ラルフ君の小さな試練

 

38 名前: ラルフ君の小さな試練・第一話 投稿日: 2006/04/25() 22:57:00

昔々、小さな国の外れにある大きなお城に仲の良い親子が住んでいました。
お父さんの名前はドラキュラ、お母さんの名前はリサ。そして元気いっぱいな男の子の名前はアルカード。
三人は召使いの死神さんや使用人()とともに、慎ましくも波瀾万丈な生活を送っていました。

そんなある日のことです。
いつものように仲良くお昼の食卓を囲んでいたドラキュラ夫妻とアルカード。
ですがアルカードのお皿に盛りつけられた料理は殆ど減っていませんでした。
お父さんは、大好きなトマトジュースにも手を付けないアルカードに目を丸くしました。
明日はお父さんも苦手な雨が降るかもしれません。

ドラキュラ「どうしたのだアルカード。いつもならば私や母の分まで好物を食べようとするお前が。」
心配げな父の言葉にアルカードは頬を膨らませることで答えました。
お父さんは膨らんだ息子の頬を突っつきます。
するとアルカードの頬っぺたはさらにぷっくり膨らむのでした。

リサ「あなた。アルカードは自分がお外に出られないのですっかり拗ねてしまったのよ。」
お母さんの笑いを含んだ答えにお父さんは目を剥きました。
ドラキュラ「何、そんなことか。ダメだダメだ。外の世界は人間の世界、まだ幼いお前が
     迂闊に人間の住処に近寄ろうものならすぐに取って喰われてしまう。」
アルカード「ラルフはわたしを食べないもん。」
ドラキュラ「ものの例えだ。何にせよ、もっと勉強をしてもっと力を備えてから外に出ることは考えなさい。
     デスと蔵書庫の爺から聞いたが、この頃は城を抜け出しては
     そのベルモンドの子供と遊び呆けているそうだな。」

魔王でもあるお父さんが、怒った瞳でアルカードを一睨みすれば、
アルカードは可哀想なほど真っ青になり何も言い返す事が出来ません。

ドラキュラ「私はお前にこれから一生外に出るなと言っているのではないぞ、アルカード。
     だが今は城の中で外の世界について勉強するだけで十分なのだ。」
アルカード「母上もそう思う?」
もはやお父さんには何を言っても無駄だと悟ったアルカードはお母さんに救いを求めました。

お母さんは少し考えた後、口を開きました。
リサ「そうね…確かにデスや爺に迷惑をかけるのは良くないことだわ、アルカード。
   それからお昼ご飯も食べないでお父様を心配させるのも、やはり良くないことですよ。」
アルカード「うん。」
リサ「けれど、あなたが人間の世界を知りたいと思うのはとても大切なことだと、私は思います。」
アルカード「わたしは人間の世界も知りたいけど……ラルフと約束したから…。」
リサ「約束?」
アルカード「うん、……お外に出て二人でデートするって!」

39 名前: ラルフ君の小さな試練・第一話(2) 投稿日: 2006/04/25() 22:59:50

アルカードの発言ですっかり頭に血が上ってしまったお父さんの命令によって、アルカードは自分の部屋に閉じ込められてしまいました。

アルカード「父上どうしてあんなに怒ったんだろう。これじゃあお庭にも出られないよ。」
デス「当たり前です!坊ちゃまと野蛮生物がデ―おお、口にするのもおぞましい!」
アルカード「どうしておぞましいの?ふぅ、もしかするとずっとこのまま出られないのかな。」
デス「まさか。今までの遅れていたお勉強を終らせればすぐにもお庭で遊べますぞ。」
アルカード「お庭なんかどうでもいいよ!お外に行きたいの!ラルフと一緒にお出かけ―」
デス「いけません!言っておきますが、扉や窓から逃げようとしても無駄ですぞ。
   扉は必要な時以外は魔術で開かないようにしましたし、窓も少し開く程度ですから。」

死神さんの言うとおり扉は堅く閉ざされ、アルカード専用の脱出口である窓は
アルカードの細い手がやっと通るぐらいしか開きませんでした。
死神さんが出ていった後、アルカードは絨毯の上に座り込みました。

アルカード「どうしよう。ラルフは『世間知らずじゃなくなったら』って言ってたけど、
     父上の言うとおりお勉強してたら五十年ぐらいかかっちゃうかも。」

きっとその時にはラルフは良くてオジさん、悪くてお爺さんでしょう。
お友だちとデートどころではないかもしれません。

アルカード「早くここを抜け出さないと。―あっ、そうだ!」

何か思い出した様子のアルカードは、部屋の片隅に置いてあった大きな箱に飛びつきました。
狼男のぬいぐるみやオルロック特製の目覚まし時計、埃を被った難しい魔術本に埋もれたそれをパカリと開くと、
そこには不思議な輝きを放つ球形の塊が安置されていました。

