ラルフ君の小さな試練

 

53 名前: ラルフ君の小さな試練・第七話 投稿日: 2006/05/24() 23:03:35

ラルフ「う……。あれ?ここは……?」
アルカード「あっ、目を覚ましちゃった。」
ラルフ「アルカード?」
アルカード「このまま目が覚めなきゃ良かったのに。」
ラルフ「え……。」
レオン「ラルフ、お前には失望したよ。いつまで経っても鞭の腕前は上がらないわ……」
ジュスト「勉強はしないわ。まぁでもお前の頭で勉強なんか、させるだけ無駄だよな。」
ラルフ「なっ……」
ネイサン「そうそう、将来的には俺が鞭を譲りうける事になったから、安心して家を放り出されてくれ。」
ラルフ「勝手に決めるな!ベルモンド家の未来の最強当主は俺だ!」
ソニア「あの時千尋の谷に突き落とした後そのまま捨てて来れば良かったわ。」
レオン「要らない子だもんな。」
アルカード「ラルフが遊びに来てくれないから、恋人作っちゃったよ。」

ラルフ「こ……。お、俺には……関係ない。」
アルカード「ラルフよりずっと強くて、優しくて、怒らなくて、……とっても気持ちが良いんだよ。」
ラルフ「き、気持ちいいだとぉ!何がだよ!」
アルカード「うるさいなぁ。ラルフなんかと口利いたら誤解されちゃうから、もうお家に来ないで。」
ラルフ「頼まれたって誰が行くか!」
ソニア「そうね、貴方は厄介者ですもの。お邪魔虫なのよね。」

ラルフ「うるさい!元からアルカードは嫌いだったんだ。もうわざわざ遊んでやる必要なくなって
   清々したぜ。それに、あんな森の奥の、古臭い家なんか、元々出て行ってやろうと思って」

ジュスト「あーあ、泣いちゃったよ。」
レオン「泣いたって可愛くないのになぁ。」
ジュスト「そうだ!どうせ要らない子なら、魔術実験体に使えばいいんじゃないか?」
ソニア「それいいわね。」
アルカード「やだ、ゾンビみたいになったらずーっと生きてるんでしょう?気持ち悪い。」

ラルフ「ううっ……」

「……ラルフ、ラルフ!しっかりしろ!」

ラルフ「……んあ?」
ラルフは揺さぶられる感覚で意識を取り戻しました。
ヘクター「どうしたんだ?急に眠りこけたと思ったら、今度は酷く魘されてたぞ。
   お前が泣くとは相当怖い夢だったのか?」

54 名前: ラルフ君の小さな試練・第七話 投稿日: 2006/05/24() 23:05:33

ラルフ「泣いてねーよ!これはあくびだ!」
目元をごしごし擦るラルフに、『眠りながらあくびなんて器用な真似が出来るのか』
と聞きたくなったヘクターでしたが、小さな少年の感情を逆なでする必要もないだろうと沈黙を守りました。

???
「どうだ、我が力が織り成す悪夢の居心地は……」

ラルフ「何だよヘクター!言いたいことがあるならはっきり言え!」
ヘクター「いや、俺は何も言っていないぞ。」
ラルフ「じゃあ誰が言ったってんだよ。」

???
「馬鹿な人間め。我が溢れる魔力を感じ取ることも出来ぬか。ならば―」

一瞬、横なぶりの強い風が吹いたかと思うと、
ラルフの両手にしっかりと握られていたプレゼントの袋が地面に転がり落ちました。
ラルフ「うわっ!」
袋はバサバサと騒がしい音をたて、やがて一点が脆くも破れました。
ヘクター「しまった!まさかこれが奴の―ラルフ、避けろ!」
ラルフ「避ける?!何からだ!?」
コウモリ「キュー。」
ラルフ「馬鹿、顔出すな!吹き飛ばされる―」

