アルカード君の大冒険

 

2 名前: 導入部〜第一話 投稿日: 2006/03/29() 19:19:14

昔々…ある国にとても仲の良い親子が住んでいました。子供の名前はアルカード、お父さんの名前はドラキュラ、
お母さんの名前はリサ。三人は召使いの死神さんといっしょに、つつましくも幸せな
日々を過ごしていました。そんなある日のこと…。
突然東の空に大きな竜巻が現れたかと思うとすごい勢いで悪魔城に襲い掛かってきました。
迫り来る竜巻から子供を守ろうと夫婦はとっさに身を躍らせ、
竜巻は彼らを飲み込み西の空のかなたに消えてしまいました。

後に残されたアルカードはただ呆然と悲しみの涙にくれるばかり…
アルカード「父上、母上…わたしを守るために…ううっ。」
デス「わが主と奥方様……アルカード様への深い愛情しかと見届けました。どうか安ら(ry
アルカード「何言ってるんだよデス!父上と母上はまだきっと生きてる!早く助けに行かなくちゃ!」
デス「た、助けにですと?!しかしあの状況では主はともかく人間である奥方様は…」
アルカード「いいから行くの!!」
こうして二人の長い旅が始まったのです。

<〜第一話・旅立ち〜>
二人がお城近くの村の外れにさしかかった時、突然見慣れない人影が二人の行く手を遮りました。
それはアルカードと同じ年頃の少年でした。
???
「待て!そこのオンナみたいなガキとあやしげな奴!」
アルカード「……わたしたちのこと?」
ラルフ「そうだ。ここより先は我々ベルモンドの修行の森だ。お前のように弱そうなガキを通すわけにはいかん。」
デス「フン、我々が何処へ行こうが我々の勝手というもの。人間如きに指図される謂れはないわ。」
ラルフ「…そうか、ならば通るがいい。そのガキが俺を倒すことが出来ればの話だがな!」
アルカード「ええっ?!」

3 名前: 第二話 投稿日: 2006/03/29() 19:24:29

<〜第二話・森の中で〜>
アルカードと死神さん、そしてラルフは森の奥深くへと足を踏み入れました。
ラルフ「…当主様、居ないみたいだな。」
ラルフがキョロキョロと頼りなさげに周りを見渡すので、不安になったアルカードはラルフの手を握ろうとしますが・・・
ラルフ「触るな馬鹿!俺はヴァンパイアハンター…見習い…なんだ!俺がいつか当主になったら
   お前なんか、コテンパンに」
デス「ふむ…ということはその当主はヴァンパイアハンターか。何処かに出掛けておるのか、昼寝でもしておるのか
   どちらにせよ好都合です。さっさとこの森を抜けてしまいましょう坊ちゃま。」
ラルフ「うぐっ…。」
後先考えぬラルフの言動に助けられ、三人が森を抜けようとしたその時です。
突如近くの木の上から黒い影が舞い降りてきました。
三人の前に現れたのは鞭を握り鬼気迫る顔でこちらを睨みつける金髪の青年でした。
アルカード「出たっ!!ど、どうしよう……!そうだ、まずは話し合いだよ。
    避けられる争いは避けなきゃいけないって母上が言ってた!」
デス「ですが話の通じる相手であるかどうか……私が考えますにこの男はベルモン」
レオン「そのとおり。俺はベルモンド家の当主にしてヴァンパイアハンターのレオン・ベルモンドだ。」
アルカード「あ、あの、わたしはアルカード。ラルフとはさっきお友だちに…」
ラルフ「なっ、なってねーよ!!」
レオン「…そうか。この美味い肉の事しか考えていなかったラルフにもやっと友人が出来たか。
   ならば君とそこのお付の死神を成敗するわけにもいかないな。次の獲物が来るまで待つとしよう。」
再び軽やかな二段ジャンプを駆使し木の上に登ろうとするレオンにアルカードは慌てて尋ねました。
アルカード「ちょっと待って。次の獲物って…わたしたちの後に魔物が来たら…殺しちゃうの?」
レオン「うん、そうするつもりだよ。何せ我々の生k」
アルカード「ダメ!お願いだから悪いことしてない魔物たちを傷つけないで!」
レオン「困ったね……。少年、ベルモンドは魔族に慈悲は与えても決して屈することはない。
   どうしてもやめてほしいならば…ラルフと同じく力ずくで俺を倒すんだな。」
アルカード「……! わかった。あなたと戦う!」
さて、アルカードは無事森を抜けることが出来るのでしょうか…

4 名前: 第二話〜第三話 投稿日: 2006/03/29() 19:26:23

死神さんとのコンビネーション攻撃で見事レオンを打ち破ったアルカード。
レオンが魔物狩りを始めたのも、竜巻で森の食べ物が無くなったために
ドロップアイテム目当てで仕方なく始めたことと知り、旅への思いを新たにするのでした。

レオンに見送られながら無事森を抜けた一行は西に位置する谷へと足を踏み入れます。
そこは霧の深い日の光が殆どささないじめじめとした場所でした。
アルカード「ふぅ…何か寒いね。」
ラルフ「西の谷は年中雨模様だからな…そのうち一雨くるぞ。」
デス「そういう重要な事はさっさと言わぬか小童!坊ちゃまは水が苦手なのだぞ!」
ラルフ「誰が小童だ、この頭陀袋!!…いやそうじゃない!アルカード!?」
そうこうしている間にも空から水滴がポツポツ落ち始め…間もなく雨へと姿を変えました。
なすすべもなくアルカードが震えていると、
近くの洞窟からフードを目深に被った男が姿を現しました。
この雨の中、頭にフードを被っている以外にはレザーパンツしか履いていません。
???
「おや、このような所に子供とは珍しい…雨宿りがしたいならば
   俺の住処で温かいお茶でもお出ししますからどうぞこちらへ…」
アルカード「ありがとう。」
ラルフ「お前は馬鹿か!またはアホか!!あからさまに怪しい奴じゃないか!」
アルカード「…ラルフはどうして初めて会った人にそんな酷いことを言うの?」

相変わらず疑う心を欠片も持たないアルカードは、ラルフの言葉に耳を貸すことなく
男の後へ付いて行ってしまいました。
実はアルカードにとっては初めて会った人では無かったのですが…

5 名前: 第三話 投稿日: 2006/03/29() 19:28:50

三人が通された洞窟内は、冷たい岩肌に囲まれた実験室の様相を呈していました。
部屋の隅ではアルカードが放り込まれるのに最適なサイズの鍋が
ボコボコと不気味な音をたてています。
ラルフ「アルカード、とって食われるぞ!!」
デス「これまた何処かで見た事があるような施設…うーむ、一体何処で…」
死神さんがうんうん唸っていると、
謎の男はアルカードへ湯気の立ち込めるコップを差し出しました。
???「さぁ、お茶をどうぞ…。」
アルカード「はい、いただきます。」
ラルフ「馬鹿!!飲むな!」
ラルフはすんでのところで怪しげな液体の入ったコップを叩き落しました。
アルカード「ああ…」
アルカードの大きな瞳が朧月のようにじわじわと曇ってゆく様子に
ラルフはほんの少し胸が痛みましたが、ぎろりとアルカードを睨みつけ言いました。
ラルフ「こんな不審人物の淹れた不審な飲み物を不審がらずに飲む奴があるか!
   雨が嫌なんだったら俺の上着を雨避けにしろ。さっさとここから出るぞ!」
アイザク「くっ…先程から聞いていれば怪しげだの不審だの…
    穏便に事を済ませようと思っていたが気が変わった。お前たち子供二人は
    鍋の具材、そこのゴミ袋は……萌えないゴミの日に出してくれるわ!!」
デス「ゴ、ゴミ袋だと…」
アルカード「デスはゴミ袋なんかじゃない!…萌えないゴミって何?」
ラルフ「うるせぇ!悪い魔女ならぬ魔男はヴァンパイアハンター!
   …見習いの俺が成敗してくれる!いくぞ、アルカード!!」
アルカード「う、うん!」
さあ、二人の少年の運命は?そして魔男アイザックの目的は一体何なのでしょうか…?

