Awake 7

 

 

85 Awake 7話(1/132013/09/22() 12:47:52

ゴーレムを倒し小休憩をとった後、ネイサンはモーリスの救出はおろか、共闘すべき仲間に邂逅
するも去られた事で自棄にはならないものの、何も考えないように城内を疾走していた。  
だが、時間が経つにつれ、ヒューの自分に対する動向の意味が判らず、いくつかの疑念が頭
の中でもたげ始めた。
――
何故、己の優位と俺の状況を後ろ向きに捉えるような見苦しい科白を吐いたんだ?
「もう、歪んだ姿のお前しか見えない。師匠。どうしてあいつを連れて来たんですか?
 今まで師匠が教え体得して来た概念や、思想を根底から否定する考えで攻略しようとし
ている」
 だが、考えても仕方がないと思考を振り切るために上を見上げると、城内の所々に足場
の様なものが見えるのに気づいた。まさか部屋があるとは思ってもみなかったが、怪しい
所はくまなく探索しないとどこに儀式の間の鍵があるか判らないので、新たなマジックア
イテムを使い駆けあがる事にした。
「他に踏破出来ないなら上に登るのみか。うん?」
 壁を蹴り斜めに跳び上がった時、対面の壁に吸着するように靴底が貼りついた。
「すごいな、鉄靴を履いているのに滑り落ちる事なく駆けあがれる。だけどこの力は自分
の物じゃない。急に能力が消えても慌てる事が無いよう注意しないと」
 駆けあがった先には頑丈な鉄の扉が目の前に現れた。

86 Awake 7話(2/132013/09/22() 12:48:56

……なんで階段がないのに扉があったりするんだろう? 古城を再構築しているからこ
んな奇妙な造りになっているのだろうけど……
 とにかく移動できる手段を手に入れた事に安堵し、そのままの勢いで扉を開いた。
 開くと同時に見たのは、牛と無数のエクトプラズムが犇めきあって侵入してきた獲物の
血肉と精力を啜ろうと待ち構えている光景だった。
「牛?……え、砂!? えっ……あぁっ!」
 状況を確認する前にゴルゴンの口から放たれた砂塵に接触し、一瞬でネイサンの全身は石化
してしまった。
――
出だしからこれか。先が思いやられるな。
 幸いにもメデゥサと同様に体を揺らすと皮膚に張り付いた石は剥がれた。
それから今度は砂塵に触れないようゴルゴンの砂が届かない足場まで後退し、周りと状況
を確認しながら接触してくる敵を鞭とクロスで掃討しつつ回避した。
 その場所は長い廊下だった。敵を排除して鉄の扉を開けても、また開けても廊下が続い
ていた。 
 そのエリアは前の部屋と同じく下になだらかな坂があり、その一角にはワープゲートが
あった。今度はどこに行けるのだろうかと光の水面に体を預けたが、自分が踏破した事の
あるエリアしか行けない事が分かり、その場所の探索を諦めて先へ進むことにした。

87 Awake 7話(3/132013/09/22() 12:53:52

 丁度そのすぐ後にヒューがそのワープゲートから出てきた。外に出て自分が進んだことの
ないエリアだとすぐに分かったが、ここに来られると言う事は自分の前にネイサンが通過した
事の証左だと予測し、そのまま近場を探索した。
 ネイサンの方は、色取り取りのステンドグラスが填った窓が壁一面に広がっている空間に進
んだ。
 その空間にはバラ窓や、聖書の一節を題材にした色彩豊かなステンドグラスが鏤められ
ていたため、この城内における礼拝堂だと判った。
 だが、この場所においても荘厳に輝く室内に見とれている暇は無かった。
 城内に侵入する前に対峙した炎を纏った鎧兵と、先ほどの廊下で当たらない曲刀を振り
下ろしてくるスケルトンが同時に攻撃して来たものだから堪らず上方へ逃げたが、今度は
間髪置かず、意思を持つ無数のナイフがネイサンめがけて襲ってきた。
しかも、性質の悪い事に攻撃を捌こうとしても動きが素早く、追ってこられないよう中途
の遮蔽物に隠れながら、上へ逃げるだけで精いっぱいだった。
 その上、中途の部屋で空中移動をしながらこちらに向かってくるマリオネットに接触し、
攻撃しようとしたら一定時間、聖鞭を握ろうとしても手が弾かれたため、攻撃できず逃
げ回るかのように移動するしかなかった。
 聖鞭を握れなかったことから呪いにかかったと予測できたが、同時に清浄な場所に何故
そのような効果を持つ魔性が存在できるのかと疑念に思った。