アルカード「エヘヘ。父上が新しいのと交換した時にこっそり取っておいたんだ。」

何処に出しても恥ずかしくないとても良い子なアルカードにも、
普通の子供と同じく好奇心からくる悪戯好きな面はあるのです。
塊がアルカードの掌の上でキラリと瞬きました。

アルカード「絶対お外に出てラルフと遊ぶぞ〜。」

40 名前: ラルフ君の小さな試練・第一話(3) 投稿日: 2006/04/25() 23:01:54

一方その頃、ベルモンドの修行の森の奥深くにあるベルモンドの屋敷でもちょっとした騒動が起きていました。

ご当主様の名前はレオン。つい先日帰って来たベルモンド一の頭脳派さんがジュスト。
そして一家の最年少にして驚天動地の暴れん坊の少年がラルフでした。
そのラルフが、アルカードに会う為にドラキュラ城ヘ出向くというのですから
上へ下への大騒ぎになるのも無理はありません。

ジュスト「ラルフ!お前、まさか手ぶらでアルカード君のお家ヘ行くんじゃないだろうな。」
ラルフ「ちょっと遊びに行ってやるだけだ。土産なんか要るか。」
レオン「美味い肉持たせる事も考えたんだけどさ。途中で食べちゃいそうだろう、この子。」
ジュスト「あぁ、なるほど。山羊に手紙持たせるより危険な行為に違いない。」
ラルフ「なるほどじゃねぇ!」
レオン「そういうわけだから、このお金を使って近くの町で何か買っていきなさい。」
ラルフ「こんなに金は要らん。使わなかった分は貰うからな。」
レオン「ほら、ハンカチとティッシュ忘れるなよ。」
ラルフ「そんなものより十字架と聖水だ!」
ジュスト「折角お迎えに行くのにいつもの格好で良いのか?」
ラルフ「いつもの格好で何が悪いんだ?」
ジュスト「レオンに似てそういうのには無頓着だなぁ。
    町行くついでによそ行きの服を一つでも買ってみたらどうかな?」
ラルフ「誰が買うか。」

ラルフは、渡された金貨が一見ボンクラ当主にしか見えないレオンが汗水垂らして手に入れた
ドロップアイテムを換金したものと知っていたので、あまり文句を言いませんでした。

お下がりの十字架もだいぶ年季がはいっています。
正直なところ町へ行ってもあまりお金を使うことは考えていませんでした。

ラルフ「何か高いもの買ってあいつが喜ぶか疑問だしな。」
ラルフはお友だちの家に持って行く「お土産」の意味をきちんと理解はしていませんでした。

かくして、ラルフは久々に町ヘ繰り出すことになったのです。
勿論その先に何が待ち受けているのか、彼は知る由もありませんでした。

 

41 名前: ラルフ君の小さな試練・第二話 投稿日: 2006/04/27() 21:02:46

修行の森を出て暫く進むと、向こうで何かがフラフラ漂っているのが見えました。
小さな黒い蝙蝠です。

ラルフ「???何で蝙蝠がこんな所に。」
場違いな生物の出現に首を捻りつつも、ラルフはそっと近寄って蝙蝠に掴みかかりました。
すると意外なほどあっさりと蝙蝠は捕まってしまいました。
ラルフ「……。」
ギュッと握りこむと手の中の蝙蝠は苦しげにキュウキュウ鳴きます。

「ラルフ―。」

ラルフ「!!??」
突如聞き覚えのある声が耳に届き、ラルフの心臓が飛び跳ねました。
ですが辺りには人っ子一人いません。視線は自然と不審な黒い蝙蝠へと向きます。
ラルフ「まさかこの気味悪い蝙蝠の仕業か。魔族の手先だな、こいつめ。」
ギュウギュウ締め付けると、またもや聞き覚えのある声が…

「やめて―。」

悲しげに訴えていました。
ラルフ「……。お前まさか。」


蝙蝠はラルフに捕まえられる数刻前、アルカードから散々な評価を受けました。

アルカード「なにこれ〜!父上の蝙蝠さんと全然違う!」
あからさまに不満な様子のアルカード。
折角お父さんの目を盗んで魔導器を手に入れたのに、
その努力(?)をあざ笑うかのような頼りない使い魔が召喚されてしまったからに他なりません。