バシリ!
視界が殆どない猛烈な強風の中―
袋から躍り出た赤いブローチと、ラルフの忠告を聞かず空中に放り出された蝙蝠がぶつかり合う鈍い音が響きました。


ヘクター「―去ったか?ラルフ、何処か嫌な感じはしないか?」
ラルフ「こんな状態で良い感じなんかするかよ!」
ヘクター「そうではなくてだな……」

コウモリ?「ハハハハ!我が野望ついに成就せり!新しき肉体を手に入れ、再び人間どもを―
ん?何故かこの肉体は妙に小さいような。子供の体とはこんなものなのか?」

ラルフ「おい、蝙蝠が喋ったぞ!」
ヘクター「やはりあのブローチはかの吸血鬼を封印したものだったのか……」
ラルフ「吸血鬼だと!それがあの蝙蝠に乗り移ったのか!」

55 名前: ラルフ君の小さな試練・第七話 投稿日: 2006/05/24() 23:06:47

コウモリ?「……蝙蝠?―何っ!!確かに無防備な子供の方を狙った筈…!!!」
ラルフ「でもアホっぽい奴だな。吸血鬼は吸血鬼でも三流吸血鬼かよ。」
ヘクター「油断するな。封印される前は現ベルモンド当主と激戦を繰り広げた輩と聞くぞ。」
ラルフ「あのボンクラ当主と?……ますます弱そうだ。」
ヘクター「お前はもう少し自分の家について学んだ方が良いな。」
ヘクターとラルフが延々と会話を交わす上空で、コウモリの肉体を借りた吸血鬼は
些か焦り気味に飛び廻っています。
コウモリ?「ええい、例え肉体のせいで我が全力が発揮できずとも、人間風情には負けぬはず―!」

バシン!

蝙蝠の攻撃が到達する前に、ラルフの強烈な一撃が蝙蝠の腹部を直撃しました。
ラルフ「さっさとくたばれ!俺に変な夢見せやがったのもお前だな!」
元々細い堪忍袋の緒が盛大に切れてしまったラルフは、蝙蝠をギリギリと締め上げます。
それを止めたのはヘクターでした。
ヘクター「落ち付け。そこで首を締めた所で死ぬのはアルカード様の使い魔だけだ。」
ラルフ「知ってたのかよ。」
ヘクター「吸血鬼が惹きつけられたぐらいだ。ただの蝙蝠ではないだろう。
   ドラキュラ様のものではとも思ったが……それにしては愛嬌があり過ぎるからな。」
コウモリ?「ドラキュラだと!」
ラルフ「うるさい、黙れ!」
コウモリ?「グゥ……。」
ヘクター「だから止めろと言っている。」
ラルフの手から蝙蝠を奪い取ったヘクターはこう言いました。
ヘクター「古の吸血鬼よ。素直に封印の石に戻る気はないか?」
コウモリ?「フン、人間に命令され従う吸血鬼など吸血鬼ではない。」
ヘクター「では何が望みだ?」
コウモリ?「そこのノータリンの餓鬼よりは話が出来そうな人間だ。」
ラルフ「未来の最強ヴァンパイアハンター、ラルフ・ベルモンドをノータリンとは聞き捨てならんぞ
三流吸血鬼め!」
コウモリ?「ベルモンド?あのベルモンドか。なるほど、腕っ節だけは達者な遺伝子が
脈々と受け継がれる哀れな一族なのだな。」
ヘクター「この少年をあまり刺激しないでくれ。」

56 名前: ラルフ君の小さな試練・第七話 投稿日: 2006/05/24() 23:08:06

コウモリ?「暇なのでな。それにこんなトラブルに見舞われては機嫌が良くなる筈もあるまい。」
ヘクター「つまり暇つぶしがしたいんだな、暇な古の吸血鬼よ。」
コウモリ?「そうだ。当分の目的はまんまと罠に嵌めてくれたドラキュラの面を見に行く―とするか。」
ラルフ「なっ。そこには俺が行くんだぞ!お前は来るな!」
コウモリ?「ほう?まだ吸血鬼退治などという益にならん仕事をしているのかベルモンドは。
では見物するものが一つ増えたわけか。」
ラルフ「別に退治しに行くわけじゃない……。」
コウモリ?「それでは勘違いの挙句吸血鬼と禁断の恋にでも落ちたか。
向こう見ずなベルモンドの考えそうな事だな。
そういえば風の噂でドラキュラの子供は人間の妻に似て、中々の器量良しと聞いた。」
ヘクター「下世話な噂まで耳に挟む、相当暇な吸血鬼か。」
ラルフ「お前変な事考えてないだろうな!
   残念だがあいつは器量良しなんかじゃないぞ!見に行くだけ無駄だ!」
ヘクター「それを言うならこの吸血鬼―ヴァルターを止めるだけ無駄だぞ。
    そうそう悪さが出来る状態でもないし、ドラキュラ様に言えば何らかの封印の方法が
    あるかもしれない。―連れていこう、というか勝手に付いて来るだろう。」
ラルフ「……なあ、あのブローチはどうなるんだ?蝙蝠の腹に付いたままだぞ。」
ヘクター「なら付いたままなんだろう。」
ラルフ「金出して買ったのは俺だぞ!あれじゃあ使いようがないだろ!」
ヘクター「そうは言ってもな……。」
ラルフ「……。」