アイザク「ま、負けた…この俺がこんなクソガキ二人に…」
デス「坊ちゃまとその下僕の力、思い知ったか魔男め。さてトドメは私が」
アルカード「ちょっと待ってデス!様子が変だよ。」
アイザク「くっ…これでは薬が…ジュリア…。」
アルカード「薬?もしかしてそのジュリアって人に薬を買ってあげるために…?」
アイザク「ああ…ジュリアは俺の妹なんだが、俺は悪魔精錬士を辞めてから収入がゼロになって、
    妹の薬も満足に買えない状態だったんでこうして谷に迷い込んだ奴に
    茶を飲ませて代金取ってやろうと思ってたんだが……全然ダメでな。」
ラルフ「そりゃそうだろうよ。引っ掛かるのはよほどの馬鹿か箱入りだけだ。」
デス「待て!悪魔精錬士だと!?もしや貴様…アイザックか!!」
アイザク「そういう貴方はもしやデス様!ということはこの汚らしくない方の少年は…!」
ラルフ「汚らしくて悪かったな。」
アイザク「はぁ……しかしいずれこうなることはわかっていたし、
    ドラキュラ様のご子息に成敗されてかえって良かったのかも知れないな…。」
アルカードは力なく蹲っているアイザックに歩み寄ると、何かキラリと光るものを差し出しました。

アルカード「あの、アイザックさんこれ良かったらさっきのお茶のお礼にもらってくれませんか?」
デス「ぼ、坊ちゃま!!それは主と奥方様よりいただいた大切な剣ではありませんか!!」
アルカード「…だってわたしはこれくらいしかお金に出来そうなのを持っていないし…。
    それに、アイザックさんはジュリアさんを助けるためにずっと頑張ってきたんだよ。わたしには
    兄弟がどんなものかよくわからないけど、その気持ちは大切にして欲しいから…」
アイザク「…そのような大切なものをいただく訳にはいきません。お気持ちだけで十分です」
アルカード「でもこのままじゃ薬が…。」
アイザク「なに、商売が駄目ならまた「別の方法」を探しますよ。」

アイザックは妙に晴れやかな笑みを浮かべ、三人を見送りました。
ラルフは背中越しに「ヘクターの身包み剥ぎに行こうっと。」と嬉しそうな声を聞きましたが、
寒そうに擦り寄ってくるアルカードを、自分の上着で極力優しく包み込むのに必死で、
そんな台詞は頭の隅から消えてしまいました……。

6 名前: 第四話 投稿日: 2006/03/29() 19:38:01

アルカード「デス、聞いて聞いて。」
谷の出口が見え始めたとき、頬をほんのり桃色に染めたアルカードが死神さんにそっと話しかけました。
アルカード「あのね、さっきラルフが抱きしめてくれたときにね、…父上みたいな匂いがして、
     母上みたいに暖かかったんだ…どうしてだろう?母上と同じ人間だからかな…?」
うっとりとしたアルカードの様子に、デスは骸骨の顔を溶岩のように真っ赤にして叫びました。
デス「あ、主や奥方様のようですと!?坊ちゃま、あの小童にどんな不埒なことをされたか知りませんが
   あんな知性も品性も持たぬ野蛮者は片田舎で分相応の人間の嫁でも取って貧相な暮らしをしながら
   老いぼれるのが似合いというものまぁこの年頃からあの下品な有様では嫁に来る娘が存在するか
   どうかも疑問ですが坊ちゃまにはとても釣り合わない…」

死神さんの長いお話が始まりましたがアルカードの耳にはこれっぽっちも届いていません。
ラルフ「おいアルカード、このまま西に行くのか?ここから先は色々「出る」って噂だぞ。」
アルカード「出るってなにが?」
ラルフ「決まってるだろ、悪霊だよ。あそこに見える遺跡に住んでて、
   侵入者の身体を乗っ取っては次の獲物を襲うそうだぜ。」
アルカード「オバケ…でももし父上と母上が居たら…。……。い、行こうラルフ!」
ラルフ「何だぁ?怖いのかよ。『わたしを守ってください、お願いしますラルフ様』
   って泣いて頼んだら守ってやらなくもないんだがなぁ?」
ラルフの意地悪な言い方に、アルカードは大きな声で言い返しました。
アルカード「絶対言わない!もし怖くても怖くなんかないから大丈夫!」
ズンズン先に進んでいくアルカードをラルフはニヤニヤしながら追いかけます。
デス「坊ちゃま!また私の話を聞かず勝手に……お待ちくだされ坊ちゃま~!」
果たして不気味に聳え立つあの遺跡に、アルカードのお父さんとお母さんがいるのでしょうか?
そして遺跡に住むという悪霊の噂は本当なのでしょうか?
様々な不安を抱えたままアルカードは遺跡の扉を開くのでした…。

遺跡の扉の先は、延々と暗く冷たい道が続いていました。
恐怖を和らげる呪文を呟くアルカードの視界にある物体が飛び込んできました。
ぼんやりとした光の玉です。
ラルフ「人魂の一種だな。見てろよアルカード、このベルモンド最強…になる予定のラルフ様が追い払ってやろう。」
果敢に光の玉ヘ挑みかかるラルフでしたが、敵もさるものラルフの攻撃をスラリとかわしてしまいました。
ラルフ「逃げるな!アルカードに俺の強さを見せつけられないだろうが!」
苛苛したラルフが大声を出したその時です!突如物陰から銀色の髪を
短く刈り上げた青年がラルフに襲いかかりました。
ネイサン「隙ありっ、喰らえ!!」
青年の攻撃をもろに受けたラルフはカエルの潰れたような声を上げて引っくり返ってしまいました。
アルカードは死神さんの制止を振り切りラルフのもとへ駆け寄ると、キッと青年を睨みつけます。
ジュスト「ネイサン、ヒューをとっつかまえたか!?」
そこへもう一人、今度は長髪の青年が現れました。そして現場の惨状に息を飲みます。
ジュスト「何だこれは……ネイサン、犯罪者捕りが犯罪者になってどうするつもりだ?」
ネイサン「ち、違う!これは不幸な事故なんだ!大体ジュストだって魔法で光の玉操って
    『あのヒステリックな様はヒューに違いない。頑張れネイサン』とか言って俺を嗾けただろう!」
ジュスト「うーん、俺何処かでこの倒れてる少年見たことがあるんだよなぁ。」
ネイサンと呼ばれた青年の反論には耳を貸さずに、長髪の青年が二人の側に屈み込みました。
ジュスト「このお肉大好きでベルモンド家のエンゲル係数を上昇させてそうな顔は…野生児ラルフ君かな―?」
デス「坊ちゃま私が思うにこの男もベル」
ジュスト「すまないな少年、完全にこちらの勘違いだ。俺はジュスト・ベルモンド、今は家を離れて
    ある男を探しにこの遺跡に潜り込んでいる。しかし参ったなぁ」
ジュストは卒倒しているラルフの頭をバシバシと容赦なく殴りながら笑い始めました。
ジュスト「ラルフ、こんな所で昼寝してると腹壊すぞー。
    さてこの馬鹿は放っておいて俺たちの話を聞いてくれ少年。」
ネイサン「おいジュスト!…少年、俺の話も聞けよ!いや、聞いてください!」
デス「しかたありませんな…では私は自慢の鎌でこの小童の魂を冥土まで送って」
アルカード「絶対ダメ。」

7 名前: 第四話(2) 投稿日: 2006/03/29() 19:39:05

ラルフ「ジュストてめぇ…今度同じことしやがったら、森の熊の餌にしてやるからな!」
ジュスト「それじゃあ俺はお前をその熊の餌にしてやるぞ。なっ?」
ラルフ「ぐっ。」
年甲斐もなくラルフをからかうジュストに、ネイサンは呆れ顔になりながらもアルカードに尋ねました。
ネイサン「ジュスト…。なぁアルカード君、君は悪霊の噂を知っていてここに潜り込んだのか?」
アルカード「うん、竜巻にさらわれた父上と母上がいるかもしれないから…」
ネイサン「竜巻…もしかするとそれは、冥界の門のせいじゃないかな。」
アルカード「冥界の門?」
デス「坊ちゃま、蔵書庫の主の授業で教えた筈では?まさかまた授業をさぼって…」
アルカード「……だってお庭で遊ぶほうが楽しかったんだもん……」
死神さんの呆れた様子にしょんぼり俯くアルカード。そんなアルカードをラルフは鼻で笑います。
ラルフ「ほぉー、お坊ちゃんなのに授業をさぼったんだ。へぇー…痛ぇ!!何しやがるジュスト!」
ジュスト「お前も俺の魔術授業の時、机に三秒と向かっていなかっただろうが。」
ラルフの頭をアルカードが心配になるほど小突きながら、ジュストはアルカードに説明を始めました。
ジュスト「冥界の門とは死者の行き着く世界、冥界とこの世界を結ぶ門だ。普段閉じられている
    それを一度開けば、とてつもない大きさの竜巻が世界を襲い世界に住むものたちを
    冥界へと誘ってしまうという。」
ネイサン「俺の住んでいる村にも竜巻が襲ってきて、兄弟子のヒューが行方知れずになってしまったんだ。
    ジュストも幼馴染の男も同じでね、だから俺達は同じ目的のもと行動を共にしている。」

アルカード「それじゃあどうしてさっき襲いかかって来たの?兄弟子さんなら戦わなくても…」
ジュストは力無く首を振りました。
ジュスト「それがなぁ、あいつら遺跡の中で再会したとたん、凄い形相で襲いかかってきて」
ネイサン「返り討ちにしてやったんだけど逃げられてしまったから、
    また捕まえようと張り込んでたんだよ。」
ジュスト「だが、これ以上待っていても無駄かもな。こうなったらこちらから出向いてやろう。」
淀みなく言い切り、迷うことなく進んで行くジュストに、ある者は深いため息をついて、
ある者は怒り心頭で痛む頭を押えて、ある者は大人の歩みに遅れないよう、慌ててついて行きました。