88 Awake 7話(4/132013/09/22() 12:55:03

 その答えをネイサンはマリオネットに追いかけられながら、このエリアで見つける事が出来
た。
 流石に聖なるものを模しているとはいえ、ここは悪魔城である。中途に十字架など見当
たらないばかりか、東方三賢者の一人がステンドグラスから欠けているのを確認すると納
得がいった。
――
わざと欠けさせる事でキリストを否定し、聖域を毀したのか。そう言えば謁見の間に
行く途中の廊下にあったルーベンスの『キリスト降架』は模写で見た構図じゃなく反転し
ていたな。つまり、この城に元々あった宗教的なものをすべて否定するつもりでいるのか?
 そうと判ればこの城に完全な安息地は存在しないと結論付け、死の恐怖が深まると暗澹
たる思いで移動に邪魔な敵を排除しながら逃げ回るように進んでいった。
 程なくして、鐘楼がある廊下から上方へ駆けると、眼前に駒がいる青白い扉を見つけた。
 だが、駆けだしたと同時にありえない事が起こった。
 扉に近づこうとした途端、扉からヒューが無残な姿でこちらに向かって弾き飛ばされて来
たからである。
 ネイサンの後を追いかけていたヒューだったが、ネイサンが必死で逃げ回り遮蔽物に隠れていた頃、
彼は敵の追尾を無視して進んでいたため、ネイサンと邂逅する事なく先に駒と対峙できたので
ある。

89 Awake 7話(5/132013/09/22() 12:55:59

とにかく自分より先に目的地に辿り着いて、いつの間にか血だらけで弾き飛ばされて来
たのに驚愕を以って一瞬、体と思考が硬直した。
「ヒュー!大丈夫か?」
「貴様!引っ込んでいろ。俺の獲物に手を出すな!」
 ネイサンはあまりの無残さに駆け寄ろうとヒューに声をかけたが、ただでさえ精神に楔を打ち込
まれ思うように行動出来ない上に、異形の敵に軽くあしらわれて無様にも吹き飛ばされた
姿を一番見られたくない相手に晒した事でヒューは一気に逆上した。
 ヒューもまた儀式の間の前に行き、鍵となるアイテムを手に入れるためには駒を倒さなけれ
ばならないと知った。それは、ネイサンが確実に各部屋の駒を倒しアイテムを手に入れ、踏破
しているのを先の戦いで確信したからだ。
 だが共闘していなかった事で現在のネイサンの力を知ることが出来ず、自分が倒せなかった
魔物にネイサンが太刀打ちできるはずかないと考えたため、その感情も手伝ってか強い口調で
彼の行動を制止した。
 強く言われたのでネイサンは少し怯んだが、よもやヒューの精神の手綱が他者に握られた状態に
なっているなどとは想像できず、血まみれの姿で吼えている状況にヒューに聖鞭さえあればこ
んな苦しい貌をさせずに済んだだろうと一瞬思ったものの、それでは何の解決も見られな
い現実に心が痛んだ。

90 Awake 7話(6/132013/09/22() 12:56:45

「何だ……この異様で禍々しい羊は?」
 そこには壁一面を占めるほどの巨大な羊のような生き物の頭部が剥製のように首から顔
を出していた。
 それだけでも異様だが、その顔面を目の周りを中心に黒い革のバンドで雁字搦めに拘束
されていた。
 よく見ると、頭は羊だが壁から人の両手が突き出ていた。しかし、壁に手首から先しか
出ておらず、それも拘束されていた。
「何奴だ? さっきの人間は吹き飛ばされたお陰で運良く助かったみたいだが、お前はそ
の身を喰わせてくれるのか?」
……
「その怒りに満ちた目。お前はさっきの人間の仲間か?」
 壁から突き出た両の手先と口以外、黒い革で縛られ、ネイサンの姿は見えていないはずなの
に彼のほうへ頭を向け怪物は言葉を発した。
「我が名はアドラメレク。かつて異郷の地で太陽と等しい神であった。だが屠った生贄の多さ
に人は我を煉獄の宰相などと嘲り悪魔の化身になった訳だ。しかし嘲った人間を屠り喰ら
い尽くすのはいいものだ。数世紀振りに溜飲が下がった思いだ」
「よく喋る羊だ。羊なら羊らしく肉を喰らわず、牧草でも食んでいればいいものを」
 軽口を叩き、無遠慮に言葉を発する畜生にヒューが嬲られたかと思うと、ネイサンは腹立たし
さのあまり、震えながら呪詛を吐いた。