一方のアルカードも蝙蝠に起こった異変を感じ取っていました。
アルカード「蝙蝠さんとも連絡つかなくなっちゃった。心配だなぁ。」
アベル「……。」
アルカード「うん。平気だよ。蝙蝠さんは心配だけど、ラルフと一緒だからきっと大丈夫だよ……」
アベル「……。」
それでも小さくため息をつくアルカードは暫く元気を取り戻すことはありませんでした。

 

57 名前: ラルフ君の小さな試練・第八話 投稿日: 2006/06/01() 20:43:02

ラルフ「着いた……。ようやくドラキュラ城に到着したぞ!」
ヘクター「相変わらずこの周辺は天気が悪いな。昼間だというのに薄暗い。」
ラルフ「そんな事より、ここまで来たんだからお前はもう帰れよ。」
ヴァルター「『一緒に城に潜入してアルカードを取られるのは面白くないし―』」
ラルフ「そうだ!呼ばれたのは俺なんだぞ。お前なんかお呼びじゃ……
   こ、このアホ吸血鬼!何寝ぼけた事言ってやがる!!」
ヴァルター「なに、貴様の心のうちを代弁してやっただけの話だ。」
ラルフ「いい加減なこと抜かすなっ。剥製にしてやる!」
ヘクター「まぁまぁ。じゃあ俺はここで退散するとして、どうやって城に入るつもりだ?」
ラルフ「知れたこと、男は黙って正面突破だ!!」
ヘクター「あの玄関にどうやって辿り着くと?」
ヘクターが指差した先には大きな扉があります。恐らくあれが正面玄関です。
ですがその手前は見渡す限り断崖絶壁。
二段ジャンプを会得していないラルフが飛び越そうとした所で、
奈落の底に落ちて死者の仲間入りをするのが関の山でしょう。

ラルフ「へっ、これだから悪魔精錬士は脳味噌まで筋肉で困るぜ。
   ちゃんとあそこに跳ね橋があるじゃねぇか。
   あれをおろせばすぐにだって辿り着けるだろ。」
ヴァルター「で?羽根も生えていないお前がどうやってその橋の稼動装置を操作するのだ?」

ラルフ「………知るか!」
ヴァルター「ベルモンドに封印され幾星霜、人とは少し見ぬ間に
    著しく退化していく生き物だということを今になって思い知らされたぞ。」
ラルフ「何だとぉ!俺はレオンよりは頭良いぞ!おいヘクター、どうするんだよ。」
ヘクター「正面玄関がダメならば、勝手口から入ればいいだけの話だ。」
ラルフ「勝手口〜?」
ヘクター「ぐるっと回れば勝手口があるんだ。鍵は昔貰ったものを持っている。」

ラルフ「……アホくさ。正面をあんなに厳重にしてても意味ねぇ何の変哲もない勝手口だな。」
ヘクター「だが俺が居なければ見つける事も出来なかっただろう?」
ラルフ「俺はベルモンド最強になる予定の男だ!こんな秘密の入り口ぐらいすぐに見つけられたぞ!」
ヴァルター「先程『男は黙って正面突破』などと言っておった輩とは思えんな。」

