Awake 12

 

 

134 Awake 12話(1/72013/10/13() 15:16:20

ヒューが力なく魔性に潰され洗脳されている間、ネイサンは他のエリアより崩壊している感を覚
える地下保管庫をひた走り、鍵を探し続けていた。
 何かを貯蔵するためにほかの場所よりも区画ごとの空間が広く取られていたが、建築、
いや、城内の構築中だったのだろうか、未完成の支柱を木箱で固定している箇所や、レン
ガや床などを切り出すために正方形に整えられた岩がほかのエリアより多くみられた。
 とにかくそれらの物が散乱しており、前に進むにも壊して回るしか方法が取れなかった。
それに進むにしても階段などどこにも見当たらず、恐る恐る足を挫かないよう下へ降り
て行った。
やがて壁に大きな書架がある部屋に出た。
全てで無いにせよ古今東西の書籍が相応の冊数を持って配架されていた。もちろん、部
屋の状態が上の区画に比べて変化していても、部屋全体を見とれている余裕はない。
敵は部屋にもおり、障害物があるとはいえ前より難なく倒す事は出来たが、途中すぐに
侵入した部屋で行き詰っていた。
……敵は倒したけど、いちいち木箱を動かして足場にしないと先に進めないのが面倒く
さい」
――
城内にいる敵を難なく倒せるくらいにはなったけど、死に対する恐怖はいつまでたっ
ても払いのけられない。
独りごちる間も部屋から出た途端、サキュバスがまとわりつくように襲ってきた。
 サキュバスが誘惑せずに敵意を向けて攻撃すると言うのも滑稽な姿であるが、彼にとっては
誘惑が自分の心を掻き乱す要因になりえるので、ある意味助かっていると思いながら探索
を進めていた。

135 Awake 12話(2/72013/10/13() 15:17:42

実際、地下保管庫にいる敵は攻撃も、耐久力も弱いと思えるほど易々と倒されるものば
かりであった。
多くの不可解な敵と対峙した後だから余計そう感じられたと言うのもあったが、攻撃パ
ターンとマジックアイテムの恩恵をうまく利用できるようになった証左である。
 ただ、倉庫の扉を開け吹き抜けに出るたび、サキュバスが纏わりついてくるのが鬱陶しいだ
けで難なく攻略出来ていた。
 しばらくすると、駒が鎮座する青白い扉が見えてきた。
「また、青白い扉。こんな片隅で何が待ち構えていると言うのか」
 侮っているわけでもなかったが、少々、敵の攻撃に慣れた上での放言であることは否め
なかった。
 それでも、駒と対峙するためには勢いだけで戦える訳ではないといった思慮はある。休
憩を取った後に挑む事にした。
――
ここまで一気に駆けて来たけど、師匠を助け出せたとしてもどうやって真祖と対峙し
ようか? それに、体力が残っているとは思えないから、城外の安全な場所で一時休息し、
作戦を練り合わせてから体勢を立て直す他ないだろう。
それから、ヒューの動向も気がかりだ。生きていればいいけど、あの様子だと満身創痍なのは
間違いない。
「自ら共闘を放棄するとか何を考えているんだ、あいつは。それに、あんな偏狭な人間だ
ったのだろうか」
 だが、また自らの感情に迷っても仕方がない。生き延びられなければ、そんな感情を抱
く事さえ無意味なのだからと、心を引き締めた。