何せこの蝙蝠、真っ黒な体だけがお父さんの蝙蝠と唯一同じ所で
可愛らしい瞳、ボンヤリして早速部屋の窓にぶつかる動作の鈍さ、
なのに何処か主人であるアルカードを冷めた目で見ている不躾さと、
残る能力はまるで月とスッポンである事をアルカードはものの数分で理解しました。
それでもアルカードの頼みの綱であることには違いありませんでした。

アルカード「あのね蝙蝠さん、ここからずっと西ヘ行った所に、大きな森があるんだ。
     そこに住んでるラルフに助けに来るようお願いしに行ってくれないかな?」

蝙蝠はそんなの自分でやれよと言いたげに、フンと鼻を鳴らしました。
ですがアルカードだってそう簡単に諦めるわけにはいきません。

アルカード「お願い蝙蝠さん!わたし一人じゃ無理でも、ラルフが来てくれたら
     きっとここを抜け出す良い方法があるはずだから!
     それに、わたしもデスや爺がいない時はお手伝いするよ。」

暫くして蝙蝠は、いいともいやとも伝えることなく飛び立って行きました。

アルカード「―変な蝙蝠さん。大丈夫かなぁ。」
爺「大丈夫とは勉強の進み具合ですかな、アルカード様。」
アルカード「うわっ!」
音も無く背後に近づいた蔵書庫の主に、アルカードは心臓が止まるかと思いました。
爺「フォッフォッ、今蝙蝠が飛んでいったように見えましたが。
   おかしいですのぉ、こんな真昼間に。」
アルカード「うう、爺に見られるなんて。三時のおやつ、食べられなくなっちゃう……。」

42 名前: ラルフ君の小さな試練・第二話 投稿日: 2006/04/27() 21:05:26

ラルフ「お前、アルカード?」

蝙蝠は苦しげに鳴き続けるだけです。

ラルフ「なわけないよな。」

全くその通りだと言わんばかりに蝙蝠の首が縦に動きました。

ラルフ「ん?お前ケガしてるぞ。森を抜けてここまで来たのか?」
ラルフの言葉に図星をつかれたのか、蝙蝠は黙りこんでしまいました。
ラルフ「悪いが俺は手当てする道具なんか―」
そこまで言った所でラルフは眉を顰めました。

ラルフ「―ハンカチ。どうせジュストに無理矢理持たされたもんだし、別にいいか。」

ケガをした部分に清潔なハンカチを巻きつけてあげる間、蝙蝠はじっとしていました。
人馴れしているはずはないので、警戒心が薄いのでしょうか。
ラルフ「野生の生き物にしては大人しいな。…どこぞの坊ちゃんみたく箱入りなのか」

上手とは言えない手当てを終えて、この蝙蝠をどうしたものか、ラルフは頭を捻りました。
ラルフ「今から帰るのも面倒だしなぁ。手当てはしたし、放って行こう。」
言葉がわかるはずもない蝙蝠に対しても意地悪な物言いをするラルフ。
本当はそんなつもりは毛頭なかったのですが、この蝙蝠の目を見ていると何故か口が悪くなってしまうのです。
コウモリ「キーキー!」
ラルフ「何だよ。そんなに睨むな。わかったよ、連れていけばいいんだろ。
   ただし、騒いだり暴れたりしたら捨てて行くからな。」
コウモリ「キュー。」

とりあえず自分の服の胸元に蝙蝠を放り込んだラルフ。
蝙蝠はそこから可愛い顔だけ出した状態で、暖かそうに目を閉じました。

ラルフ「おい、少しは遠慮して自分で飛ぶそぶりをしろ!」

どうやらラルフの拾い物は随分と面倒くさがり屋だったようです。
日光を遮る場所に落ち付いて安心したのか、すぐに眠りについてしまいました。

ラルフ「蝙蝠だったら蝙蝠らしく洞窟でぶら下がって寝てればいいだろうが。何でそこなんだ?」

その後一頻り文句を言い終え気を取り直したラルフは、すぐ目の前に迫った町ヘ足を向けるのでした。

43 名前: ラルフ君の小さな試練・第三話 投稿日: 2006/04/29() 15:15:56

久しぶりに訪れた町の人出は相当なものでした。
まだ成長途中の、はっきり言えば小さいラルフは人の流れに押され好き勝手に進むことも出来ません。
ラルフ「くそっ、押すな馬鹿。いてーっ!誰だ、俺の足踏んだのは!」
それでも何とか店先に辿り着いたラルフは、その店に置いてある怪しげな商品の数々に目を疑いました。