58 名前: ラルフ君の小さな試練・第八話 投稿日: 2006/06/01() 20:44:43

勝手口から忍びこんだ部屋には古今東西の調理器具や棚に納められた食器が
所狭しと並べられていました。
その中でも特に目につく巨大な鍋が一つ、ぐつぐつと音を立てています。
そこから発せられる芳ばしい香りに吸い寄せられるラルフが一匹。
ラルフ「このデカイ鍋……おっ、美味そうなスープが煮えてるぞ。」
ヴァルター「食に飢えた人間は醜いな。」
ヘクター「待てラルフ!お前の足元にあるそれは……!」
心なしか震える声でヘクターが指差した方向に目を向けると、
そこには小さな靴が二足と黒い布が一枚。
ラルフ「靴?どっかで見たことがある靴だな。……これは布切れか?」
ヘクター「マント……ではないだろうか。」
ラルフ「マント?はっ、こんなちっぽけな布切れじゃあ俺より小さい子供のマントにしか……。」
ヘクター「……。」
ラルフ「……。」
最悪の事態を想像しつつも、口に出せない二人の代わりにコウモリが小さな口を開きました。
ヴァルター「何だ、ドラキュラの息子は晩餐の具にされたのか。
     首から上だけでもあれば使いようもあっただろうに。」
ラルフ「縁起でもねぇことを言うな!アルカード!残ってたら返事しろ!」
思わず身を乗りだして鍋に語り掛けたラルフでしたが、返事などあろうはずがありません。
ヴァルター「返事をしても肉と骨では仕方あるまい。」
ラルフ「アルカードー!くそぉ、誰がこんなことを!」
あまりの悔しさに歯軋りするラルフ。
そこへ、扉を開き中へ入る気配が……。
アベル「…!…!!」
謎の巨大生物の手には何枚にも重ねられたお皿がありました。
ちょうどスープを盛りつけるのに適した深さです。
この生物がアルカードを飯の具に―。
こう結論付けたラルフを押しとどめるなど、お母さんであるソニアかジュストでなければ出来ません。
ラルフ「てめぇか!暢気に皿なんか用意しやがって!アルカードの仇だ、死ねっ!!」
ヘクター「ラルフやめろ!そいつはアイザックの―」
ラルフ「てやぁぁぁ!!」

ボコン!!
謎の生物は顔色も変えずに、お皿を守りました。
結果、運の悪いことにラルフの頭は勢い良く謎の生物の腕に直撃してしまいました。
ラルフ「きゅう〜。」

59 名前: ラルフ君の小さな試練・第八話 投稿日: 2006/06/01() 20:46:33

ヘクター「いわんこっちゃない。」
アルカード「アベル―、そっちでラルフみたいな声がしたけど、どうしたの?」

ペタペタと素足と思しき足音が部屋に近づいて来ます。
同時に親子の会話もヘクターとヴァルターの耳に届きます。

リサ「アルカード、体をちゃんとキレイに拭かないとダメよ。」
アルカード「お風呂キライ〜。」
リサ「そうね、今日は我慢できていた方かしら。
   ……あら、着替えは向こうに置いてきたの?」
アルカード「うん。お着替えが済んだらすぐアベルと遊べるように置いてあるんだ。」

開かれた扉の向こうに、頭から湯気をのぼらせた男の子が姿を現しました。
トレードマークのマントと靴はありません。やはりここにあったそれらは彼のものでした。
男の子の視線は、誤って打ち倒されたラルフに向けられました。

一瞬の沈黙の後、男の子はようやく倒れている物体の正体に思い当たったようです。
アルカード「あれ?ああっ、ラルフ!来てくれたんだね!……ヘクターお兄ちゃんも!
     ヘクターお兄ちゃんー!」
喜びを抑え切れないアルカードはヘクターの首元に飛びつきました。
ヘクター「は、ははは……ご無沙汰してますアルカード様。」
ヴァルター「ほぉ、中々の上玉ではないか。あの老いぼれの息子とは思えん。」
アルカード「えへへ……ヘクターお兄ちゃんって暖かくてきもちいい。」
ヘクター「そ、そうですか?あの……俺のことよりラルフが」
アルカード「?」

 

 

