Awake 17

 

 

199 Awake 17話(1/72013/12/22() 21:12:03

「何だ……この荒れ果てた世界は?」
光のゲートに入るとすぐさま伝承や、聖書に記されているような地獄と思しき異世界が
ネイサンの視界に広がった。
だが、伝聞と伝承と違うのはその大地に立ち辺りを見渡しても、死者の魂どころかそこ
に居るはずの悪魔すらいない奇怪な場所であったからだ。
何度も流され凝固した血の様に赤黒く、暗澹たる邪悪としか思えないような瘴気が空一
面を覆い、山も河もなく、どこまでも果てしなく続く荒漠たる大地がネイサンを出迎えた。
そして、その空には邪眼の様に二重の円を以って浮かぶ禍々しい紅月があった。
その周りをプロミネンスが覆い、輪郭となしていた。その他にも中空に浮かび、開眼し
た目玉が張り付いている岩はあったが、ただ、それだけがこの世界の変化だった。
やがて、その空間に巨大な悪魔が歪みながら出現した。
 儀式の間で対峙した血色の無い傲岸な貴族の出で立ちとは違い、全ての吸血鬼の真祖と
呼ぶに相応しい存在となったドラキュラである。
全身を鋼鉄のような筋肉で形成された外殻に覆われ、その肉体は鈍い紫紺に光り、巨大
な蝙蝠の羽を両翼にしてはためかせた姿は、まさに異界の魔物そのものであった。
「くくく……
「!?」
「良い場所であろう? 此れが我の望み、我以外の存在が消滅した世界だ。実現すれば、
総ての者が死ぬ苦しみも、生きるが故の処々の煩わしさを味合わずに済む」
 その荒唐無稽な願望を耳にした瞬間、ネイサンは心の奥底から絶望と恐怖、そして虚無が去
来した。
――
ただ、全ての存在を消すためだけに、この城にその糧となる生贄を誘い込み、弄んだ
と言うのか。馬鹿馬鹿しい! 人の心と体を玩具のように弄んだ外道に相応しく、存在の
消滅と言う鉄槌を打ちつけてやる!

200 Awake 17話(2/7)2013/12/22() 21:13:41

「鬱陶しい御託を並べるな! だったら、その言質の通り貴様が消滅しろ!」
……小僧! 来い! この期に及んで言など弄さん。貴様の力、我に見せよ!」
 ドラキュラが両腕を動かしその体が発光すると、瞬時に轟音が響きわたり空から無数の隕石
が落下して来た。
 天空から降り注いでくる無数の隕石はネイサンの体ぐらいの大きさがあった。その上、速度
を付けて落下してくる物体が地面に激突し、大地を抉った衝撃で広範囲にわたって砂埃が
立ち昇った。
――
あんなものに当たって押し潰されたら身が持たないぞ!
 心中で震えながら攻撃の方法を探し逃げ回っていたが、目測を見誤り隕石に押し潰され
た。
 抉り込む前に後ろへ飛び退いたが、それでも内臓を圧迫され攻撃のタイミングをずらさ
れた。
――
痛たた……っ。これほどまでの威力、何度も食らったら命が幾つあっても足りない。
皮膚が焼けている。歩くだけでヒリヒリする。
 隕石が回転して摩擦した後の傷を見て、真祖の力を垣間見た。
 しばらくすると隕石の落下はおさまったが、たった一度の攻撃を受けただけで、冷水を
浴びせたように冷や汗が出るくらい戦慄した。
――
まずは体に当てないと話にならない。試しに遠隔攻撃でダメージを見てみよう。
 ネイサンはクロスをドラキュラの外殻に投げつけたが、ダメージを受け体液が迸るわけでも抵抗
する訳でもなく、むしろ攻撃が透過して投擲武器を無駄にする形となった。
「まるでカーミラみたいだ。本体のみに攻撃しないとダメージを受けないのか? でも、その
本体はどこだ?」
 そう考え、また全体を観察した。前に攻撃を受けた時には気づかなかったが、今度は両
肩が発光した後、腹部が裂け、その中から内臓が抉り出されるかのように禍々しく大きい
目玉が現れた。

