Awake 9

 

 

107 Awake 9話(1/102013/09/27() 02:23:48

「人間の癖に他人を愛する事を知らないお前には相応しい趣向だろう?」

 己と同じ声色が放った科白に、ヒューは生理的な嫌悪を憶えて一瞬にして冷たい汗を体全体
に吹き出させた。
「貴様ぁっ! よくも! よくも! 俺には……! 自分と交合う趣味は無い!」
 彼は完全に怒りに任せて面前の己を退かそうとしたが、圧し掛かっているそれは両腕に
より一層力を入れて抱きすくめると、あろうことか同じ顔をしたターゲットに深く唇を重
ねた。
――
不覚!
 ヒューはサキュバスの唇を噛み切ろうと前歯を力強く合わせたが、紙一重の差でかわされ逆に己
の下唇に傷を創ってしまった。
 そして己の反応の遅さに腸が煮え返り、血が口角、顎から滴り落ち首筋に流れてもなお
咬み続けた。
 眉間に無数の皺を寄せて漆黒の瞳を怒りに滾らせたまま、快楽に酔うように目を蕩かせ
ている同じ顔を見つめて体を強張らせたが、その表情を尻目にサキュバスはヒューの首筋に舌を這
わせ血を舐めると、ほう! と感嘆の声を上げ急に首筋から顔を離した。

「お前……同性どころか女と交わった事すらなかったのか。道理であのカーミラ様が男にも拘
らず殺さなかった訳だ」
「黙れ。このソドミア。く……っ、これ以上俺を愚弄すると……
「愚弄すると……何だ? その先を言え。まさか組み敷かれているのに俺に克とうとでも?
 生殺与奪はこっちが握っているのに? ククク……現に」

108 Awake 9話(2/102013/09/27() 02:25:24

――会話が成立していると言う事は? 聞えている? いや読唇術か……? 
「!? グオアァアアアァアアア!」

 サキュバスはヒューの背中に指先を這わせ下からシャツの中に滑り込ませると、直接傷口を指で
グチョッと音が聞えるほど強く抉り押し拡げた。
 そして背中から暖かい血がサキュバスの指から手から流れ出て、石畳に夥しいとは行かない
までもある程度の量の血溜まりが出来上がった。
――
背中に傷を受けたと言うだけでも俺にとっては屈辱なのに、それ以上に好き勝手に俺
の体を弄びやがって! 
 
今まで味わったことの無いほどの痛みではなかったが、それは敵に立ち向かった向こう
傷とは違い彼にとって背中の傷は、己の技量不足を示す証と常に捉えているので余計痛苦
を感じていた。
 しかし、カーミラと戦った後に無様にも気絶して現在に至ることを考えたら、そうおいそれ
と意識を失うわけにはいかないと苦痛に顔を歪ませ、双眸に涙を溜めながら奥歯を食いし
ばり、どうにか痛みに耐えた。
 だが、身を引き裂かれた痛みで体全体が一瞬、抵抗するために力を入れていた気力が失
せ、それに気付いたサキュバスは力強く抱き締めていた両腕の力を緩めた。
それから股を開き両膝と脛だけを床に付けて体を浮かせ、ヒューの体を仰向けの状態から手
早く乱暴に引っくり返してうつ伏せの体勢にし、素早くサキュバスは彼の背後に体重をかけて
圧し掛かった。

109 Awake 9話(3/102013/09/27() 02:26:07

ヒューは引っくり返された衝撃で、強かに顎を含む正面全体を冷たく表面の粗い石畳に叩き
付けられた。その上、己の流した血の匂いに直接触れてしまい気分が悪くなり、吐き気を
催した。
「この気違いがっ! 俺が聖鞭を持っていたら貴様なぞ一瞬にして塵に還してやる!」
「憎め。この状況に陥った己の無力を憎め。だが俺は傷みだけを与えるわけではない、そ
して安心しろ。カーミラ様は吸血の指示までは与えてはいない」
「何故に!?」
 ヒューはサキュバスの科白に疑念を持ったが、そう言えばカーミラは一度も牙を立てる行為をしてい
ない。術で動けなくしていたのにも関わらずだ。確かに何度もチャンスはあったのに、と
思った。
「つまり、俺をドラキュラの生贄にするために敢えて眷属にしないつもりか?」
 彼はうつ伏せになっても背後の己に不羈の意思を見せようと、首筋を後ろに捻り横目で
グッと睨みつけた。
「そんなことは俺も知らん。それよりお前と同じ顔の俺と一緒に快楽に喘ぐ姿と、嬌声を
楽しもうじゃないか。なぁ?」