60 名前: ラルフ君の小さな試練・第九話 投稿日: 2006/07/02() 00:14:47

恐ろしい魔物から痛恨の一撃を喰らってしまったラルフは、夢の住人になっていました。

ラルフ「おっ、うまそうな肉発見!」

当然夢の世界ですからラルフの幼い欲望が全開です。
可愛い女の子は出てきませんが、古今東の西様々なお肉がラルフを迎えてくれます。
ちょっと目を離した隙にラルフが食べようとしていた肉を拝借する当主様もいません。
もっと野菜を食べるように口を酸っぱくするジュストもいません。
肉ばかりに口を付けると容赦無く愛の鉄拳制裁を下すお母さんもいません。

ラルフはとっても幸せでした。でももっと幸せになりたいと思っていました。
そこへ、人の大きさほどの骨付きお肉が現れました。

ラルフ「でけぇ肉だなー。」

手を触れたそのお肉からはほんのりと温かい熱が伝わってきます。
二度と巡りあえないかも知れない大きな好物にぎゅっと抱きつくと、
お肉も嬉しいのかプニプニ動きました。

ラルフ「この肉動くぞ。……ウヘヘ、もう喰えねぇ〜。」



ラルフ「むぅ……?あれ、肉……。」

肉にかぶりつこうと大きく開けていた口は虚しく空気を取り込んでいました。
でもラルフの腕には何か柔らかいものが抱えられています。
その正体を確かめようとラルフは首をゆっくり傾けました。

アルカード「すぅ……。」


ラルフ「ぎゃっ!」
どんな魔物に出会っても生来の意地っ張りとプライドの高さが幸いして、
情けない声を上げることは無かったラルフでしたが、
既知との遭遇に一世一代の叫び声が口から飛び出てしまいました。

61 名前: ラルフ君の小さな試練・第九話 投稿日: 2006/07/02() 00:15:45

ラルフの声に、すっかり寝入っていた様子のアルカードが目を覚まします。
アルカード「……あれ?わたし寝ちゃったのかな。折角ラルフを起こそうと思ってたのに。」
目を開いたアルカードはラルフとは正反対にのんびりと呟きました。
まだ意識の半分は夢の中のようです。
ラルフ「は、はぁぁ?ねねね寝言は寝てから言え!何がどうして人を起こすのに自分から寝てるんだよ!」
アルカード「―むむ。仲良しな人を起こす時は、こうやってお隣でくっついてあげると良い
のかなって思ったから。わたしも母上が近くに居ると、
眠くてもすぐ起きようって思うから。」
ラルフ「だからって布団の中まで入ってくるなキモチワルイ!……あ?布団……?」
ここでようやく自分がふわふわのベッドに寝かされている事に気がついたラルフでしたが、
そんな事を深く考える間もなく、「キモチワルイ」と言われたアルカードの表情はみるみる
うちに深い悲しみの色に染まっていきました。
アルカード「きもちわるい……。」
ラルフ「な、泣きそうになる奴があるかっ。畜生、さっきから頭―そうだ、頭がキモチワルイんだ!」
アルカード「……頭が痛いの?あ、そうだ。ここに飲み物とお薬があるからラルフが
目を覚ましたら飲ませてって母上が言ってたよ。」

ラルフ「薬……。俺は最強のハンターになる予定のラルフ様だ、これくらいなんともない。飲み物だけ貰おう。」
ゴクリ。アルカードが運んできたもののうち、
彼の左手にある薬には目もくれずに右手のコップを奪い取りました。
そして二度目の悲劇が彼を襲うのでした。
ラルフ「うぇーっ、なんだこりゃぁ!」
アルカード「トマトジュースだよ。美味しいでしょう?」
ラルフ「まずいぞ。」
アルカード「そんなぁ……喋るようになったコウモリさんが持ってきたトマトで作ったのに……。」
ラルフ「喋るコウモリ……ああっ、あの三流吸血鬼野郎無事だったのかよ?!
俺を倒した魔物の目は節穴か!……いてて。」