91 Awake 7話(7/132013/09/22() 12:57:58

 無論、吐かれた畜生は怒りに震えた言葉ごときでは意に介すことはなく、侮った口調で
彼をからかった。
「言葉数は少ないくせに中々に口が悪い。人間、それほどまでにあの人間を大切に想って
いるのか……面白い。その身を喰らってやる」
――!?」
 アドラメレクの口元が微かに歪み瞬時に殺気立つと、間髪置かず無数の青白い炎がネイサン目掛け
て降り注いできた。ある程度異形の敵に慣れてきたため素早く躱せたが、最後に追尾して
きた炎の塊に直撃し出鼻を挫かれた。
「どうした人間! 我の攻撃はこれだけでは終わらぬぞ!」
「うっ、これでは近づけない」
 炎の塊に吹き飛ばされて背中から叩きつけられた痛みで蹲った隙に、アドラメレクは自分の肉
体の範囲に毒の球を展開しネイサンに頭蓋骨の群れを放った。
 運悪く頭蓋骨に衝突しまたもや吹き飛ばされて仰向けに倒れた後、すぐ体を起こし跪く
体勢を取ったが、間髪措かずアドラメレクから炎を放たれ、動きが取れない彼の肉体は劫火の如
き熱量を以って焼かれた。
――
攻撃が早い! ヒューでさえ倒せなかった敵に、独りで立ち向かわなきゃならないなんて!
怖い、膝が震える、歯の根が合わない。死にたくない。
「だけど今は、俺が戦ってこいつを倒さないと誰も助からない!」
 吼えてもネイサン自身、相手に対して余裕を以って屠る力を持ち合わせていないのは理解し
ている。だが、青白の扉は進入した以上、駒を倒さなければどんなにあがいても開く事は
出来ない。

92 Awake 7話(8/132013/09/22() 12:58:55

そうこうするうちに頭蓋骨の群れがネイサン目がけて急襲してきた。しかし、攻撃のタイミ
ングを見るために下手に動く事が出来ない状況においては、逃げ続ける方法しか取れなか
った。
――
とにかく落ち着いて攻撃の種類を見極めよう。体は動かず、頭部だけが可動領域内で
動く程度だから、遠隔攻撃が中心だろう。今まで壁から体を出す気配はなかったから、直
接攻撃の可能性は低い。
 そう思案を巡らせ骸骨の群れを観察すると、展開範囲は広いものの地面に接触せず、あ
る一定の位置まで来たら自ら発火し、消滅している。この場合はスライディングで回避し、
反対側に回って炎の鞭などリーチが長く、攻撃力が高いカードの効果を使って攻撃できる
と踏んだ。
――
あの羊は俺がいる方向に頭を向けた後に遠隔攻撃を繰り出してくるようだ。炎は追尾
してくるから移動しながら弾数を消費させるために逃げる事に専念する。毒の弾は当たっ
た瞬間に消えていたからクロスで掃討しながら本体を直接攻撃できる。
 気づけば何の事は無かったが、それでも本来の自分の技量では到底、倒せるような魔性
ではないし、むしろ自分より先に身一つでここまで辿りついたヒューの力に感嘆した。
 ともあれ、回避と攻撃を続けていくうちにアドラメレクの方に焦りが出てきたのか、軽口どこ
ろか言葉さえも発さなくなり、ダメージが強いのだろう、次第に唸りながら涎を撒き散ら
し始めた。

93 Awake 7話(9/132013/09/22() 12:59:33

 やがて、頭部が炎のように赤く染まると、皮膚から業火が溢れだし燃えながら首から分
かたれ床に落ちた瞬間に燃え尽きた。
 その様を見て既に敵を屠った事に躊躇すら覚える事はなくなった。ただ、勝利を確信す
るために青白い扉を開ける事だけがネイサンの脳裏にあった。
 傷つき今でも扉の外で蹲っているであろうヒューの姿を確かめるため、急いで彼のもとへ駆
けつけるために。
 