ラルフ「甲冑に魔術の道具に、髑髏にネックレスに食器…おっさん、ここ何屋なんだよ。」
ハマー「ハマーの何でも屋だよ坊っちゃん!好きなだけ見ていってくれ。」
商品以上に怪しげな丸坊主の厳つい顔の店主に胡散臭さを感じつつも、手近に置かれた品物を手に取りました。
随分使い込まれた跡のあるその小刀は、所々不気味な褐色の塊がこびり付いていました。
ハマー「それはこの前仕入れたばかりの短刀だ。切れ味は折り紙付きだから、お母さんの調理用にどうだ?」
ラルフ「あいつにこんなもん持たせたら俺の命がいくつあっても足りん。それにこの短刀とてつもなく嫌な感じがするぞ。
   呪い付きじゃないだろうな。」
ハマー「じゃあこれだ。いつまでも元気でいてほしい気持ちを込めて、廃屋になった魔女の住処から
   拝借してきた筋力増強剤。ただ使い過ぎると化け物になる副作用が―」
ラルフ「―あれ以上強くならなくていい。」
何を思っているのか、些か顔色が悪くなったラルフを見て店主は盛大に溜息をつきました。
ハマー「坊っちゃん、冷やかしなら帰ってくれよ。こちとら全然商品売れなくて困ってるんだぞ。」
悲嘆に暮れる店主を横目に、ラルフは幾分マシなプレゼントの品を探し始めました。
すると町の喧騒に目を覚ました蝙蝠が顔を出し、ラルフの気を何かに向けさせようとしました。
ラルフ「何だよ、いい物見つけたか?」
その方向にはちょっとまともそうな宝飾品が飾ってありました。
ラルフ「高ぇ!」
ですがどれもラルフの手持ちの金貨では手も足も出ない額の品ばかりです。
その事実をつき付けられ、ラルフはむかむかした気持ちになってしまいました。

ラルフ「……どうして俺があいつのためにこんなもの買わないといけないんだよ。
   安上がりな食い物の方が良いに決まってる。飾り物じゃ腹は膨れないしな。」
ハマー「恋人にプレゼントか?この頃の子供は進んでるねぇ。」
ラルフ「こ、恋人じゃねぇよ!あんな箱入り!」
顔を真っ赤にして否定するラルフをどう解釈したのか、店主はいくつか商品を指差して言いました。

44 名前: ラルフ君の小さな試練・第三話 投稿日: 2006/04/29() 15:23:03

ハマー「坊っちゃんが買える値段だとこの辺りだろう。」

色取り取りの宝飾品が並んでいますが、どれも安っぽい感は否めない見た目の品ばかりです。
ベルモンド家の戦場である食卓で生き抜いてきたラルフにとって、
美味い肉とまずい肉を見分けるのは造作もないことでしたが、
全く興味も縁もなかった飾り物ではその能力を発揮することは出来ません。

ラルフ「ネックレス…いやダメだ…。イヤリング……違うだろ。
   そもそもアルカードは男なんだよ!こんなもんやれるか!」
ハマー「男の恋人か!?ますます進んでるな坊っちゃん。」
ラルフ「違うと言っているだろうが!デカイ声で言うな!」
コウモリ「キュー!」
ラルフ「お前もうるせーぞ!ん?……なぁ、この赤いブローチは?」
ハマー「ああそれか?何年か前に吸血鬼の男が持ってた宝石をブローチにしたもので、買い取り手が付かなくて困ってたんだ。
   ちゃんと知り合いの教会に頼んでお払いまでして貰ったのによぉ。
   売れなくちゃ仕方ないから特別価格にするぞ、どうだい?」
ラルフ「ふーん。」
ハマー「男の子でも喜んでくれそうな謂れの品じゃないか?わくわくするだろう?」

言われてみれば、毒々しい程真っ赤に染まった石には不思議な力があるような気もします。
邪悪な感じもしません。
あくまで半人前のラルフの判断では、ですが。

ラルフは頭の中でこれを胸元に付けたアルカードを想像してみました。
銀色の髪と白い肌に、赤く輝くブローチはとても似合っていました。

ハマー「おい坊っちゃん!何ニヤニヤしてるんだ?」
コウモリ「キー?」
ラルフ「ニヤニヤしてない!……それじゃこれ……」

「この赤いブローチを買おう。」

ラルフ「ああ―?」
よく通る声と共に、一つの指がラルフの目的の品に向けられました。
ラルフ「おいっ、先に見付けたのは俺だぞ!」
ラルフが今にも飛び掛らん勢いで睨んだ先には、