ラルフ「おい、行けども行けども同じ風景じゃねぇか。」
ジュスト「うるさい子供は置いてくぞ。そろそろ遺跡の最深部にたどり着く筈だ。」
そして一行が足を踏み入れた如何にも怪しげな部屋
…そこは一筋の光もささない闇の世界でした。
アルカード「…真っ暗だ。」
ラルフ「く、暗闇だからって怖がるんじゃねーよ。あっ、こらくっつくな!」
アルカード「ええ?ラルフには触ってないよ?」
二人の間に冷たい沈黙が横たわります。
ラルフ「ば、馬鹿言うなよ…お、お化けは触っても実体なんかない……グハッ!」
アルカード「ラルフ?どうしたのラルフ!」
アルカードには何が起きたのかサッパリわかりません。
そこへ、地を這う暗い声がアルカードの耳を掠めました。
???
「チッ、狙いを違えたか…ジュストと同じ気配がしたんだが…」
ジュスト「!?アルカード、こっちに来い!奴は忍者だ、暗闇では勝てない!」
???
「そこか、ジュスト!我が積年の恨み、思い知れ!!」
ジュストヘ向けて目にも止まらぬ速さで襲いかかる黒い影。
その正体は?ラルフの安否は?アルカードの戦いはまだ続くようです…。

 

12 名前: 第四話(3)〜第五話 投稿日: 2006/03/30() 23:51:30

暗闇に視界を奪われる中、刃物が冷たく交錯する音だけが響き渡ります。
アルカード「どうしようデス。ラルフも何処にいるかわからないし、全然周りが見えないよ。」
デス「私には手に取るようにこの部屋の様子がわかりますぞ。
   坊ちゃま、ただ目で見るのではありません。
   闇の眼をもって視るのです。…坊ちゃまにはまだ難し過ぎましたかな。」
アルカード「…。」
頬を膨らませるアルカードは次の行動へ移ります。
クンクン。アルカードは小さな鼻を懸命に動かし始めました。
デス「坊ちゃま!またそのようなはしたない真似を…!」
アルカード「だってこれが一番よくわかるんだ。……ジュストさんが危ない!」
どうやって察知したのかはわかりませんが、片方の刃物がはじけ飛んだ音からも
ジュストに危機が迫っている事は確かなようです。
アルカード「えっと、これをこうしてああして…呪文を唱えて……ムニャムニャ…」
デス「ああ、いけません坊ちゃま!魔物を呼びだすにはまだお勉強が足りな…」
アルカード「大丈夫だよ!…多分。いって、コウモリさん!」
死神さんの引き止めも虚しく、アルカードが叫んだ瞬間。
ボコン!と何かが凹む大きな音がしました。
???
「ぐわぁぁぁー!…ガクッ。」
影が悲鳴を上げてその場に倒れ込みます。
事の成り行きを見守っていたネイサンはジュストに呼びかけました。
ネイサン「ジュスト、無事か!?」
ジュスト「ああ、こっちは大丈夫。突然現れた大きなタライが
    マクシームの頭を直撃しただけだ。」
ネイサン「タライ?お前一体何を言っているんだ!」
ジュスト「そういえば灯りを点けるのを忘れてた。いやぁ、道理で戦いにくいわけだ。」
ジュストは手の平に小さな炎を呼び出し、部屋はようやく暗闇から解放されました。
…アルカードの顔が真っ赤だったのは、炎の光に照らされたからだけではありませんでしたが。

暫くして、ジュストはマクシームを縛り上げようとしましたが、すぐに手を止めてしまいました。
闇の奥から不気味な威圧感を放つ男が現れたからです。
???
「ほぉ…中々やるではないか。いや、そうでなくては面白くない。」
アルカード「誰?」
???
「俺はこの遺跡の主だ。闘技場の主と呼ぶ者もいる。」
アルカード「遺跡の主さん…あの、わたしの父と母を知りませんか?」
???
「ああ、知っているとも。何故ならあの竜巻を呼び起こし、
   彼らを攫わせたのは他ならぬこの俺なのだからな。」
アルカード「ええっ!!……ち、父上と母上を返せ!もし返さないっていうなら…!」
???
「良いだろう、お前の両親は返してやる。」
アルカード「ほ、本当!?」
デス「坊ちゃま、罠のにおいがしますぞ!お気を付けくだされ!」
???
「くくく…好きなほうを選び給え。」
アルカード「好きな…??」
意味がわからず首を傾げるアルカードの前で、お父さんとお母さん…
のようなものが姿を現し、アルカードににじり寄りました。
ママ?「そうよ、アルカード…このサキュバスをベースとしたセクシーママか!」
パパ?「ミノタウロスをベースとしたワイルドパパか!」
「「さぁ、どちらがいい!?」」
ジュスト「…。」
ネイサン「……。」
アルカード「………。 どっちも嫌だっ!!!」
???
「…そうだな。まだ幼い少年に母か父を選択させるなど、
   俺は少々思いやりに欠けていたようだ。」
遺跡の主は笑いに耐えぬといった口調で言い放ちました。
???
「ならば遠慮することはない、両方とも受け取るがいい!!」
アルカード「そういう問題じゃないー!!」
???
「開け、冥界の門!いでよ、我が下僕よ!この小蝿に真の闘いの恐怖を教えてやれ!」
アルカード「父上と母上の格好をしてわたしを騙そうとするなんて!もう怒ったぞ!」
普段の彼からは考えられない怒りのオーラを纏い、アルカードは遺跡の主に立ち向かうのでした…。

13 名前: 第五話(2 投稿日: 2006/04/01() 00:00:17

果敢に両親の姿を真似た魔物に戦いを挑むアルカード。
そんな彼を二つの影が庇いました。ジュストと、遺跡の魔術から解き放たれたマクシームです。
ジュスト「アルカード!この化け物は俺たちに任せて先に行け。」
マクシーム「詳しい話はジュストから聞いた。君の両親を助けられるのは、冥界の門が開いた今しかない!」
アルカード「でも…」
マクシーム「おいおい、少しは俺にもカッコイイ役をくれよ。勇気ある少年への罪滅ぼしに
幼馴染と共闘する役をな!」
ジュスト「ネイサンと一緒に門の前まで行くんだ、急げ!」
アルカード「は、はい!」
ジュスト「それから、あのいくら殴っても死なない野生児も連れていってくれ。
今はご覧の通りふらついてるが、いざという時は君の頼もしい盾になるから。」
ジュストの指さす方では、傷だらけのラルフがフラフラと立ちあがろうとしている所でした。
アルカードは彼に駆け寄り、小さな手を差し出しますが、ラルフはその手を取ろうとはしません。
アルカード「ラルフ、大丈夫?痛いならそこで待ってても…」
ラルフ「何で俺がお前の指図を受けなきゃならん!さっさと行くぞ!」
アルカード「…とっても痛そうなのに。」
ラルフ「うるさい!これぐらい平気だ!」
ネイサンはもしやジュストは自分に面倒を押し付けたかっただけなのではないかと
頭を抱えましたが、もはや引き返すことはできませんでした。

ネイサン「そういえばあの男、一体何処へ消えたんだ…?
   もう出て来ないのならそれはそれで構わな…!」
アルカード「どうしたの?ネイサン…お兄さん。」
ネイサン「門の前に誰か居る。」
???
「…久しぶりだな、ネイサン。」
ネイサン「ヒュー!お前か!とっととそこから離れろ!危ないぞ馬鹿!」
ヒュー「先の戦いでは油断したが…ここで待っていれば必ずお前が来ると思っていた。
   さあ、決着をつけようではないか!」
ラルフ「お前、あいつに何か恨まれるような事したのか?」
ネイサン「……気にするな。…俺たちは安全な場所に避難しよう。」
ネイサンは不思議なほど冷静に、少年二人を両脇に抱えあげ、
地上より数メートル高い場所に飛び移りました。
ヒュー「逃げるかネイサン!かかってこい!」
ラルフ「…なんだぁ、あいつ。」
ネイサン「あいつは高所恐怖症だからな。こうしていれば安全だ。
   それにそのうち始まるはず…」

ネイサンの言葉が終るかどうかのタイミングで、周囲に不気味な音が響き渡り、
巨大な門がミシミシとうごめき始めました。
ゴゴゴゴゴ…
そしてゆっくりと門が開き、隙間から目も開けていられない強烈な風が吹きこみました。
その風に混ざって、巨大な岩の塊が三人に襲いかかります。
ラルフ「アルカード、ボサーッとするな!俺の後ろに隠れてろ!…痛てっ!」
デス「これはたまらん!これほどの強さとは…
   主が太刀打ち出来なかったのも無理はない!」
ラルフ「うるせー!頭陀袋は風と一緒に吹き飛べ!」
ネイサン「ヒュー、お前も気をつけろー!そこ一番危ないぞ!」
ヒュー「何を…!他人の心配より自分の身を案じたらどうだ!!」
ヒューが吹き荒ぶ風の中、ネイサンに向けてビシリと指を指したのとほぼ同時に、
彼の後頭部に岩の破片が直撃しました。