「くっ!誰が助けてくれといった?」
「ほっとけるわけ無いだろう?」
 ヒューの元に辿りつくと、依然として満身創痍で血や埃が白地の衣服にこびり付いている薄
汚れた姿のまま痛む体を抱えて床に蹲っていたが、決まり悪そうに表情をネイサンに向けた後、
本当に迷惑な様子で悪態を吐いた。
――
こんなに傷ついているのに、まだ虚勢を張るつもりか? そんな状態で戦力を分散さ
せる事がどんなにも愚かか、いつものお前だったらこんな思慮のない蛮勇を振るう事はし
なかっただろうに! 目を覚ましてくれ!
 ネイサンは火傷した体を庇いながらヒューの様子を見ようとしたが、彼が己の矜持と自尊心から
発した嚇怒に対して流石に腹を立て、少々強く言葉を発した。
 だが、その態度に反駁するかのようにネイサンの功績を踏みにじる言動に出られた。
「貴様、勘違いするなよ!そのムチの力で勝っただけだ!」
「ヒュー?」
修行中、一度も俺に勝った事がないお前を、親父は後継者に選び、ハンターのムチを
与えた。」

94 Awake 7話(10/132013/09/22() 13:00:30

 確かにネイサンが持っている実際の力では、今までの敵は一人で倒す事は出来なかっただろ
う。
 だが、どんな形であれ打倒しない事にはどの道、ヒューも彼も助かる道は無かった。それな
のにこの期に及んで現在に至った過程を問うのはあまりにも幼く、浅墓にも程があった。
「貴様の両親が、俺の親父と共にドラキュラを封印したと言う事で、目を掛けられているに過
ぎん!それを忘れるな!」
 
 ヒューはネイサンが持っているモーリスに対する恩義を逆手にとり徹底的に詰った。
 それは負の感情にのまれかけている彼の状態で共闘すれば、近いうちに操られてしまい
ネイサンの足手まといになるのは自分でもよく判っていたからだ。
 それならばいっそ彼を傷つけ怯ませてでも追って来ないようにして別行動をとり、自分
の状態を正常に戻す。
 この場合は術者であるカーミラを倒す事だが、説明してもネイサンが自分との共闘を望むのは目
に見えていた。
 現に作戦行動に関してネイサンは何ら間違った行動は取っていない。それなのに己の矜持が
許さず、戦場の真っただ中で妬心さえ曝け出す見っとも無い感情が燻っている。
 ともかく悲愁を帯びた表情を向け、己の根底にある承認欲求に抗う事が出来ないまま激
高した口調でネイサンを詰り、邂逅するも共闘の道をまた自ら放棄したヒューは逃げるように彼の
もとから走り去った。
「上手く諌められない自分の後ろめたい感情が、恩義ある人の血族を守る盾となり損ねた。
 お前の心身を想う事さえ許してくれないのか? もしかして」
 引き留めようと手を翳そうとしたが躊躇して動けず、悔しさのあまり歯を食いしばると、
悲しそうに悔恨の情を醸した顔の双眸には涙が溢れていた。

95 Awake 7話(11/132013/09/22() 13:01:55

「何と言う狂気。何と言う傲慢。人も魔物もこうあるべきだ! 純粋に己の事しか考えて
いない、己の父親の救出すら己の矜持を証明するための道具にしかしていない」
 己の操作による誘導があったにせよヒューの矜持から来る振る舞いを見て、カーミラは喜色を全
面に出し魔性の如きその性根を心から賞賛し、自ら社会悪を標榜して行動している者より
も、己の未熟な承認欲求を満たすためだけに他者を攻撃する純粋な剥き身の感情に好感を
もった。
 反面、ネイサンに対しては後にも先にも不快感しか覚えなかった。
 カーミラはネイサンの怯えた顔を思い出すと、揩スけた美しい容姿に似合わず悪鬼のごとく歪ん
だ表情で彼に毒づいた。
「私は力や欲望に怖れを抱いて、聖人君子のような振る舞いをする偽善者を見ていると反
吐が出る思いになる!」
――
倒されたネクロマンサー様、デス様、そして私が中心となって伯爵を復活させたまではいいが、
彼奴が……聖鞭の力を借りていたとしても、こうも易々と駒を毀してくれるとは思っても
みなかった。
 この一ヶ月半、私が復活後の力の増幅に関して直接指揮をとっているとはいえ、術者の
一人であるネクロマンサー様に先鋒を任せ、この城に向かってくるハンター達の相手をし続けた事
で我々二人より疲弊なさっておられたとすれば……分からん話でもない。
いや、力なく倒された者の事を憐れみ、考えるのは止そう。これから先の事を考える方が
有益だ。
術者としての主導権は私が握っている。たとえデス様が斃されようと、伯爵に与える力の流
れが滞るだけでほとんど影響は無い。
だが、あの軟弱者が私のところまで城内の駒を倒し、踏破した場合、こちらの身の振り方
を考えねばなるまい。