ラルフよりずっと背が高い男の人、ヘクターが立っていました。

ラルフの前に突如現れたヘクター。彼がブローチを手にする目的とは?
まだまだラルフ君の試練は続きそうです。

45 名前: ラルフ君の小さな試練・第四話 投稿日: 2006/05/05() 02:07:45

ラルフ「お前はこの前の―!くそっ、いきなり現れたかと思えば善良な少年の買い物の邪魔をしやがって!」
ヘクター「いやちょっと待ってくれ。そのブローチは子供には少々危険な代物だ。
    即刻俺に引渡しする事をおすすめする。」
ラルフ「何をー!偉そうに何様のつもりだ!アルカードから聞いたぞ、貴様、悪魔精錬士だったそうだな。」
ヘクター「こんな街中でその話題を口にしないでくれ。」
ラルフ「うるさい!俺は悪者と、俺より弱い奴には従わん!悪者なお前のことだ、
   その地位にものを言わせて数々の悪行三昧の挙句あの箱入りバカなアルカードを……」
そこまで言ってラルフの頬は最高潮に紅く染まりました。
ヘクター「?どうしてそこでアルカード様が出てくるんだ?俺の話を聞いていたのか?」
ラルフ「そ、そうやってしらばっくれても無駄だ!ブローチは渡さん!どうしても欲しいと言うなら死んでもらう!」
ヘクター「俺が無事にブローチを貰える選択肢はないのか?」
ラルフ「ない!聖なる鞭でお前を倒せないのは残念だが、
   ベルモンド当主・レオンの初陣を飾った名刀「アカサビ」の錆にしてくれる!」
腰元に下げられた刃毀れの激しい短刀の切っ先と並々ならぬ殺気がヘクターに向けられます。
ヘクター「人の多い往来で刃物を振り回すな!」

ハマー「あーあ。何で俺の行く所毎度面倒事が起きるのかねぇ。」

蝙蝠の目を通して血気に逸ったラルフの様子を見ていたアルカードは困り果ててしまいました。
アルカード「ダメだよラルフ!……蝙蝠さんラルフを止めて!」

見ているだけで何もすることが出来ない無力感に苛まれながら蝙蝠に救いを求めます。
その願いが通じたのか、蝙蝠がラルフの胸元から勢い良く飛び出しました。

ラルフ「あ、コラ何処へ行く!」

ラルフが止める間もなく蝙蝠は人混みの中へ消えていきました。

ヘクター「あの蝙蝠……どこかで見た覚えが……。」
ラルフ「くっ、蝙蝠なんかに俺は気を取られんぞ!死ねっ!」
ヘクター「だから人の話を聞け―」

ヘクター絶体絶命のピンチ!……とその時です。

46 名前: ラルフ君の小さな試練・第四話 投稿日: 2006/05/05() 02:10:24

町の果てまでも届こうかという怒号が二人の耳を劈きました。
???
「こらぁーーーっ!!トマトドロボー!」

その声に今までの威勢が嘘のように硬直するラルフに、ヘクターは首を傾げました。
ラルフ「この馬鹿でかい声は……。」
???
「待てー!そこの蝙蝠―!!食べるならお金払いなさいー!!」
コウモリ「キー!」
無事(?)ラルフの胸元に舞い戻ってきた蝙蝠は、その口を赤く染めていました。
それに反比例してラルフの顔は青く染まるのでした。
ラルフ「……おい、元極悪悪魔精錬士、命拾いしたな。今日はこの辺で勘弁してやる!
   に、逃げるんじゃないぞ!急用を思いだしたんだ!」
ヘクタ「急にしおらしくなったな。ブローチはいいのか?」
ラルフ「命あってのブローチだ―」
怒声が響く側と逆方向に踵を返したラルフ。

しかしラルフの襟首はその怒声の主に掴まれてしまいました。
金髪の三つ編み、気の強い瞳を宿した女の人です。

???
「貴方が飼い主ね!全くどんな躾してるのよ、
   うちのお爺ちゃんが苦労して育てたトマトを盗もうなんて――あらっ。」

ラルフ「……。」
???
「―ちょっとこっち向いて顔見せなさい、少年。貴方もしかして―」

ラルフ「人違いだぜ、オバさん!俺はラルフなんて名前じゃないぞ!」

ボコリ!
事の成り行きを見守るヘクターの目の前で鉄拳制裁が行われました。
百戦錬磨の戦士もかくやという程の威力に、
直撃を受けたラルフの頭には大きなタンコブが出来上がりました。