14 名前: 第五話(3 投稿日: 2006/04/01() 00:18:24

ネイサン「ヒュー!言わんこっちゃないな。…ん?また何か来るぞ。岩じゃないみたいだが…」
ネイサンは目を凝らして門の向こうを見つめました。
彼の目には、小さな黒い物体が寄り集まって出来たような塊が、
凄いスピードで門を駆け抜ける様が映りました。
そしてその塊は力尽きたのかフラフラと地面に不時着したのです。
同時に一層強い突風が襲いかかりました。
ラルフ「うわっ!?何だこの…!」
アルカード「ラルフ!」
何ということでしょう!まるで風が意志をもっているかのように、
ラルフの体を門の方向へと引き寄せています!
アルカード「ラルフ―!」
アルカードが止める間も無く、ラルフは門の向こうへと吸いこまれていきました。
しかし泣いている暇はありません。風は次の目標をアルカードに定め、
ラルフと同じように門の側まで引き込みました。そして……
デス「しまった!坊ちゃま〜!」
周りが全く見えない時間が暫く続いた後、門は無情にもバタリと閉まってしまいました。


アルカードは目をギュッと瞑って身を縮こませ、次に来るであろう
冥界の地面に叩き付けられる衝撃に備えていました。

アルカード「…?」
しかし、いつまでたってもその痛みは襲って来ません。
それどころか誰かに抱きかかえられているような、温かな感じさえしていました。
恐る恐る目を開け、周りを見渡すと先程と変わらぬ遺跡の風景が広がっていました。
???
「大丈夫でしたか?」
どうやらアルカードは誰かに助けられ、今その人に抱えられているようです。
視点を上へと移動させると、銀色に輝く髪の青年と目があいました。

アルカード「……ヘクターお兄ちゃん!」
デス「坊ちゃまー!坊ちゃまご無事で……。き、貴様はヘクター!何故お主がここに!?」
ヘクター「ちょっと事情があって家に居られなくなりまして…お城ヘ行ったら
   メイドのプロセピナから皆さん西の方角ヘ出向かれたと聞いたので追いかけてきたんですよ。」
アルカード「どうしてわたしたちを追いかけて?」
ヘクター「それは…。」
???
「―全てを知るお前ならばそれがわからぬはずはないぞ、アルカード。」
アルカード「!?」

 

19 名前: 第六話 投稿日: 2006/04/02() 14:36:23

アルカード「何?今の変な声―」
声のした方向へと顔を向けるアルカード。
そこでは地上に伏せていた塊が飛散し、あとには一人の女性が横たわっていました。
さらさらとした長い髪に、お月様のように白い肌。黒いドレスを身に纏ったその女の人は、
アルカードがずっと探していた人でした。
アルカード「は……」
フルフルと身体を震わせるアルカードをヘクターはそっと自分の足元ヘ降ろしました。
地に足がつくのも待ちきれず、アルカードはその人のもとへと飛んでいきます。
そして叫びました。
アルカード「母上、母上―!」
いつも自分を温かく包み込んでくれた細い手を取ると、まるで氷のように冷たく
アルカードはゾッとしましたが、それでもようやく再会出来たお母さんに一生懸命呼びかけます。
アルカード「母上!」
アルカードが何度その言葉を繰り返したかわからないほどの時間が流れた後…
お母さんの瞼がピクリと動き、細かく瞬きをしました。そして、彷徨う瞳が
ようやくアルカードを捉えると、お母さんの唇から小さく言葉が紡がれました。
リサ「…アルカード…。良かった、無事だったのですね…」
アルカード「母上………ううっ。」
リサ「ごめんなさい、アルカード。私達を助けるために…
  きっとここにくるまで、たくさん怖い思いをしてきたのでしょう…」
息子の小さな頭をお母さんの手が優しく撫でると、
アルカードはお母さんに縋り付き、エンエンと泣きだしてしまいました。
アルカード「母上、母上―。会いたかった!ずっと会いたかった!」
お母さんとの再会に頭が一杯のアルカードは、
自分の後ろに立つ長身の男の存在には全く気がついていませんでした。
痺れを切らした男は、出来るだけ威厳たっぷりにアルカードに話しかけました。

???
「…息子よ、私は無視か。」
アルカード「!…あっ…。父上!父上もいたんだ!!」
ドラキュラ「いたんだとは何事だ。全くお前は母の事となると私に目もくれず」
アルカード「父上っ、父上ー!」

弾丸と化したアルカードがお父さんであるドラキュラの懐へ飛び掛りました。
予想外の衝撃に危うく体勢を崩しかけたお父さんでしたが、
妻と息子の手前涼しい顔をしてアルカードを受け止めました。

20 名前: 第六話(2) 投稿日: 2006/04/02() 14:43:49

ドラキュラ「う、うむ。息災だったようだな我が息子アルカードよ。」
アルカード「父上、母上は大丈夫なの!?」
ドラキュラ「安心しろ。冥界に居る間は私が守っておいた。冥界の瘴気にも
    極力当たらないようにしたが、疲れが出てしまったのだろう。」
アルカード「じゃあ母上にくっついてたコウモリさんたちは父上だったんだ。
    どうやったらたくさんのコウモリさんになれるの?どうして今まで冥界からでてこなかったの?
    それからヘクターお兄ちゃんはどうしてわたしたちを追いかけてきたの?それから」
ドラキュラ「待て、息子よ。そんなにたくさん聞かれては答える暇がないではないか。」
アルカード「あ…。ごめんなさい。」
お父さんを困らせてしまった自分に、アルカードはぺロリと舌を出しました。
そしてお父さんは、コウモリさんになる為にはもっともっと勉強しなければならない事と、
冥界の門はこの世界からしか開くことが出来ず、出ていきたくても出ていけなかった事を話してくれました。

ドラキュラ「また開く機会はあるだろうと考えていたが、こんなにも時間がかかるとは思いもしなかった。
    おかげでリサには苦しい思いをさせたな…。」
アルカード「……。」
ドラキュラ「そんな顔をするな息子よ。さて…、あやつが我々を追いかけてきた理由…、
    それはアイザックに関係する事ではないのか?」
お父さんの目線の先には、険しい顔のヘクターがいました。
ヘクター「仰るとおりです。アイザックの妹を助けるために、是非リサ様の力をお借りしたい。」
ドラキュラ「…どうする、アルカード。」
アルカード「ええっ、わたしが決めるの?」
ドラキュラ「当然だ。我々を助けたのがお前ならば、リサに協力を請う者を受け入れるかどうかも
    お前が決めて何が悪い…それに…」
お父さんはアルカードにこっそり耳打ちしました。
ドラキュラ「こんな話リサにしたら無条件で薬を作って飛び出してしまう。
    ヘクターは優秀だったが出奔した身だし、受け入れるにしても無条件というのは
    少々癪に触るのだ。」
アルカード「父上のイジワル!」
ドラキュラ「お前は母がずっと外にお出かけしても平気なのか?朝はデスに起こされ、
    昼は蔵書庫の主と本を片手に昼食、夜寝るときはデスに本を読んでもらい、
    時には添い寝する生活になる…」
アルカード「それはヤダ!……でも条件なんて…。あっ、そうだ!」
親子のコソコソ話が終り、アルカードはヘクターの方へ振り返りました。
アルカード「ヘクターお兄ちゃん!母上にお願いしたら薬は絶対作ってもらえるよ。
    でも、その代り…わたしのお願いを聞いてください。」
ヘクター「お願い?俺に出来る事なら良いのですが…何でしょう?」
アルカード「……わたしと一緒に、冥界ヘ行ってください!」
ヘクター「な…」
デス「なんですとぉぉーーー!?」
元々白い骸骨の顔を真っ青にした死神さんの絶叫は、
扉の向こうの冥界にも届きそうな程大きなものでした。

22 名前: 第六話(3) 投稿日: 2006/04/04() 00:23:39

アルカードの突拍子もないヘクターへのお願いに、お父さんは開いた口が塞がりませんでした。
お父さんにしてみればほんのすこしヘクターを困らせることが出来ればそれで良かったのに、
自分の息子はその遙か上を行ってしまったのですから無理もありませんでした。
ドラキュラ「何を考えておるのだ、お前は…。」
アルカード「だって、父上は母上と一緒に居ないといけないし…」
デス「坊ちゃま、あのような人間の小童のために御身を危険に曝すなど、許しませんぞ!」
アルカード「デスはこうだし…ヘクターお兄ちゃん、お願いです。
    もうお兄ちゃんしか頼れる人がいないんです。」
ヘクター「…そうですね。アイザックが随分とアルカード様の世話になったと聞きましたし、
   俺も相応の誠意というものを貴方に示すべきでしょう。」
デス「な、な、な…!生身の人間風情が死者の行き着く世界で
   坊ちゃまをお守り出来ると思っておるのか!」
ヘクター「問題はない。俺は常人よりは死と闇の世界の勝手を知っている。」
だから俺の心配はしないでください、と言いたげにヘクターはアルカードの頭を撫でました。
音にならない言葉に、アルカードの顔がパッと明るくなりました。
アルカード「ありがとう、ヘクターお兄ちゃん!」

デス「まったく…何故私が坊ちゃまは兎も角あの若造のために
   冥界の門を開かねばならないのだ。坊ちゃまも坊ちゃまですぞ、
   私は坊ちゃまのためを思ってお止めしたのに私の気持ちを少しも理解して」
ブツブツと恨み言を呟く死神さんを尻目に、アルカードはヘクターに手を引かれて
冥界へと進んでいくのでした。

