいたが、また室内に青白い扉が佇んでいた。
時間がないのに心無い言葉に動じている場合ではないと、気を取り直して扉を開けてみ
た先には台座の上に乗った青い靴があった。
84 :Awake 6話(13/13):2013/09/20(金) 06:22:10
その靴は踝のところに羽根飾りが付いており、童話の妖精が履くような何とも微笑まし
いデザインをしていた。
「まいったな、これを履けってか……」
一瞬ためらったが、マジックアイテムを駆使しなければ城内を踏破出来ないのは解かっ
ているので、敵が進入していないのを確認すると、その場で鉄靴を脱ぎ装着してみた。
他のマジックアイテムの様に装着したところ、すぐ身体に吸収された。
「魔性の道具と分かっているけど、使わないとどうしようもないな」
力を当てにしている。それはネイサンとて解かっていたが、この城の魔性は非力を自覚して
いる自分が戦闘後に得られる道具の持つ、人にあらざる力を自らの肉体に刻んでいく事で
呪縛の様に力に溺れ、心に隙を作ろうとしているのではないかと考えを巡らせた。
――力がないのを自覚しているからこそ、かりそめの力を与える事で、更なる力を渇望さ
せて思慮を持たせないよう仕向けられているかもしれない。
だけど、自らの本来の力を把握していれば、かりそめの力がもたらす効果なんて取るに足
らないものだと自重できる。
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている――力と他人を侮る事なかれ。己の
身を守るための臆病さに、これほどまで救われた事が無かった。