アルカード「痛そう……。」
見ているだけでも痛みが伝わったのか、アルカードもラルフと同じく頭を押さえてしまいました。

???
「自分から口滑らせてれば世話ないわね、ラルフ。」
ヘクター「知り合いか?」
ラルフ「違う!俺にソニアなんて母親はいないぞっ!!」
ソニア「我が息子ながら鞭で叩きのめしたくなるほど災いを齎す口なんだから。」
ヘクター「―つまり母子の間柄か。言われてみれば」
ソニア「そんな事よりラルフ!貴方の懐に飛び込んでる蝙蝠が食い逃げしたトマトの代金、さっさと払いなさい!」
ヘクター「―人の話を聞かない所が特にそっくりだ。」
ラルフ「俺が人の話を聞かん奴のように言うな!というか何故俺が払わんといけねーんだよ。」
ソニア「貴方のペットでしょうが。昔から『勝手に付いて来た』とか色々理由つけて生き物拾って来ては、
   世話と躾は碌にしないからこういう事になるのよ。」

母子のやり取りを半ば呆れながら傍観するヘクターとは反対に、
遠くお城の一室に居るアルカードは目を輝かせていました。

47 名前: ラルフ君の小さな試練・第四話 投稿日: 2006/05/05() 02:12:29

アルカード「……。」
デス「坊ちゃま!」
アルカード「わわわっ!」
デス「少し目を離した隙にまたボンヤリとして!本のページが全く進んでおらぬではないですか!」
アルカード「だってこのご本もう読んだもん。」
デス「何度も読みかえして理解を深めるのです。それに坊ちゃまはただでさえ忘れっぽいのですから。」
とりあえず勝手に使い魔を放ったことは、死神さんにバレていないようです。

ホッと胸を撫で下ろすアルカードでしたが、それをどう受け取ったのか死神さんは唸りました。
デス「むむむ。私も四六時中坊ちゃまに付きっきりには出来ませぬし、
   蔵書庫の主はその点信用ならぬ。ここはやはり先日届いたこの手紙―」

死神さんは黒衣の袖から白い封筒を取りだしました。
アルカード「これお手紙?」
デス「はい。差し出し人はアイザックとなっております。」
アルカード「アイザックさん?父上に用事なのかな?」
デス「―坊ちゃま宛てです。読んでみた所先日のお礼にプレゼントを贈るとか何とか……」
アルカード「わたしに来たお手紙なのに何でデスが先に読むの?」
デス「何を仰られますか!用心に用心を重ねるためです!」

不貞腐れたアルカードは死神さんの手から奪い取った封筒から
手紙を取りだし、まじまじと文面を見つめました。

デス「これで坊ちゃま周辺の守りは更に厳重になりますぞ〜。」
アルカード「?」

48 名前: ラルフ君の小さな試練・第五話 投稿日: 2006/05/07() 00:42:31

ラルフが母親であるソニアにこってりしぼられている頃、
アルカードの住むお城にプレゼントが届きました。
でもその中身をアルカードは知りません。

何せ自分の部屋から一歩も出られないのですから。

コンコン。

そんな中、アルカードの部屋の扉が遠慮がちに叩かれました。

アルカード「誰?爺なの?それともデス?」

扉の向こうにアルカードは呼び掛けますが、返事がありません。
何の反応もない事を不審に思ったアルカードは椅子から立ちあがり、扉ヘと近づきました。

バタン!
アルカード「わぁっ!!」

すると突如扉が開き、驚いたアルカードはその拍子で床に尻餅をついてしまいました。
恐る恐る顔を上げるアルカード。そこにはアルカードの何倍もあろうかという真っ黒な巨体に
四つの目と恐ろしげな牙を持つ魔物が立っていました。

アルカード「あなたは誰!デスは?爺は?皆何処に行ったの!?―まさか。」
アルカードの頭の中は恐ろしい想像でいっぱいになります。
勿論死神さんと爺がこの魔物の大きな口で食べられてしまう想像です。

アルカード「……あなたが皆を……!?」

そして真っ青に顔が染まったアルカードに、その魔物が無言のまま近づいて来ました。
アルカード「やだー!来ないでー!!」
伸ばされる大きな手を避けて、部屋の隅へと逃れるアルカードでしたが、
窓は開かない扉はいつの間にか閉まっている状況です。