その様子をお父さんは眉間に深い皺を寄せて見つめ、
扉が重い音をたてて閉まると同時に鉛よりも重苦しいため息を人知れずついたのでした。

23 名前: 第七話 投稿日: 2006/04/08() 20:45:47

冥界に入ってすぐ、アルカードの目に一つの看板が目に止まりました。
そこにはこう書いてありました。

「ラルフ・ベルモンド保管所この先すぐ。どなたでもお好きなように救出なさってください。」

アルカードはひどく喜びました。
アルカード「ラルフが?やったぁ!」
ヘクター「アルカード様、こういうのも白々しいですがこれは明らかに怪しい看板ですよ!」
アルカード「でも、早くラルフを助けないと。わたしたちがこうしている間にも、
    ラルフが酷い目にあっているかも…」
あの雨の降る谷で、自分をギュッと抱きしめてくれたラルフの暖かさと、
のみ男一人分だけ見せてくれた優しさの記憶が甦り、
大きな瞳を潤ませるアルカードを前にしては
ヘクターもこの小さな暫定的主人の手を引いて先を急ぐしかありませんでした。

二人は看板の背中に続く道を歩み始めました。
やがて、アルカードのお家にそっくりなお城に辿り着きました。
入り口に貼りつけられた紙にはこう書いてあります。

アルカード「『ことに銀髪の方や小さなお子さまは歓迎します。』
    …わたし達が入っても良いみたい。」
扉をガタンと開けると、また変な扉がありました。
アルカード「何か書いてある…『剣・弓矢・イノセントデビル他ことに攻撃的なものはみんなそこに置
    いてください。』『そしてここにある綺麗なお水で体を洗ってください。』
    『お水がお嫌いな方は全ステータス異常防止のお母さんが縫ってくれたマントを脱いで
    こちらの宝石をお持ちください。』…だって。
    …冥界に住んでる人もお母様にマント縫ってもらうのかな?」
ヘクター「…。この条件を呑まない限り、扉は開かないようですね。」
二人はそれぞれ武器を置き、ヘクターは怪しげな小瓶に入った水を体に塗り、アルカードは宝石を
手に取りました。すると、アルカードの顔はみるみるうちに真っ青になってしまいました。
アルカード「…キモチワルイ…。この宝石のせいかな。あれ?手から離れない!」
ヘクター「大丈夫ですか?呪われた物品だったのかも…すぐに手当てを…」
アルカード「ヘクターお兄ちゃん水びたしだから触っちゃダメ!」
ヘクターの手から逃れるようにアルカードは扉を開きました。

アルカード「…ラルフ!」
扉の向こうの部屋の中では気を失ったラルフが転がされていました。
アルカードは急いでラルフの元へ走り寄ろうとしましたが、突然現れた人影に阻まれてしまいます。

リヒター「フハハハハ、久しいなヴァンパイア・ハーフの少年。」
アルカード「お前は遺跡の悪い人!ラルフを攫ったのもお前だったんだ!」
リヒター「このベルモンドの少年にはまだやってもらわねばならないことがある。
   『この男』よりもより若く、力を求める器が必要なのだ。」
ヘクター「待て!一体何を言っている!?この男とは誰のことだ!」
リヒター「お前たちがそれを知る必要はない。俺の策に嵌まり呪いを受け、使い魔も使役出来ぬ
   弱き者を戦いの宴に招待してやろう。
   世界が混沌に沈む様を、冥界の住人となって見届けるがいい!」
アルカード「うう、体に力が入らないよぉ…ヘクターお兄ちゃん〜」
ヘクター「そ、それが俺も…もしや先程の水は…アイザックの…ガクリ。」
アルカード「ヘクターお兄ちゃん〜!?アイザックさんがどうしたの!しっかりして!」

ヘクターまでもがリヒターの卑劣な策略に倒れ、アルカード絶体絶命のピンチ!
アルカードのラルフを助けたいという気持ちは果たして奇跡を呼ぶ事が出来るのでしょうか?

24 名前: 弟八話(1) 投稿日: 2006/04/09() 22:14:55

数刻も経たない内に、アルカードは遺跡の主の手によってボロボロにされてしまいました。

アルカード「うう…。痛いー…」
頼りにしていたヘクターは敵に攻撃する間もなく倒されました。
もはやアルカードには立ちあがる元気も、それを支えてくれる人も居はしないのです。
自らの勝利を確信し、遺跡の主は声高に叫びました。
リヒター「邪魔者がいなくなった今こそ、新たな肉体を手にいれ世界を混沌の中へ誘う時!
   世界は混沌に黒く身を染め、愚かな人間どもは不安と恐怖にその身を委ねるがいい!
   フハハハハ!!」
アルカード「ああ…黒いモヤモヤが…」
遺跡の主の身体から真っ黒な霧が抜け出てくる様に、アルカードは息を飲みました。
何かを求めるようにふわふわと彷徨うそれはゆっくりと近くへ倒れているラルフの体に重なりました。

その瞬間、アルカードの視界は真っ暗になりました。慌てる間もなく体中に衝撃が走り、
アルカードの身体は宙に浮きました。

アルカード(?)

アルカード(わたし、死んじゃうのかな…?)

身体中がズキズキと痛むのに、アルカードはあまりの衝撃の強さに声も涙も出せません。

アルカード(父上、母上…。ラルフ…助けてあげられなくて、ごめんね…)

そのまま、アルカードは意識を手放してしまいました。

25 名前: 弟八話(2) 投稿日: 2006/04/09() 22:17:07

ラルフ「…おい爺さん!雲行きがすげえあやしいぞ。俺の体に何かあったんじゃねーだろうな!」
J
「確実に何かあっただろうな。ここはお前の魂が作った世界だ。そう遠くないうちに
  侵略者が来て、ここは壊滅するだろう。」
ラルフ「それってつまり俺が死ぬってことか!?」
J
「そうではない。お前の肉体は残る。ただ魂が別のものになるだけだ、安心しろ。」
ラルフ「とどのつまり俺は死ぬのに、安心できるか!」

地平線の遙か向こうまで草原が続く場所で、壮年の男の人と、ラルフが言い争いをしていました。

ラルフ「くそぉ…目が覚めたら冥界かと思ったら、「俺の魂が作った世界」なんてわけのわからん
   所にいるわ…くたびれた記憶喪失の爺さんはいるわ…。挙句に俺が死ぬかもしれないだとぉ。
   ふざけんな!今頃あの馬鹿箱入り息子は俺を追い駆けて冥界にホイホイ…」
J
「ん?見ろラルフ、空から何か落ちて来るぞ。」
男の人の言葉にラルフは文句を中断して空を見上げました。上空から落ちて来る小さな物体に
目を疑い、思わず叫びました。

ラルフ「アルカード!?」
J
「何だ、お前がいつも言ってたボーイフレンドか。あれは早く行ってやらんと地面に激するぞ。」
ラルフ「だ、誰がボーイフレンドだ!クソ、俺が行くまで激突するなよっ」
野生のチーターもかくやというスピードでラルフは走りだしました。

アルカード「…。んん?…あれ…ラルフ?…ここ、天国なの?」
羽根のように軽いアルカードを間一髪受け止めたラルフでしたが、ボロボロになったアルカードの様子に、
気遣う言葉も忘れて声を張り上げます。
ラルフ「俺を勝手に殺すな!どうしてこんなに傷だらけなんだよお前。」
そして二人はお互いの身に起こった事を少しずつ相手に話しはじめました。
ラルフ「じゃあこのままだと俺の身体はそのあやしい霧に支配されて、世界は混沌に包まれるわけか。」
アルカード「…ここがラルフの魂なんだぁ…広いなぁ。」
ラルフ「物珍しそうにキョロキョロ見るな!お前は人の話を聞いてるのか!」
アルカード「うん。ここにあの黒いモヤモヤがきて…ラルフの魂を壊して、体を乗っ取っちゃうんだよね。」
J
「奴は今度こそ本格的に、肉体を支配するつもりなんだろう。打ち滅ぼすなら今しかない…と思う。」
アルカード「誰?」
ラルフ「Jとか言う爺さんだ。そっち見んな!俺の方を見ろ!…爺さん、そいつを知ってるのか?」