 事実、サキュバスがカーミラから受けた指示は男の体に変化させた上で吸血、死亡以外の選択肢
で精神を毀せと言われただけで、それ以外であれば何をしても指示に反する事は無い。
 だから、秘所も含む体全体を縛って人形のように弄ぶもよし、逆に仰向けの状態にして
己の後庭に彼の下腹部を挿し入れて騎上位で彼の体を嬲るのも、その他の選択をしてもい
い。

110 Awake 9話(4/102013/09/27() 02:28:28

そしてサキュバスは久しぶりの純潔の血を飲みながら、その代償として彼と快楽を共有する
選択肢を取った。
 うつ伏せにしたヒューの背中は血溜まりが出来るほど流れていた時より出血はおさまってい
たが、血を舐めようとサキュバスはシャツを捲り上げるために下から右手を掛けて傷口をなぞ
り、濡れた指先を口に入れた。
 そして恍惚の表情で涎を垂らしながら徐々に下腹部が脈打ちつつ硬く膨らむと、それを
享受するかのように血の匂いがしなくなるまで舐り尽くした。
 彼は己の臀部に硬い物が当たっている感触が生々しく、剥き出しになっている下半身に
厭というほどの不快を感じた。
「はぁっ……血の味だけで俺の方が蕩けそうだ。なにもしていないのに竿の先が濡れてき
……
 そしてサキュバスは己の両膝をヒューの脹脛に乗せ体重を掛けると、彼は更なる痛みに両足が麻
痺して動けなくなった。
 ヒューは上半身を後ろに捻って一心不乱に両腕に力を入れ、両手でサキュバスの首を絞めたが力
及ばず、サキュバスは「フッ」と軽くヒューに対して嘲笑してから左手で彼の首根を掴んだ。
 それから右腕で彼の上半身を持ち上げて腰を浮かせると、目の前の石柱に上半身を押し
付けた。
「よくもまぁ、そんな気力があるものだ。嬲り甲斐があるよ、お前は」
 サキュバスは目の前のターゲットを御そうとより強く左手に力を込め、苦痛に歪ませながら
眉根を寄せて横目で睨みつけ自分を見ているヒューをより強く押した。

111 Awake 9話(5/102013/09/27() 02:29:29

「グアァッ! ほざけっ。倒錯した雌豚が」
「フン、今にも女のように竿をぶち込まれそうになっている奴の科白とは思えないくらい
威勢だけは良いな。だがな、苦痛に歪ませた顔をずっと眺めているほど俺は狂っちゃいな
い」

 そう言うとサキュバスはカーミラが残していった拘束用の呪縄に拘束の命令を出し、呪縄自らヒュー
の両手首を後ろ手にきつく縛り上げた。
 それに対しヒューは解呪のスペルをつむぎ出したが少しだけしか緩まず、気付いたサキュバスが
彼の右側の太腿の前方を掴んで己の下半身に彼の臀部が当たるよう密着させると、彼の上
半身を石柱に押し付けたまま今度は己の膝を彼の脛の内側にずらし、彼の引き締まった足
を己の膝で広がして臀部の割れ目を挿入しやすいようにした。
「さあ、力を抜け。なに、自ら求めて来るぐらい馴らしてやる。しかもお前が求いで来た
ら俺は永遠に応えよう。約束する。だがまずは俺にそうさせる活力を与えてくれ」

 そしてサキュバスは己の腰筋に力を入れて腿でヒューの臀部を固定すると、早速右手でシャツを
めくり、露になった血まみれの背中に吸い付くと喉を鳴らすぐらいに血を貪った。