アルカード「来ないで!母上ー、父上ー、助けてー!!!」

滅多に出さない大声で呼べど叫べど誰も助けに来る気配はありません。
そうこうする間に、とうとうアルカードの身体は魔物の影に覆われてしまいました。

49 名前: ラルフ君の小さな試練・第五話 投稿日: 2006/05/07() 00:44:55

アルカード(食べられるー!助けて!ラルフ助けて!!)
アルカードはギュッと目を瞑り、自分が食べられる恐怖に身を縮ませました。

アルカード「……???あれ?食べられてない。」
目を開けたアルカードの前には小さな可愛らしい花束と、小さなラッピングされた箱が差しだされていました。
???
「……。」
アルカード「……あの、もしかしてこれをわたしにくれるのかな?」
魔物はコクリと頷きました。でも表情は全く崩しません。
アルカード「わたしを食べない?」
???
「…!…!」
その問いには必死に首を縦に振る魔物でしたが、やはり無表情のままです。
ですがアルカードはその魔物の言いたいことを理解できたようでした。
アルカード「えっ、貴方がアイザックさんの手紙に書いてあったプレゼント?」
???
「・・・?・・・!」
アルカード「この箱がアイザックさんが持たせてくれたお土産で……この花はあなたが持ってきてくれたの!?」
???
「……。」
アルカード「ごめんなさい。嫌な事言って……いつも母上が『見た目で物事を判断してはいけません。』
    って教えてくれたのに……勝手に怖い魔物だと思っちゃって。本当にごめんなさい!」
大きな瞳を涙で滲ませるアルカード。暫くその様をじっと見ていた魔物は、
自分の大きな両手でアルカードの小さな体をそっと抱きあげるのでした。

50 名前: ラルフ君の小さな試練・第五話 投稿日: 2006/05/07() 00:46:37

アルカード「魔物さん……。あ、そうだ。魔物さんのお名前は何て言うの?」
???
「……。」
閉じたままの大きな口から言葉が発せられる事はありませんでした。
でも魔王の息子であるアルカードには全てわかっているのです。
アルカード「アベル?魔物さんはアベルっていうんだね。」
アベル「……。」
アルカード「え?箱を開けてくれ?うんわかった!」

わくわくしながら箱を開けると、そこにはチーズが入っていました。
アルカード「あっ、チーズだ。ワインと一緒に食べると美味しいモノって父上が……」
アベル「……?」
アルカード「別に何でもないよ。どうせ父上がいいって言うまで、外に出て遊べないんだから。」
アベル「……。」
アルカード「うん、お外でラルフと遊びたい!そうだ、アベルわたしをお外に連れていって。」
アベル「……!!……。」
アルカード「ええっ!アベルがわたしの遊び相手になるようにデスから言われたからダメ?……むぅ。」
アルカードはアベルを見つめました。例えどんなに無表情でも、
今アルカードの手にある摘みたての花の束からは優しさが零れんばかりに詰めこまれているのを感じます。

アルカード「わかった!それじゃあこれからアベルとわたしはお友だちなんだね。よろしく!」
友だちの印に握手をしようとしたアルカードでしたが、
アベルの両手はそのアルカードを抱えあげるために塞がっていました。
アルカード「……。」
アベル「……。」
アルカード「アベル〜、今笑ったなー!」

悪魔城の一室で、ようやく部屋の主の明るさが取り戻されようとしていました。

 

51 名前: ラルフ君の小さな試練・第六話 投稿日: 2006/05/13() 22:03:21

一通り事情を説明し、お母さんの第二、第三のゲンコツから逃れたラルフ。
しかし新たな誤解が生まれた事に再び頭を抱えてしまいました。
ソニア「心配しなくても、母さん貴方のお友だちが人間じゃなくても全然気にしないわよ。」
ラルフ「友だちなんかじゃねぇよ!」
ソニア「なぁんだ。恋人作ってるとは母さんが暫く見ない間に随分ませたわね。」
ラルフ「勝手に恋人にするなっ。俺は、俺はあいつのことは、お、お前みたいなオバさんより
   ちょっとだけ可愛いかなと思ってるだけなんだからな!……クソッ何言わせるんだよ、ソニア!」
あたふたするラルフを尻目に、ソニアはそっと大きな袋を差し出しました。
ソニア「自分から勝手に口滑らせておいてよく言うわ。さぁ、これ持っていきなさい。」