62 名前: ラルフ君の小さな試練・第九話 投稿日: 2006/07/02() 00:16:58

アルカード「ラルフ、あんまり怒ったら父上みたいに『けつあつ』が上がっちゃうよ。
やっぱり痛くなくなるお薬飲もうね。」
ラルフ「絶対飲まん!」
頑なに薬を拒否するラルフ。
アルカード「飲まないと頭痛いままだよ。」
ヴァルター「更に頭も悪いままだぞ。―ああ、それは元からだな。」
ラルフ「うるせぇ!痛かろうが悪かろうが飲ま……おいコラ、どさくさに紛れて何言ってる、雑魚吸血鬼野郎。」
何時の間にかベッドの上空を旋回していた蝙蝠に、ラルフは自慢の拳を振り上げました。

ヴァルター「おおっと危ない。真実を言ってやったまでだが?」
アルカード「コウモリさん。」
ヴァルター「うんうん。やはり近くで見る方が断然愛らしいな。」
アルカード「?ラルフのこと?」
ラルフ「気色悪い誤解をするな。」
アルカード「じゃあわたしのこと?……何だか恥ずかしいなぁ。」
褒められて悪い気はしないのか、近くに降りて来た蝙蝠の頭を嬉しそうに撫でるアルカード。
ヴァルター「うむ。誇りに思って良いぞ。何せ夜の王たるヴァルター様の寵愛を受ける予定なのだからな。」
ラルフ「いい加減にしろこのヘンタイヤロー!!」
アルカード「ラルフやめてよー!コウモリさんが死んじゃうじゃないか!」

そうやってドタバタと三人(?)が騒いでいる所に、一筋の光―ではなく一筋の黒い影が差しました。

63 名前: ラルフ君の小さな試練・第九話 投稿日: 2006/07/02() 00:18:27

デス「坊ちゃま!お静かになさいませ!」
ラルフ「げっ。変態の次はズタブクロかよ。」
デス「相変わらず頭の良さは減るのに口は減らん小僧だ。
   これで坊ちゃまの下僕でなければ私の大鎌の餌食に―」

……。

デス「貴様!よくよくみれば坊ちゃまと寝所を供にするとはなんたる狼藉!
   とっとと出ていかぬか!」
ラルフ「俺が寝てる間にコイツが勝手に入って来たんだよ。」
デス「聞く耳持たん!」
ラルフ「おいアルカードさっさとベッドから降り……。」
アルカード「ぐぅ。」
ラルフ「二度寝してんじゃねーよ!」

それから暫く死神さんとラルフの言い争いは止まりませんでした。
そしてちゃっかりラルフのお土産であるトマトをアルカードに贈って好感を高め、
一緒に眠りについた稀代の吸血鬼のことなど、ラルフの頭の中からは飛んでいってしまったのでした。

 

 

64 名前:ラルフ君の小さな試練・第十話 投稿日: 2007/01/18() 23:21:04

ラルフ「ったくよー。お前が変な所に服置いて風呂に入ったから俺が酷い目に遭ったんだぞ、わかってんのかよ。」
アルカード「だってラルフが来てくれないからたいくつだったんだもん。」
ラルフ「……肉にされたと思って心配したこっちの身にもなれってんだ……」
高い天井に子供たちのお喋りな声が響き渡ります。
あの後アルカードはひとしきりのお昼寝タイムを楽しみ、お友達のラルフと大好きなヘクター、そして死神さんと一緒に
三人家族十分すぎる程広い食堂へ向かいました。
ラルフは食堂手前の扉の巨大さから清貧の虫が疼いていました。
ラルフ「にしてもデカ過ぎる。なーんでこんなに縦長いテーブルで飯食おうなんて思うんだよ。」
デス「貴様のその席は特等席だ。椅子に座らせてやっただけでもありがたく思わんか!!」
ラルフ「なぁーアルカードー」
アルカード「どうしたのーラルフー」
ラルフ「お前の声、全然聞こえねぇーぞー」
それもそのはず、ラルフの悪い予感は「とてつもなく縦長いテーブルの端っこに追いやられる」
という形で的中したのですから。