「俺は断固拒否する。貴様のような薄汚い輩にこれ以上弄ばれる義理は無い。例えこの身
が得も言えぬ苦痛に苛まれようとも、他人に己の快楽と想いを委ねる気もな!」

 ヒューはサキュバスが脇目もふらず自分の血を飲んでいるいるために、自分に対しての注意力が
薄れた事に気付き拒絶の意を伝えると同時に渾身の力を込め腰に力を入れた。

112 Awake 9話(6/102013/09/27() 02:31:00

それから足の麻痺を物ともせず下半身を捻り返し、右上腕を床に着け瞬時に両足を屈め
ると、跪いた格好で血の味を堪能し口角からだらしなく血を滴らせ、酔って茫漠としてい
るサキュバスに向かって、地面に着いた反動を託した鉄の靴底を斜め下から顎に向かって突き
上げた。
「グファアァアアアァアアァ!」
――
シマッタ! 時間ヲカケ過ギタヨウダワ。明確ニ意識ヲ取リ戻シタ今、私ハスデニ彼
ニ勝ツコトハ出来ナイ。ナラ……私ノ身ヲ犠牲ニシテデモ生贄トシテノ体面ヲ保タセナイ
トカーミラ様ト伯爵ハ満足サレナイ。
 思考はあってもなす術もなく吹き飛ばされたサキュバスは、両腕をだらしなく浮かせ口の中
に残っていた血液をしぶかせながら、にやけた表情のまま仰向けで地面に叩きつけられた。
 術者の力が殺がれたため呪縄が解け、すかさずヒューは足首の付近で留まっているズボンを
穿き上げるとベルトで固定した。
 それから素早くサキュバスの頭部を捻じ切るつもりで、左足をサキュバスの喉元に軽く乗せた。
「クヒャヒャヒャアァッハァッ! まだそんな余力があったのか! グフャ!?」
 そして下卑た表情で口の周りについている血液を嘗め回し、背中を仰け反らせて腕を伸
ばしヒューに指先を向け、部屋全体に響き渡る甲高く下品な声色で笑い出すのを聞いた瞬間、
ヒューは汗と血に汚れた長髪を掻き揚げながら、無表情で鉄靴の先をサキュバスの喉仏にねじ込ん
だ。
――
ソウ、ソレデイイノ。オ前ハ己ノ身ガ一番カワイイ人間。体面ヲ保ツタメナラドンナ
事ダッテスルヨウナ。ダカラオ前ノ姿デ下品ニ振舞イ挑発シテアゲル。ソノ先ニアル結末
ヲ考エラレナイ位ネ。

113 Awake 9話(7/102013/09/27() 02:33:11

「黙れ、淫売。俺のツラでその様な下品な表情と口調は断じて許さん」 
「哀れだ。哀れだよ、お前は! 人を愛する事も理解しようとする術を得ようとしない。
己の獣性を認めずに自分だけは……自分だけは綺麗な身体、精神を保つ事がハンターの資
格だと思い込んでやがる!」
「黙れ」
――
血を舐められて、俺の情報全てが盗まれたか。
「ネイサンのことにしてもそうだ、あいつがお前に無償の愛を与え、その上ハンターの称号を
継ぐ数日前まで寝ているお前に毎朝口付けをしていた事も知らない訳ではあるまい?」

……貴様に奴のソドムの罪を聞かされ、平静を保っていられるほど俺の神経は太くない。
特に自分と同じ顔をした貴様から奴の事をあいつなどと呼んで貰いたくはない。安ら
かに煉獄へ堕ちろ」

 ヒューはさらにサキュバスの喉に強く鉄靴を食い込ませ、とうとう喉を潰したので血飛沫が辺り
一面に広がった。だが、なおも口角から血を垂れ流しながらヒューを誹謗し続けた。
「グフッ! 知っていたんじゃないか。毎朝重ねられる唇に気付かない振りをして、あい
つを振り回しているお前は人でなしだ」
「貴様、先程から思っていたが何故反撃しない? 首を半ば踏みにじられても声が出せる
貴様の事だ。何を待っている?」
――
やはり物理攻撃は効果がないか。それとも俺の血にまだ酔っているのか? まさか!?
「早く……殺れよ……さあ! どうした?」

114 Awake 9話(8/102013/09/27() 02:34:12

意外にもサキュバスは血を飛ばしながら、ヒューに対し己の消滅を冀う科白を放った。
「断る。貴様と俺は今や同じ躯体、体内に流動するのは同じ血液、ただ違うのは貴様が正
常な状態で生を受けた者でないという事だけだ」
 彼は痺れる足に更に重心を掛け、残っている聖水を鉄靴の先に垂らしサキュバスの流れ出る
血液と同化させた。
 すると、聖水が注がれた肉片から硝煙のようなものが発生し、白く変化すると灰になっ
て風化した。
「な…………故? カーミラサ……マハ、聖水ガ効ナイッテ、私ニ……
 白眼の部分を血走らせて口角を捻じ曲げ、半ば女体に戻りかけている体に動揺を隠せな
いサキュバスにヒューは勝ち誇った表情を見せた。