136 Awake 12話(3/72013/10/13() 15:18:28

――魔城は人の心をいかようにも変え、人が伺い知らない姿を見せる。
まさか自分にヒューが倒せなかった魔物をギリギリとはいえ、倒せる事が出来たと言うのも
未だに腑に落ちないものがある。それでもあいつより力が強くなったのは自分自身が体得
した力じゃないから、あんな姿を見せられたら……とても、心が痛い。
 ネイサンは短い休息を終えると再び青い扉を前にして、慢心しようとしていた甘さを払拭す
るように固唾を飲み、扉に触れた。
 開いた先には真祖の腹心と伝えられている死神がいた。
その姿を見た時一目でわかる程、伝承の姿そのものでこちらに体を向けていたからだ。
 紫のフードを被った骸骨――浮遊して、城に迷い込んだ慮外者を排除し主を守るため容
赦なく屠りつくす忠実なる配下。
 死神のシンボルである処刑用の大鎌は肩に担いでいなかったが、真祖現れる所に死神の
陰あり――今まで踏破した部屋にネクロマンサー以外、いかにもな出で立ちをした魔物を見なかっ
た事からそう判断した。
 どう攻撃しようかと少し様子を観察していたが、一向に攻撃を繰り出さない。ただ浮遊
して何かを伝えるだけに居るのかと考えたのもつかの間、いきなり四方八方に骨でできた
鎖を放射して来た。
……いきなり攻撃してくるとは!」
 運よく後ろに飛び退いて回避できたが、少々攻撃に対して警戒を解いていた自分の甘さ
に気づき、攻撃の種類と威力を観察しようと思った。
――
行動が大きい。けど、攻撃している時に立ち止まっている。それに死神とは思えない
ほど威圧を感じられない。

137 Awake 12話(4/72013/10/13() 15:19:44

攻撃を見極めるために動きを止めた。すると空間一杯に鎌が発現し、回転しながらネイサン
目がけて追尾して来た。
……痛っ、だけど聖鞭で消散するのが救いだ」
 一斉に切り刻んできた鎌に対応できず、腕や首筋の数か所を切られたが聖鞭で鎌が消え
るのを見て脅威にはならないと判断した。
 今までの敵より倒しやすいと思ったが、慎重に行かなければ死に直結するのは目に見え
ている。
――
今度は遠隔攻撃か。雷球が自分を追尾してくる。この時に攻撃するのは無謀だろう、
球体は俺の体と同じくらい大きい。これが来たら消えるまで逃げよう。試しに当たってみ
るほど体力があるわけじゃない、無理に間合いを詰めるのは無茶だ。

死神が両腕を広げると、掌から強さが感じられるくらいの魔力を持った光の球が放電し
ながら襲ってきた。それは聖鞭で叩いても消える事はなく、その上、小鎌も同時に繰り出
して厄介な攻撃を展開されていた。
 しかし、この程度のパターンを持った敵の対処に困惑する事は最早なかった。
 城内に侵入し、ヒューに見捨てられた後に一人で魔を屠らなければならなかった時は、まさ
か真祖の右腕とされる死神と対峙し、力量を測る事など予想すらしなかっただろう。
ある程度、攻撃すると死神の周辺に光の刃が立ち上り、力を蓄えるかのように身を屈め
て紅く染まると、ローブを纏った姿はたちどころに消え失せて、巨大な鎌を前足にした重
鈍な亀のような魔物に変化した。
「何だ、この奇怪で醜悪な姿は」
 本当にこれは死神なのだろうかと、また疑問に思ったが倒すのに躊躇はなかった。

138 Awake 12話(5/72013/10/13() 15:20:24

――要はあの大鎌の間合いに入らず攻撃すればいいだけの話だろう。通常攻撃ではぎりぎ
りの位置だけどカードを使えばリーチが伸びる。ただ、攻撃の種類を見ないと分からない
方法だけど。
だが、重鈍な躯体にも関わらず逡巡している暇はネイサンになかった。
 死神が魔法陣を前面に発現させた後、重鈍な上半身と大鎌を振り上げた。間合いに入ら
ないよう後ろに飛び退いてからその場で攻撃を待ったが、振り下ろした瞬間、地響きとと
もに骨が砕けるような強い振動がネイサンの全身を襲った。
 一度喰らっただけでも足元が縺れるくらい酷い衝撃を受けてから考えたのは、魔法陣が
出現した瞬間に飛び上がる方法だった。 
 相手の攻撃を侮った事で要らぬダメージを受けたため、遠隔攻撃を中心に展開する事に
決めた。
――
飛び越えて背後に回ろうとしても大鎌で身を割かれる事は目に見えている。真正面で
戦う方がリスクは少ないけど、手持ちのクロスが底をつき、そこからの持久戦になったら
こちらが不利だろうな。
不注意でダメージを食らえば、近いうちに血だるまになって切り刻まれた死体の出来上が
りだ。
 そこからは攻撃のパターンを注視しつつ、死神の巨躯に向かってクロスを投げつけてか
ら効力が消えるまで次のクロスを投げないなど、慎重すぎるくらいに消費を抑えた攻撃方
法をとる事にした。
 ダメージを受けないよう、死神の挙動に変化があれば攻撃の手を緩めて逃げることに専
念していくと、やがて動きが止まった。
 だが、復活するかもしれないと次の事象を待つために死神の姿を観察していたら、虚空
に暗黒の渦が空間を巻き込むように拡大した。