26 名前: 弟八話(3) 投稿日: 2006/04/09() 22:19:58

J「いや…何となくそんな感じがしただけだ…。何故か奴の思惑が俺には手に取るようにわかる。」
ラルフ「胡散臭いな、何でこんな奴が俺の中に居るんだよ。」
アルカード「ううん…Jさん、ラルフにちょっと似てる…レオンさんや、ジュストさんにも…」
ラルフ「なんだそれ。まぁいい、さっさとあいつを、ボロボロにして!メチャメチャして!地面に這い蹲らして、
   闇に還してやる!アルカード、お前は爺さんとここで待ってろ。」
J
「待てラルフ。お前武器も無しでどうやって戦うつもりだ?」
ラルフ「うぐ…そういえば…。な、なにいざとなったら殴り倒してたり噛みついたり」
J
「実体がないかもしれないのにか?俺の持つこの聖なる鞭を貸してやろう。」
ラルフ「聖なる鞭ぃ?それはアホレオ…もとい当主様が持ってる唯一の鞭だぞ。紛い物かよ。」
バシリと空気を切る音が響きラルフの横髪が一房、ひらりと草茂る地面に落ちました。
アルカード「ラルフ!…の髪の毛が…」
J
「品質はごらんのとおりだ。ただしこれを渡すには条件がある。アルカードを連れて行く事だ。」
ラルフ「何だと!バカ言うな、こんなボロボロになってるアルカードを連れて行けるか。
…第一、アルカードが行きたがる筈ない」
アルカード「行くよ!このままじゃ世界が真っ暗になっちゃう。それに…ラルフはわたしの大事なお友だちで
    …ずっと一緒にいてほしいし、いなくなってほしくなんてないから…。」
アルカードの白く小さな手が縋るようにラルフの大きな手を握りました。
ラルフ「…わかったよ。どっちにしろこの糞爺はお前を連れていかないと鞭は貸してくれんらしいしな。
   そうだ、仕方ないんだ。決して嬉しくなんかないぞ。」
アルカード「ラルフ何言ってるの?」
J
「決まったな。お前に鞭を貸そう。そうそう言い忘れるところだったが…」
ラルフ「まだあるのかよ。記憶喪失とか言ってたが実は単なる老人ボ…痛―っ!」
J
「スマン、何故か本能的に手が出てしまった。この鞭は半人前のお前一人では到底真価を発揮できない。
  二人の力を合わせることが重要だ。わかったか?」

二人はコクリと頷き、男の人に別れを告げました。
そして足早に草原を駆けぬけ、地平線の果てへと向かうのでした。

27 名前: +α話 投稿日: 2006/04/14() 01:36:20

ラルフは先程貰ったばかりの鞭を誇らしげに腰にかけ、地平線の果てへと進んで行きます。
一方のアルカードはちょっと遅れ気味です。
どうやら墜落したときに足を捻ってしまったようです。
それに気がつき、ラルフは文句を言いながら取って返しました。
そして、アルカードの辛さを少しでも解消しようとアルカードをおんぶしようと考えました。

アルカード「ええっ?わたしのおんぶはいつも父上がしてくれるんだよ。ラルフは父上よりずっと小さいのに、
  潰れちゃうかも…」
ラルフ「馬鹿にするな。ヒョロヒョロのお前なんかなぁ、俺一人でも十分おぶれる。
 それとも、このまま置いていかれたいのか?」
アルカード「…いや!」

かくして、ラルフはちょっぴり無理をしながら男の子一人をおんぶする事になりました。

アルカード「…ヘクターお兄ちゃんみたい。」
ラルフ「誰だよ、そのヘタうんちゃらって?」
ラルフの言葉が棘を含んでいることに、懐かしさからほんのり頬を染めるアルカードは全然気がつきません。
アルカード「ヘクターお兄ちゃんはね、父上の”おでしさん”?だったお兄ちゃんで…
    お昼のお庭で遊んでくれたり、お外の世界の事教えてくれたり、夜寝る前に
    一緒のお布団に入ってご本を読んでくれた人なんだ。」
ラルフ「ふーん。そうかよ!一緒の布団にな!!俺も3つまではベルモンドサバイバル雑魚寝野宿やってたがな!」
アルカード「?どうしたのラルフ?何で怒ってるの?」
ラルフ「別に!…なぁ、そのヘクターって奴のこと…す…好きだったりするのか?
  俺は別にどうだっていいんだがお前がどう思ってるのかが気に…なってもないけど!」
アルカード「好きだよ!大好き!優しくて、暖かくて。…時々怖い時があるけど、でも好き。」
ラルフ「……。」
アルカード「ラルフどうしたの?どこか痛いの?」
突然自分を支えてくれていたラルフの背中がぐらりと傾き、アルカードは慌てました。
ラルフ「お前なぁ…それじゃあ俺はヘクターの代わりなのかよ。アルカード、お前俺をなんだと思ってるんだ?」
アルカード「ラルフはラルフだよ?お友だちのラルフ。」
暫く、重苦しい沈黙が流れました。
ラルフ「…もういい!お前もう喋るな!喋ったら放り投げて置いていくからな!」

アルカードは、理由は全然わからなくともラルフが本気で怒っているのは、
しがみついている彼の背中から感じることが出来ました。
アルカードの頭の中でははてなマークと、今までとは違うラルフの態度のことが
ぐるぐると回っていました。
何よりもそんなラルフを見るとアルカードの小さな心臓がきゅぅっと締め付けられる
事実に、アルカードは戸惑いを隠せないのでした。

28 名前: 第九話 投稿日: 2006/04/15() 00:57:10

広大な闇の裾野に二人の少年がたどり着いた時、既にラルフはかなり参っていました。
迫り来る闇の支配によって彼の魂は弱っていたからです。
ですがそんな様子は億尾にも出さず、ラルフは実体の掴めぬ強大な闇に鞭を振るい続けます。
アルカード「ラルフ、Jさんが言ったとおりにしないと勝てないよ!」

こうしている間にも、ラルフの魂の領域である地上がじわじわと闇に続く奈落へと姿を変えていきました。
地上に残ったアルカードをハラハラさせながら器用に飛び跳ね攻撃を繰り返すラルフでしたが、
最後には自分とアルカードの足場だけを残して
周囲は見るも無残に崩れ落ちてしまいました。

ラルフ「くっ…やはりお前の力を借りるしかないのか、アルカード…。」
アルカード「そうだよ!わたしと一緒にその鞭で戦おう!」
ラルフ「だが、これが本当の聖なる鞭なら闇の一族であるお前が触れればただでは済まないかもしれない。
   最悪死んじまうぞ。俺たちの鞭のせいでお前に何かあったら…」
続く言葉を口の中でモゴモゴさせているラルフの肩口にアルカードの小さな頭が寄りかかりました。
いつもとは違う真剣なアルカードの雰囲気にラルフはびっくりしましたが、見下ろした先にはいつもの笑顔がありました。

アルカード「それでもラルフを守りたい!ラルフの住む世界を守りたい。
    心配しなくても大丈夫だよ、ラルフが一緒なら鞭さんも怒らないから。」
ラルフ「怒らない証拠はあるのか?」
アルカード「うーん……魔族の勘、かなぁ?」

ラルフ「…。」
アルカード「……。」

ラルフ「お前は非常事態時に何を暢気に構えてんだ!この天然坊ちゃんが!!
   いいぜ、お前の勘を信じてやる!」
言葉の乱暴さに反して嬉しそうなラルフに今度はアルカードがびっくりする番でした。
ラルフ「よく考えてみればベルモンドたる者この程度の生命の危機に臆するわけにはいかない。
   何よりお前との勝負はまだついてないんだ、冥界からの支配者だろうが
   聖なる鞭だろうが、俺がお前をちゃんと守ってやる!」
アルカード「でも先にラルフを守るって言ったのはわたし…」
ラルフ「いや、もう決めた!正確にはどっちでもいい!とにかくコイツを倒して
   一緒に元の世界へ帰るんだ、アルカード!」
アルカード「…うん!」

二人の手が鞭に重なった瞬間、闇を切り裂く眩い光が辺りを包みました。

そこから先のことは、アルカードはあまり覚えていません。

ただ真っ白な世界でどす黒いこの世にあってはいけない何かの断末魔の悲鳴を聞いたように感じました。
でも、握った鞭に力を吸い取られて意識も定かではありませんでした。

程なく睡魔に沈んだアルカードはふわふわと何処かへ運ばれていきました。

29 名前: 第九話(2 投稿日: 2006/04/15() 01:07:08

???「そろそろ起きろよ、少年。」
アルカード「む……母上、まだ眠いー。」
???
「君の母親はあっち。」
アルカード「…ん。…あれ?」
リサ「アルカード!」
ネイサン「良かった、気がついたんだな!」
ジュスト「一時はどうなることかと思ったよ。起きられるか?」
アルカード「母上?ネイサンお兄さんにジュストさん…?あの」
デス「坊ちゃま〜!坊ちゃまが無事に戻られるか心配で心配で…
   私の身体は骨だけになってしまいましたぞ!!」
アルカード「うう…デス苦しいー。…ここどこ?わたしはさっきラルフと一緒に…」
???
「ちゃんと混沌を倒してきてくれたから、俺が君の魂を肉体に戻して元の世界へ届けたんだよ。」
アルカード「…あなた誰?」
ソーマ「神様。…みたいなものかな。」
アルカード「神様?神様、わたしさっきまで」
ソーマ「ラルフとかいう子と一緒にいたんだろ。それさっき聞いたよ。あの子ならそこに居るけど?」
神様みたいな者と名乗った紅い瞳の少年が指差した先に、ピクリとも動かないラルフが投げ出されていました。
ソーマ「今回の一件、つまり『混沌』と呼ばれる存在がこちらの世界にまで侵入してしまったのは、
   我々の監視体勢が不十分だったことにある。そんな中君は見事
   友人の内に宿ろうとした混沌を打ち滅ぼしてくれた。ありがとう…と、一応神様らしく言っとく。」
ドラキュラ「己自身は何もせず高見の見物とは、立派な神もあったものだ。」
ソーマ「しようがないだろ、あいつが世界への影響力を強めたせいで、俺は魂を使役する能力を
   使えなくなったんだよ。ユリウスは俺に面倒押し付けて何処かに雲隠れするし…ま、あの放浪癖の抜けない
   オジサンのことはどうでもいいか。少年、君にはお礼に願い事を何でも叶えてやるよ。
   さぁ、どんなことでも…って、あれ?」
神様が長々と事情を説明しているというのに、アルカードは構うことなくラルフの体を揺さぶり続けていました。