201 Awake 17話(3/7)2013/12/22() 21:14:45

そして、血走った眼球から身を切り裂くぐらいの威力を持つ光線が発現し、己を狙い大
地に無数の光が照射してきた。
 光線と言いっても、目で追えるほど範囲が狭かったので逃げおおせる事は出来たが、光
線が通過した後はその熱量で炎が発生し、何もない大地は劫火の如く燃え盛っていた。
――
鋼の様な筋肉の中から現れたのが魔力を掌る本体か。直接間合いに入れば一蹴される
のは目に見える。さっきの様な攻撃を何度も食らうなんて耐えられない。
だけどあの攻撃は広範囲じゃない。隕石が来たら全力で逃げおおせるとして問題は、どこ
で攻撃を与えるかだ。
 彼は目玉の位置から少しずれて、側方に回ってから攻撃したらどうかと考えた。真祖は
体を動かす事なく攻撃を繰り出しているのを、二度目の攻撃で把握し確信したからだ。
――
自分を囮に使って攻撃している隙に後方へ回り攻撃するか。そのかわり隕石が降り注
いできた時は全力で逃げ切る。
 そう結論付け、攻撃と防御を開始した。
 だが、そこからが至難の技だった。攻撃しようにも隕石は何度も落とされ、逃げるしか
なく、いつ隕石に接触してもおかしくない状況だった。
 その他にも毒の泡が自分に纏わりついてきたので、泡を取り除くのに必死で攻撃どころ
ではなかった。
 光線を繰り出す攻撃は中々繰り出して来ず、攻撃の機会はその間に絞られていた。
 それでも与えられたチャンスを無駄にする事なく、攻勢をかけていたため攻撃を殆ど受
ける事なく着々と力を削って行った。
 やがて、真祖の肉体に変化の兆しが現れた。外殻の色が鈍い紫紺から、毒を含んだ死体
が腐食する前のような気味の悪い薄暗い緑青に変化をした。
 すると、今まで見た事がないパターンの攻撃を繰り出してきた。
 目玉を隠し、腹部が固く閉じられると巨大な両手を広げて前に翳し、全身が光を帯びて
発光したと同時に、巨体とは思えないような速さでネイサン目がけてワープしてきた。

202 Awake 17話(4/7)2013/12/22() 21:16:30

 身構えたが急襲されて攻撃の種類が見極められず、ネイサンの体は巨体に巻き込まれて全身
の骨が軋む音がするほど激しく引き摺られた後、盛大に吹き飛ばされた。

「うわぁぁぁぁぁ――!?」
――
何だこれは! 何だこれは! 何だこれは! 一気に骨が砕けたように痛む!
 空中に放り出され、なす術もなく無様に岩だらけの大地に勢い強く叩きつけられた。
 あまりにも激しい力を受け、その場に這いつくばったが、体勢を立て直すためすぐに立
ち上がろうとした。
 だが、一瞬にして関節に痛みが走ると、バランスを崩してまた大地に倒れ込んだ。
 その上、落下した衝撃で一気に口中がズタズタに切れて吐血し、一撃で全身を打ち据え
られた痛みが心に戦慄を植え付けた。その状況に一瞬にして全身が粟立ち、寒気が走った。
「がはっ……ぐぁ……ぁっ」
――
強い、力そのものを凝縮した存在だ。だけど永遠に光が射さない地が存在しないよう
に、人の世に不変の力なんて存在してはいけないんだ。
……ぐぶっ、はぁ……はぁ、でも、戦わないと、何も変わらない!」
 力強く叫んでも孤独は心の中に広がった――戦い、そして斃れても責められるべき肉体
が消滅したら、人々が己を罵倒し、怨み、嘆いても声は魂には届かない。
 それでも、自分自身として生きるため、愛する人たちを守るため、今度こそ城内には仲
間は誰一人としていない、孤独な戦いを制するために心を奮い立たせた。
 突撃された後、もう一度同じような攻撃が来たら空へ逃げようと構えていたが、いつの
間にか巨大な体が一瞬にして消散し、どこからともなく現れた大量の蝙蝠が固まって飛び
交っていた。
「何だ? あれは?」
 よく見ると、蝙蝠が固まっている中心に巨大な目玉が浮遊していた。
「真祖の核……?」
――
姿が不安定だ。もしかすると力が保てないくらいの打撃を与える事が出来たのか! 
もうじき消滅する兆しなのか……? それなら、この痛みも、恐怖も解放される時は近い。
神よ。今一度の恩寵をお与えください!

203 Awake 17話(5/7)2013/12/22() 21:17:40

「今度こそ、貴様を煉獄に叩きこんでやる! 消え失せろ!」
 真祖の核に直接攻撃を加えるにしても、蝙蝠の群れが邪魔をして打撃を与えられないな
ら、いつも通り投擲武器で弾数を稼ぎ、数が費えても攻撃を受けない限り直接攻撃が出来
る隙を見つけ確実に叩く。
それに突撃した時に腹部の肉は開く事はないので逃げる事に専念する。普通に飛び越える
だけでは防げないが、手に入れた人外の力で天空へと飛び上がれば真祖に接触する事はま
ずないだろう。