96 Awake 7話(12/132013/09/22() 13:03:02

「だが、気になる。あの君子然とした偽善者があの男に向けた貌と、切なげに何度も彼の
名前を呼んでいたのは……まさか……
 カーミラは想像したものの、いくら幻覚を見せる術者とはいえ、確証が持てない事象を相手
に突きつけるような愚を犯すつもりはなかったが、その貌はどう考えても相手に対して恋
情を抱いている様相を呈していた。
「ソドムの恋か。それならば人間らしい感情ではないか。そう思うと少し、不快感が和ら
ぐ」
 カーミラはその予測が本当なら面白い事になりそうだと喜び、徐々に表情が柔和になった。

 死闘の後に二度も詰られ、しばらく意気消沈していたネイサンは気を取り直し、部屋の先に
ある扉を開いた。
 鍵があるかと期待したが、凱旋通路前のワープゲートにあったスイッチがあるだけだっ
た。
 躊躇なく台座に乗ると、部屋の中にあった血まみれのアイアンメイデンが潰れたと同時
に、その破片が四方に散らばり体がよろめくぐらいの地鳴りが空間に轟いた。
 崩壊した先に部屋が現れたが、四方を見渡してもマジックアイテムは見当たらなかった。
――
とにかくアイアンメイデンが壊れて新たな空間が広がった。城全体に地鳴りが轟いた
から他の場所にあったのも同じようになったのでは……
 そう考えを巡らし、礼拝堂に入る前のエリアにアイアンメイデンがあった事を思い出す
と、そこだけではなく他にも封鎖されていた所が通過できるだろうと予想した。
 先は長いかもしれないが、着実に自分はモーリスの救出に向かって歩みを進めている。そう
思い、先ほどアイアンメイデンが道を塞いでいた場所が開けていることを確信し、そこを
目指して駆けて行った。

97 Awake 7話(13/132013/09/22() 13:03:39

 同じころ、己の状況と放言した内容のアンバランスさを自らの意思で露呈した事に、ヒュー
は再び嫌悪を抱いて赤面しながら、奈落階段を無我夢中で駆けていた。
 
 ちょうどアイアンメイデンのあった場所にたどり着き、敵の侵入しない場所で少し体を
休めて冷静になろうと扉を開けた時、城内に轟音が鳴り響いた。
 その威力は彼を取り巻く空間自体が縦に大きく揺れるくらい強いものだった。
「アイアンメイデンが砲撃を喰らったように壊れている」
 ヒューは今まで通れなかった所を探索できるかと思うと心が高鳴った。
 その上、偶然にも己の心に楔を打ち込んだ術者の魔力が微かに感知できるほど、その場
所の周辺から魔力が放たれていた。
 だが、それはわざと相手に魔力を感じさせ、ヒューを誘き寄せるために撒いたカーミラの罠で
あった。
 そのため、ヒューは難なく魔力を感知でき、汚染した精神を取り除くために行動しようと
息巻いたが、心の楔のせいでカーミラの操作に気付かないまま、冷静になれるどころか正体を
失ってしまった。
「行ける。行けるぞ! ははは! 一刻も早くあの魔性を斃し、精神のくびきを断ってか
ら奴より、ネイサンより早く親父の元に辿りついてやる!」
 相手を躊躇なく詰り、身勝手な承認欲求を他者に認めさせるような未熟な行動を恥と思
わないくらい、その思考は徐々に歪んでヒューの心を蝕んでいった。