アルカード「…ラルフ…起きて、起きてよー。」
ソーマ「あ、残念だけどその子もう死んでるよ。往生際が悪いというか、乗り移り先の魂を
   バラバラにして消滅なんて最後まで嫌な奴だよなぁ。」
アルカード「そんな!神様、ラルフを生きかえらせて!」
ソーマ「…それは出来ないよ。魂を一つ復元するためには一つの魂が必要なんだ。
   他のお願いなら何でも聞くけど。そうだな、地位とか名誉とかお金とか…」
アルカード「そんなの欲しくない!そうだ、デスならラルフの魂を元に戻せるよね?」
デス「ムムム…坊ちゃま、私の鎌は魂を刈り取ることは出来ても呼び戻すことは出来ませぬ…。」
アルカード「…!」

全ての希望を絶たれたアルカードは耐え切れなくなったようにお母さんの胸に飛び込みました。
辺りは暫くアルカードのすすり泣く声だけが暗く響きました。

30 名前: 第九話(3) 投稿日: 2006/04/16() 22:10:06

デス「ええい、仮にも神と名乗るのであれば反則技の一つや二つを使って助けぬか!」
ヘクター「そうだな。アルカード様は助かってその友人が助からないと言うのは道理が通らんだろう。」
ジュスト「あの子には俺の親友と違ってまだまだ矯正出来るものが沢山あったというのに、ちょっと酷過ぎないか?」

ソーマ「そんな恨めしそうな目で見るなーっ!待ってよ、今考えるから……生贄は倫理的にダメ。
   自力で修復するのも、無理。…うーん…。」

リヒター「この場にあるのは頭数ぐらいだし…ここは間抜けにも操られた俺が責任を取って魂を捧げ」
ソーマ「それだ!!」
ソーマの一言に度肝を抜かれたのは、他ならぬ言いだしっぺのリヒターでした。

ジュスト「やっぱり生贄作戦か!黒魔術なんて俺始めてだから研究心が疼くよ〜。
    立場上表立って応援は出来ないけど、後学のためにもよく観察しておこうっと。」
リヒター「えええー!?……いや、自分で言い出した事だ…覚悟は出来ている。」

そんな二人に、神様青年の冷たい視線が突き刺さります。
ソーマ「…盛り上がってる所悪いんだけど、俺が言ったのは頭数で何とかしようってことだよ。」
デス「こんな頭まで筋肉ばかりの連中が寄り集まって何が出来るというのだ。
   せいぜい小童ゾンビ化儀式のセッティング作業に扱き使うぐらいだろう。」
アルカード「ラルフ……。」
デス「ご安心くだされ坊ちゃま、原型は極力留めておきますので。」
土色の肌に淀んだ瞳のラルフが自分を抱きしめる光景を想像し、アルカードは身を震わせました。

アルカード(だ、大丈夫。わたしは魔物の王様、父上の息子なんだ。ラルフがゾンビになっても……
    なっても…………。……。やっぱり嫌〜!)
アルカード「デスの馬鹿!嫌い!」
デス「なぁ〜〜っ!!??坊ちゃま〜!」

ソーマ「……ここに居る全員の魂をちょっとずつ貰って、ちょうど一人分の魂を作る。」
アルカード「そんな事出来るの……?」
ソーマ「やったことないからわからないなー。まぁ、ちょっとずつ貰うわけだから
   寿命が急激に縮む事態にはならないだろうけど。」
アルカード「……でも、ちょっとだけ命が短くなるの?…人間はわたしや父上よりずーっと
     生きられる時間が短いって爺が言ってたよ。……皆の大事な命が……」

ジュスト「何だ、そんな事ぐらいでラルフ一匹が助けられるならこっちからお願いしたい位だよ。」
ネイサン「千尋の谷に突き落としても死なないベルモンドは、まぁ一応尊敬するべきハンター一族だし…」

マクシーム「そうだ!俺達の心は今一つになろうとしている!」
ヒュー「ああ……ベルモンドを復活させ、聖なる鞭は俺の手に還るという目的のもとにだ。」
ネイサン「ヒュー……お前もういいから休め。」

31 名前: 第九話(4) 投稿日: 2006/04/20() 23:40:18

ソーマ「では……少年の死体を中心に手を繋いで一つの輪を作ってくれ。」
アルカード「……。」
神様少年の言うとおりに、その場にいる全ての人達で大きな輪を作りました。
ソーマ「皆の心を一つにするんだ。そうすれば上手くいく……と思う。」
ジュスト「ラルフの魂が戻って来るように祈れば良いんだろう?簡単じゃないか。」
ヒュー「ネイサンがやるというのに、兄弟子である俺が協力しない訳にもいくまい。」
ネイサン「…じゃあ、俺の手を握るべき方の手に針を仕込んであるのはどういう訳…」
ヒュー「うるさい!兄弟子からの試練だ!」
リサ「アルカード。」
アルカード「はい、母上。」
リサ「貴方が出会ったのは皆良い方達ばかりですね。この方達の力を借りればきっと貴方のお友だちを助けることが出来るでしょう。」
アルカード「はい。」
リサ「だから、貴方も私も一生懸命お祈りすることにしましょう。」
アルカード「……はい。あの、母上。」
リサ「何ですか?」
アルカードは表情を曇らせました。自分のせいでラルフを死地に追いやった悲しみとはまた違う暗い感情が、頭の中に渦巻いていたせいです。
アルカード「今まで、わたしはラルフをたくさん怒らせちゃいました。でも何でラルフが怒ってるのかわからなくて。
     ヘクターお兄ちゃんや、父上母上と同じ位好きだって言った時も怒ってた。ラルフはわたしが嫌いなのかな…もし大嫌いなわたしがお祈りしたら、
     ラルフはもう戻って来てくれないかも……。」
とても辛そうな息子の顔を見たお母さんは、優しく微笑みました。
リサ「お友だちが貴方の事を嫌いだと言ったのですか?」
アルカード「ううん。」
リサ「では、まだお友だちが貴方を本当に嫌いかどうかわからないでしょう?それに、好きだからこそ相手を怒る事もあるのですよ。」
アルカード「よくわからない…。」
リサ「今はわからなくても良いのですよ。いずれお友だちが貴方に教えてくれる時が訪れます。
   ただこの一時だけは、お友だちを助けたい気持ちで心の中を一杯にしましょう。」
アルカード「うん……。」

右手にお母さんの手の、左手にお父さんの手の温もりを感じながらアルカードは目を閉じて祈り始めました。

アルカード(お願いです、ラルフを生き返らせてください。ラルフがわたしのことが好きじゃなくても、
     わたしはラルフが好きだから、ラルフとずっと一緒に居たいんです。
     もうおねしょしたお布団をヘルファイアで燃やしたりしません。トマトジュースだけじゃなくて牛乳もきちんと飲みます。
     お勉強もします。夜更かしもしないように頑張ります。……だから、ラルフを……)

32 名前: 第九話(5) 投稿日: 2006/04/20() 23:44:17

永遠とも思える時が、目を閉じた暗闇に流れていきました。
もしかすると、ダメだったのかもしれない。誰もがそう思った時でした。


ラルフ「……にく……。死ぬ前に、一度でいいから腹いっぱい肉喰いたかった……。
   次に産まれてくる時は…もうちょっと素直にならないとな……喰いたい肉は喰えないし、
   好きな奴には好きって言えねーし……碌なことがな…」
二度と開かれないと思われていたラルフの唇から、途切れ途切れに言葉が紡がれました。
しかも随分と悲壮な死に際の言葉のようです。

アルカード「ラルフ!」
アルカードの悲鳴に近い声に、ラルフの瞼がうっすらと開かれました。
ラルフ「ああ……?」
ラルフはアルカードの姿を確認すると、一度死んだとは思えぬ勢いで飛び起きました。
ラルフ「な、何でお前がここにいるんだよ!俺すっかり自分が死んだと思って―」
アルカード「ラルフ―!」
ラルフ「のわっ!!」
俊敏に飛び起きたとはいえやはり黄泉路を彷徨った身のラルフは、
アルカードの喜びの弾丸アタックによって、再び地面に背中をぶつけてしまいました。

ドラキュラ「アルカード。そんなに手荒に扱うと、我々の苦労と魂が水の泡になってしまうぞ。
    ……私の話を聞いているか、息子よ。」
お父さんが拗ねていることに、アルカードは全く気づかずラルフにじっと抱きついていました。
アルカード「ラルフ、痛い所はない?苦しい所はない?」
ラルフ「苦しい!お前が乗っかってるせいで死ぬほど痛い!」
さすがのアルカードも慌てて飛び退きました。そしてしょんぼりと項垂れます。