内心期待しながら中身を確認したラルフの顔は、すぐに渋いものに変わりました。
ラルフ「うえっ、トマトじゃねぇか。こんな腹に溜まらないもんじゃなくて、肉くれよ肉!」
ソニア「誰が貴方の底無し胃袋に収納しなさいなんて言ったの。
お友だちに持って行ってあげるのよ!それで蝙蝠が台無しにしたトマトの件は帳消しにしてあげるわ。」
ラルフ「……。」
ソニア「面倒臭いからって途中で食べたり捨てたりなんかしたら、母と子の愛の修行を再開するからね。」
ラルフ「昔お前が俺にやらせた、千尋の谷に突き落として這い上がらせる修行なんざ、今日日流行らねーんだよ!」
騒ぎ立てるラルフの後ろで突っ立っていたヘクターにも、ソニアは威勢良く声をかけました。
ソニア「そこのうだつのあがらない銀髪のお兄さん!貴方もこんな子供相手に本気にならないで、
   ブローチ譲ってくれないかしら?」
ヘクター「いや、別に個人的に所有したいからではなく、これには危険な存在が―」
ソニア「なら尚更よ。『若いうちの危機には買ってでも遭遇しろ!』これベルモンド家の家訓ね。
   その中身だって大体想像はついてるんだから。まぁ安心して馬鹿息子にくれてやって頂戴。」
ヘクター「正体をご存知なんですか?」
ラルフが油断した隙に抜け目なく盗まれた赤いブローチがヘクターの手の平でキラリと輝きました。
ソニア「我が家にとっては因縁深い代物よ。」
ラルフ「何だ?俺を除け者にして勝手に分かった風な口を利くな!これだからオバさんは話が長くて困るぜ。」
ソニア「あんたも母親に向かって偉そうな口を利くなっ!!」
ボコッ!
懲りる間もなく再びゲンコツを喰らったラルフ。その様子を見てヘクターは戸惑いの色を隠せません。
ヘクター「やはりベルモンドとはいえ、子供にこれを渡すのは……」
ソニア「そういうわけだから、さっさとここを出発してラルフをお友だちの家へ連れていってやってね!
   残念だけど私は店番があるのよ!ラルフ、次に会う時まで体鈍らせるんじゃないわよ!」

52 名前: ラルフ君の小さな試練・第六話 投稿日: 2006/05/13() 22:08:12

そんなヘクターの戸惑いなど何処吹く風。ソニアは人ごみの中へと消えていきました。
ヘクター「やはり人の話を聞かないのは、親の教育と性格に問題があるのか……。」
ラルフ「うるさい!あれはどうしようもない乱暴女で、子供の育て方なんて修行が一番だと思ってる、
   普通の優しい母親っぽい事は何一つしてない奴だが……
   つ、強い女だ!お前多分あいつより弱いぞ!だからソニアを悪く言うな!」
ヘクター「お前もさっきから悪口ばかり言ってたじゃないか。」
ラルフ「お、俺はいいんだ。そのうちあいつより強くなるから問題ない!
   そ、それに久しぶりに会ったからな、あいつが俺に会えなくて寂しがってると思って
   ちょっとからかってやったんだよ。」
ヘクター「―はぁ。とりあえず町を出ようか。こんなに周囲の注目を集めては出来る話も出来ないだろう。」

ラルフ「……おっさん、このブローチくれ。」
ハマー「おうよ。プレゼント用にラッピングしてやるぜ。リボンは何色がいい?」
ラルフ「要らんことをするな!!……赤とかならまぁ、ないよりマシだろ。」

顔は不機嫌でも何処か嬉しそうなラルフと、重苦しいものを背負いながら町から出ていくヘクターなのでした。
ですが、ラルフは気づいていません。このブローチが実は恐ろしいものをその身に隠し持っていることを……。

アルカード「こうしてわるい人間を見事にやっつけた魔界の勇者は、自らの剣にわるい神父の魂を閉じ込め、
     魔界は永遠に静かな闇に包まれたのでした。……おしまい!」
アベル「……。」
アルカード「面白かった?これはね、デスから貰った絵本だよ。でもこのわるい人間ラルフに似てる気がするんだ。」
アベル「……。」
アルカード「え?もう精錬術のお勉強の時間?アイザックさんから預かってきた本があるの?
    ……やだなぁ。この前みたいに蝙蝠さんじゃなくてタライが出来たら恥ずかしいよ。」
アベル「……。」
アルカード「アベルもヘクターお兄ちゃんとおんなじこと言ってくれるんだね。変なの。」
そう言ったアルカードの頬っぺたは窓の向こうの夕暮れよりも紅く染まっていました。

アルカード「蝙蝠さんどうしたんだろう。やっぱりラルフ、来てくれないのかな……。」