「俺の体を良い様に弄んだ貴様に教えてやろう。今、貴様は出血多量を起し依代である肉
体を捨て、血液に意思を持たせる準備をしていただろう」
「ダカラ……ドウシタトイウノ?」
「その血液、液体は意思を持たせれば水にも氷にも、霧にだって変化させる事ができる。
つまり、血を飲んだ貴様は俺と同じ血液を持ち、俺の体の傷口から何の拒否反応もなく同
化できるわけだ」
――
ワタシハ夢ノ中ニノミ存在スル生キ物。夢ノ中ニ簡単ニ堕チル人間ニハワタシハ倒セ
ナイケレド、苦痛ヲ一身ニ受ケ止トメラレル人間ハ夢ノ世界ニハ来テクレナイ。
時間ガ経テバワタシノ存在ガ薄レテクルノハ明白。夢ダモノ。アーア、彼ヲ痛メツケルノ
ニ時間ガ掛リ過タノネ。
ソレニ気付イタワタシガコノ身ヲ賭シ、セメテ彼ニ成リ代ワロウトシタノガバレチャッタ
カ。

115 Awake 9話(9/102013/09/27() 02:34:50

……イタ…………イタイ……ヨ」
「そうだ。俺は今まで聖水はかければ効果があると思っていたが、どうもそれだけでは無
いらしい。貴様のように身体を変化させられる者は、表層にはそれなりの耐性が附いてい
ると気付いた。そこで内部を抉り、その中から侵食してゆく方法を考え付いた。もっとも
一か八かの賭けだったが」
「ク……ガァアァ……アァ……
 サキュバスは充血した両眼で肉が徐々に焼け爛れ消失して行く様を見つめながら、肺腑が消
失したと同時に呻く声すら聞こえなくなったが、やがて頭部だけを残し全て風化してしま
った己の姿にただ涙を流すしかなかった。

――
このようなザマになっては何も出来まい。普段の俺なら此処までの手間を掛けて消失
させるなど考えられなかったが……まあいい、先に進めるのだから。

 ヒューは痺れた足を引きずりながら己の剣を探し始めた。しかしサキュバスが未だ生きている事
に不安を感じて彼女の元へ戻り、彼女の髪を掴み叩き潰そうとしたが彼女の頭部に目線を
合わせると、何事かを口にしているのに気付いた。
 自分への呪詛でも呟いているのか? とヒューは思ったが判読してから彼は眉間に皺を寄せ
振り上げた拳をゆっくりと降ろした。
「魔物も人も変わらぬということか。ならば人として冥府に送ろう。少し待っていろ」
 それからまたサキュバスの髪を掴んだまま部屋を歩き回り、やがて部屋の隅に放置されてい
た剣を見つけ手に取ると、跪いて彼女の頭部を自分のほうを向かせて石畳に安置した。

116 Awake 9話(10/102013/09/27() 02:35:29

 そして切先が綻んだ剣に聖水を染み込ませ、彼女に無表情のまま視線を向けてその細い顎
を動かないよう固定させると、

「許そう。そして汝の魂に安息を与えん」

 ラテン語でそう謂った。彼女は軽くヒューに微笑み「あ、り、が、と、う」と口にして涙を
流し静かに瞼を閉じた。
 それを見届けた彼は聖剣をサキュバスの眉間から一気に深く刺し貫き消失させた。

――
本当は死にたくない。でも私を、私のままで逝かせて……。か。俺は何人ものヴァン
パイアに成った人間を煉獄へ送ったが、皆一様にして同じ様な言葉で俺達に懇願して消失
して逝った。このサキュバスも元は人だったのだろうか?
 そう思案を巡らせながら自身の緊張が解けてくるのを感じずにはいられなかったが、や
がてその様態が意識を奪っていくのにそう時間はかからなかった。
「そんな……馬鹿な……俺の体……力が……う、失せるなぞ……持ってくれ……頼む」

 ヒューは周りに自分を害する者がいない事を再度確認すると、瞬時に安堵し過度の外傷と消
耗を認識してサキュバスが残して逝った灰の上に倒れ込み、望まないまでも意識が遠退いた。