ラルフ「べ、別にヒョロヒョロのお前が乗っかっても普段の俺なら何ともないんだがな!
   病み上がり…いや、死に上がりなんだから少しは優しく扱えよな!……。」
アルカード「……。」
ラルフ「なんだよ。あっ、そうだ。さっき俺は変なことを言ったかもしれんが、好きな奴はお前なんかじゃないぞ。
   さっき守ってやったのは、放っておいたらお前が殺されそうだったからで……」
アルカード「ううっ……。」
ラルフ「なっ、なにも泣くことないだろうが。面倒くさい奴。」

突然涙をぽろぽろ零し始めたアルカードに慌てふためくラルフの頭上に、強烈な痛みが走りました。

ラルフ「いてぇー!誰だこの…やっぱりお前かジュスト―!俺の頭が悪くなったらどうすんだ!」
ジュスト「それ以上悪くなれるのなら、殴るのを止めるぞ俺は。お前折角死に掛けて素直になろうと思ってたのに、その言い草はないだろう。」
ラルフ「素直って何だよ。俺はアルカードのことなんかこれっぽっちも……。」
アルカード「ラ、ラルフは…わたしのことが嫌いなの?」
ラルフ「…うぐっ。」

デス「貴様……坊ちゃまが身命を賭して助けた恩を忘れ返答に詰まるとは!今一度冥土送りにしてくれる!」
アルカード「デス、ダメだよ!」
ネイサン「残念だな。このまま友情が壊れてしまうのは…」
ヘクター「友人というのもよく考えて選ばねばいけないな。」
マクシーム「全くその通りだ。素直に物を言えない男は嫌われるぞ。」

33 名前: 第九話(6) 投稿日: 2006/04/21() 00:06:34

全員の視線が一斉にラルフヘ集まります。針のむしろ状態のラルフは出来るだけ小さな声で、
そして素直な気持ちを少しだけ込めて言いました。

ラルフ「……別に嫌いじゃない。勝手に勘違いするな。顔がわりと可愛い所も、弱そうなのに無駄に元気な所も、
  世間知らずな所も、笑うともっと可愛い所も…将来今より顔が良くなりそうなのも、
  別に嫌いじゃないからな!
  これで良いか頭陀袋!もう二度とこんな馬鹿げたこと言わんぞ!」
デス「まだ私を頭陀袋というか小童!」

顔を真っ赤にして死神さんと喧嘩しているラルフの言っていることが、
アルカードには良くわかりませんでした。
でもとりあえず嫌われていなかったことだけは理解して、ほっと胸を撫で下ろしました。

アルカード「じゃあ、また手を繋いでもいいの?嫌じゃない?」
ラルフ「別に……。おい、言った側から手を握るな!」
アルカード「どうして?ラルフはお家に帰らないの?」
ラルフ「家だぁ……?」


ソーマ「そりゃそうだろ。用事は済んだし子供は帰らなきゃな。」
ラルフ「お前誰だよ。俺より年上っぽいからってジュストみたいな命令をするな。」
ジュスト「何か言ったか?」
ソーマ「俺はこの世界の神様みたいなものだぞ。」

ラルフ「……こんな変な奴が居る所からはさっさと出て、家に帰るぞ、アルカード!」
ソーマ「そんなに神様っぽくないのかな俺……。」
ドラキュラ「髭を蓄えるのが良いだろう。私の経験則からすると漏れなく貫禄が出る。」
ソーマ「そうかなぁ…。まあいいや、気を付けて帰れよアルカード。牛乳も飲むように。」
アルカード「うん!ありがとう神様!」

ラルフとアルカードはしっかりと手を握り自分たちの家へと帰って行きました。

34 名前: 第九話(7) 投稿日: 2006/04/21() 20:44:00

お母さんはヘクターが頼んだ通りに、ジュリアの待つアイザックのお家へと向かいました。

そのせいかはわかりませんが、お父さんはお城に戻っても暫く元気がなさそうでした。

ネイサンとヒューは何やら言い合いつつも、途中皆と別れ村への旅路を進んで行きました。

ジュストはマクシームがまた放浪の旅に出てしまったので、一休みする意味もこめて拳が炸裂する魔術授業を
ラルフと続けるつもりだと言い、世界崩壊の危機に一切慌てず騒がず木の上で昼寝していたらしいレヲンは、
これまた慌てず騒がずジュストを迎えいれる準備を始めています。

遺跡の主のその後の消息はわかりません。ただ、彼はアルカードに不思議なメガネをプレゼントしました。
ラルフの不機嫌が暫くおさまらなかったのは言うまでもありません。

長い旅と冒険は終りを告げ、
皆がそれぞれ自分たちの場所へ戻って行きました。
もう二度と、世界が竜巻に襲われ暗闇に染まる心配はありませんでした。








アルカード「こうして、冒険を終えたアルカードはお父さんとお母さん、
    そして死神さんといつまでも幸せに暮らしたのでした。……めでたしめでたし。」

35 名前: 最終話 投稿日: 2006/04/21() 20:55:35

デス「おおお…坊ちゃま、この様な感動巨編をお一人の力で書き上げられるとは!特に最後の一行が素晴らしいですぞ!
   邪魔なものは全て取り払った感涙の一文。死神である私の心にも深く染み入りましたぞ。」
アルカード「もう…デスはちょっと褒めすぎだよ…。」
爺「そうですな。数多の書物に目を通した立場から評させていただくと、
   人物の描写不足も目立ちますし、最後は説明が足りぬ点が多くあります。
   この点を改善すればより高尚な物語にさせる事が出来ますぞ。しかし…ううむ…この独創的な挿絵は…
   アルカード様の描かれたものですかな。」
アルカード「うん。これがわたしで、母上と父上に、デスはこれだよ。凄く格好良く描けたと思うんだ。」
デス「これが私……ゴミ袋だとばかり…。ま、まぁ宜しいでしょう。
   忌々しいラルフ・ベルモンドの名前を締めの文に載せない判断、お見事です坊ちゃま。」
アルカード「……。」
爺「その様子では、物語はこれで完成というわけではないようですな、アルカード様。」
デス「蔵書庫の主よ、それは一体どういう意味だ。」
爺「それはアルカード様にお聞きした方が早いでしょうな。こうしている間に音も立てずにドアを開け、出ていかれましたが。」
デス「坊ちゃま!?またお勉強が…お主、知っていながら何故止めなんだ!」
爺「アルカード様からリサ様特製の三時のおやつをプレゼントされまして。」
デス「賄賂に弱いのは相変わらずか!…やはりあの小童のもとに……。」
爺「これはトマト味…ふぉっふぉっふぉっ。流石リサ様、中々美味ですな。」
デス「何たることだ…今後はお召し物を取り上げるお仕置きも考えておかねば!」


死神さんが恐ろしいお仕置きを考えているとは露知らず、
お城とベルモンド家の森のちょうど真ん中辺りにある小高い丘の上で、ラルフとアルカードは向かい合う形でちょこんと座りこんでいました。

自作の本と一緒に持ってきたアルカードのバスケットの中にはサンドイッチが詰めこまれています。
ラルフの興味は本よりもそちらに向いているようでした。

アルカード「ラルフー。見て見て、この前ラルフが『字ばっかりで難しくてわからん!』って言ってたから絵も入れてみたんだ。」

ラルフ「わからないなんて言ってない、つまらんと言ったんだ!…お前勉強はいいのか?」

アルカード「夜にお勉強するから平気。お昼はラルフと遊びたいの!」

ラルフが大きく口を開けて不格好なピーナッツバターサンドイッチに齧り付きました。
トマトサンドイッチには手をつけないようにしていました。
可愛い子程、怒ると怖いという事を知らない以前のラルフであれば、全てを平らげてしまっていたでしょう。

アルカード「それよりラルフ、この本最後の一番大事なところをまだ書いてないんだ。」

ラルフ「大事なところ?絵が下手糞もといゲージュツ的ですって注意書きか?」

憎まれ口を叩いてしまう癖は中々抜けないラルフです。
アルカードは頬を膨らませました。

アルカード「違うよ!ラルフのこと!」

ラルフ「俺のこと?」

アルカード「うん。ラルフがこれからどんなに幸せに暮らしていくかを書くの。」

こんな事を言って、ラルフにはまた鼻で笑われるか、怒られるかのどちらかだとアルカードは身構えていましたが、
ラルフはそのどちらもせずに黙り込んでアルカードをじっと見つめました。
アルカードは生まれて始めて、恥ずかしいようなくすぐったいような気持ちを覚えました。

ラルフ「そうだな―。お前がもうちょっと世間知らずじゃなくなったら、近くの街まで遊びに行くのも良いかもな。」

アルカード「それ知ってる!人間は好きな人とお出かけするのをデートって言うんだよね?」

ラルフ「……そうとも言うかもな。」

アルカード「ラルフ変なの。お顔が真っ赤だよ?」

まだ幼い二人は、友だちとしての幸せの道を歩み始めました。

ですが二人が本当の幸せを手に出来るのはまだ先の、そして別のお話です。

アルカード君の大冒険はまだまだ続きます。
が、とりあえずこのお話は……

おしまい。