139 Awake 12話(6/72013/10/13() 15:21:14

体が吸い込まれる。と彼は身構えたが、すでに動かない死神の肉を引きちぎりながら吸
い込み、やがて全てを飲み込んでしまうと同時に渦が収縮して消えていった。
……吸い込まれている。しかし、あの召喚された空間は一体何だったのだろうか」
――
まさか、己の肉体を生贄として異界への門を開いたのか。だとしたら真祖が復活する
時間を早めてしまった事になる。まずい、一刻も早く残りの駒を倒してしまわないといけ
ない。
 そう思いネイサンはいつものように宝物庫の扉を開けた。
 見ると宝物が置かれている台座の上に、手の平に収まるくらいの小さな藍玉があった。
「鍵じゃなさそうだ」
 少しがっかりして肩を落としたが、手に取ると不透明な藍玉が少し青い光を帯びて半透
明に変化し輝いた。
 清浄な光に変化したのには驚いたが、この藍玉をどう扱っていいか分からず不安な心境
で見ているのを汲み取ったかのように、自分の使い道を示すイメージがネイサンの頭の中に流
れ込んできた。
……俺たちがこの城に入る前に命を落としたハンターが身に着けていたマジックアイテ
ムだったのか。穢れた物を浄化させる力があると、そう教えたのか? ありえない。俺に
過去を見る力は無い。まやかしだ」
――
それが本当なら喜ばしいことこの上ないが、魔性はこういった幻覚を見せ、新たなギ
ミックを手に入れる事で屠る魔物の数を増やしてより強い力を得させ、生贄としての力を
高めようと誘っているんじゃないのか? 
俺は非力だ。思考の間隙に精神に対して呪詛を織り込まれるかもしれない。けど、誘われ
ても聴かなければいいんだ。
一切取り合わず撥ね退ければ問題はない。
 ネイサンは思考を纏め、上空以外に踏破出来なかった場所、毒の川が流れて進路を妨害して
いる地下水路に向かって歩を進めた。

140 Awake 12話(7/72013/10/13() 15:23:39

死神――デスの消滅とそれによるドラキュラの力の増強を確認したカーミラは、地下水路の奥深くで
静かに考えを巡らせていた。
「生贄にするための力を増幅させているとはいえ、力の陥穽に嵌らずに私の城を駆け抜けて
こられる人間がいようとは思いもしなかった」
――
デス様は消滅したと同時に伯爵の力を増幅させるよう、自ら術をかけられていたのか。
術者の権限は三つに分かれていたとはいえ、主導はこの私。
デス様が倒されても伯爵が消滅することはあり得ないが、今まであの方が吸収してきた力を
削がれる事態は発生する。
そこで、わざと自らの肉体に術をかけ生贄としてその身を差し出されたか。
何という忠心。
魔たるものが、特に己を復活させた者に対して捨て駒としか思っていないような主に、そ
のような清々しい性根を見せる事が必要とは思えないが、あぁ……混沌を望むが故の犠牲
と思えば私も納得がいく。

「何にせよ、私のフィールドに入り込んでくるお前の力を、見せてもらおうか」
 カーミラは己を倒そうと迫ってくるネイサンを待つ間、彼が抱えている精神の表層部分を読み取
るために力を放出させた。
 礼拝堂で感じた内容によっては弄ぶ材料になり、己の領域に侵入してきたネイサンに対して
表層部分の同調と、彼が聖鞭を持っているために侵入できないかもしれないと言った危惧
はあるが、あわよくばヒューに行ったように精神の楔を打ちつけるため幻視を行った。