――
よもや自分が俺を惑わすために与えた力によって対峙される所まで追い詰められると
は思ってもみなかっただろう。
 厄介なのは目玉にまとわりついている蝙蝠が、自分に向かってバラバラに突進してくる
ことだけだった。
 蝙蝠を掃討するためにクロスを投げたところ血を吹き出しながら消散したため、蝙蝠の
姿が黒く変化して真祖の幻影が現れるまで、投擲武器を繰り出した後に聖鞭で攻撃し続け
た。
 だが、すでに限界以上の体力と気力を使い果たしたせいで、何度か蝙蝠の突撃を避けき
れず鋭い歯牙で血を貪られるようにその身を食われたが、ここまで身体を変化させられな
いほど魔力が低下したドラキュラに対し、攻撃されてももはや必要以上に怯むことはなかった。
 やがて、一夜の闘争に終焉の時が訪れる瞬間がやってきた。
 幾度となく大きく聖鞭を振るい続けると、ようやく蝙蝠を巻き込みながら、真祖の核が
血と肉片を撒き散らして大地に叩き落とされた。
 しばらくの間、果実が割れたような姿で核は血液を流出させながら細かく痙攣していた
が、ネイサンはその場にたどり着くと、躊躇なく核を踏み潰しその場に大量の血が飛散した。
 瞬時に強大な魔性の幻影が現れると、大地を大きく揺らしがなら靄が晴れるようにその
姿がゆっくりと消え失せた。

204 Awake 17話(6/7)2013/12/22() 21:18:30

 それから直ぐに空間全体に白く強い光が発現した。その清浄な光に「これで終わったの
だ」とネイサンは静かに目を瞑ったが、数秒して瞼に感じる光が軽減した頃に目を開けた時、
儀式の間にその身体はあった。
 そして眼前には灰と腐臭を放ちながら凝固しかけた血液を止めどもなく体中から垂れ流
しているドラキュラの姿があった。
 だが、対峙しても魔力を全て削がれたドラキュラの無残な姿に、もはや何も思うことはなか
った。ただあったのは両親、そして仲間二人のことだけだった。
――
父さん、母さん。敵を取ったよ……師匠、そしてヒュー。みんなで生き残れたんだ。俺
達は再び人の世に光を取り戻したんだ。
「無駄だ。我は滅びることは無い。」
 カーミラが消滅した時のように消滅することに何ら抵抗を見せないドラキュラの様子を見て、ネイ
サンは強大な魔力を持っていた不死者に再び底知れぬ恐怖を感じた。
 魔王ドラキュラの復活を待ちわびる魔性と人間はいつの時代にも存在し、その度に復活させ
られているのを思うと、その意味を理解した。
「余を求めている者の血の叫び、心の中の闇の叫びにより、何度でも目覚め蘇る」
「そのときには、また俺たちがいる。安心して消えるがいい。」
――
哀れな。死者の復活は復活した者のみが責められるものじゃない。世の潮流が人の心
を蝕み、闇を求めるものだとすれば俺達だけでは対処しようがない。永遠の命題だ。
 彼は不敵な面構えで笑みを浮かべながら、陽炎のようにゆっくりと揺らめき消失してい
く真祖の姿を眺め、同情とも不安とも付かないような奇妙な感情で仇敵が消滅するまで対
峙した。
そして――

205 Awake 17話(7/7)2013/12/22() 21:23:13

「!?」
 ドラキュラが消滅した瞬間、転倒するくらい強い地鳴りが起こった。彼は戦闘の疲労や余韻
など物ともせず生き延びるため、生き残るため至る所が崩落していく恐怖に慄きながら崩
壊していく城から脱出した。
 無数の瓦礫が頭上より降り注ぎ落下してくる。
城内の構造が崩落によって変化し、脱出ルートが分からなくなってきた。それでも駆け
るのをやめれば瓦礫に押しつぶされるのは明白。城内の生温かい瘴気が薄れ、冬の冷たい
外気の割合が増えてくるまで彼は脱出ルートを見落とさないよう眼球から涙があふれてく
るくらい見開いて疾走した。
 やがて城門に出て吊り橋を渡りきると森へと抜けた。そして、息急き駆けてきた先には
疲労感が漂う表情をしながらも、毅然とした態度で迎えている二人がいた。
「師匠! ヒュー!」
 朝焼けに照らされた二人は青年の声と姿を認めると、様々な想いが込み上げて来て何時
しか双眸が潤み始めた。
 
「おかえり……。神よ、我らに恩寵と奇跡を与えられた事を心より感謝いたします」

 モーリスとヒューはネイサンに駆け寄ると、お互いに彼を支えあう様に抱きしめた。
 そして、宿敵を打倒し生還した事を心の底から祝い、誰一人欠ける事なく生き延びられ
た喜びに胸を詰まらせながら抱き合うと、ネイサンは微かな嗚咽を漏らしながら滂沱の涙を流
し続けた。