ラルフ「大体飯食う場所のくせに、ここは暗すぎるんだよ。
   ろうそくの明かりだけじゃ向こうに居るアルカードのマヌケ顔が見えないだろ。」
そう言って口を尖らせるラルフとは正反対に、アルカードはお隣に座っているヘクターと何やら楽しそうにしています。
その膝の上には件の蝙蝠が陣取っているのかと思うと、心穏やかではいられないラルフなのでした。
ヘクター「……アルカード様、俺はいいですからベルモンドの少年とも話をしてください。」
子供ながら深い何かを込めたラルフの視線に、ヘクターは呆れつつその意を汲んであげるのですが。
アルカード「ラルフともお話したいけど……ヘクターお兄ちゃんともお話したいんだ。
    お兄ちゃん今度はいつ来てくれるかわかんないんだもん」
と、ちょっぴり照れくさそうな少年の言葉にガクリと肩を落としました。

65 名前:ラルフ君の小さな試練・第十話 投稿日: 2007/01/18() 23:22:24

さて。
見た目は怖くても器用なアベルのお料理が完成するのを待つばかりであった食堂に、奇妙な緊張感が生まれたのはそれから間もなく。
このお城で一番偉い人が登場してからです。

ドラキュラ「……ふむ。今日は珍しく客人が多い、何とも素晴らしき日だ。全員が招かれざる客である点は除いてな。」
開口一番の皮肉に、招かれざる客のうち最も子供なラルフがいち早く反応しました。
ラルフ「なんでぇー……えらそーに。」
ただし彼には珍しく小声で。
ヘクター「それはどうも。」
最も大人であり、元上司の捻くれぶりには慣れっこなヘクターは軽く受け流し。
ヴァルター「ハッハッハ!そう嬉しさを隠す必要もあるまい!このヴァルター様が直々に足を運んでやったのだ、
     感謝するがいいわマティアス!!
ドラキュラ「私をその名で呼ぶなーーーーーッ!!!」
ヴァルター「何故このヴァルター様が貴様の意見を聞かねばならんッ!!」
最も大人気ない吸血鬼はわざわざ一瞬即発の状態を作り出すのでした

ドラキュラ「ならば喰らえぃっ!地獄の業火を!!」
ヴァルター「なんの!」

すぐ傍で魔族同士の決死の闘いが始まり、アルカードとラルフの子供二人は戦々恐々でしたが
既に耐性が付いていたヘクターは、相変わらず心配性の死神さんに締め上げられていました。
ヘクター「ラルフと闘った時はすぐに勝負がついたのに、吸血鬼同士だと嘘のように活き活きしてますね。」
デス「ヘクター!何を悠長に感想を述べている!あの蝙蝠は一体何なのだ!」
ヘクター「……ああ、言ってませんでしたか。何でも稀代の吸血鬼である男の魂が宿っているそうですよ。」
デス「稀代の吸血鬼――まさか!その名はヴァルターではないか?!」
ヘクター「さすが、よくご存知ですね。」
デス「な、なんといことだ……五百年前、闇の覇権を争ったお二人が再び合間見えようとは…!
   このデス、どちらに味方するかなぞ選べませぬぞ!」
ヘクター「この間は50年前とか言ってませんでしたか……。」
アルカード「父上、蝙蝠さんをいじめないで!」

66 名前:ラルフ君の小さな試練・第十話 投稿日: 2007/01/18() 23:23:13

食堂が混沌の海に落ちようとしたその時、一人の美しい女神が軽やかに舞い降りました。
リサ「食事の支度が遅れて申し訳ありません。皆さん、まずはスープからお召し上がりくださいね。」

ドラキュラ「む・・・。」
ヴァルター「は・・・。」

アルカード「母上!」
リサ「今日はアルカードの好きなトマトとレンズ豆のスープよ。ヘクターも、ラルフさんもたくさん召し上がってください。」
デス「奥方様!給仕は召使のプロセピナにおまかせください!しかもそんな汚らしいベルモンドに
   恵んでやる必要はありませぬぞっ!」
リサ「あらー、私もアルカードのお友達と仲良くなりたいのですよ、デス。」
ラルフ「……。」

アルカードはラルフの顔が真っ赤に染まっているのを遠目に見ながら首を傾げました。

アルカード「ラルフどうしたのー?また頭痛くなってきたの?」
ラルフ「別に……。」
アルカードのお母さんは、自分のお母さんとは違う優しい香りがしたとは、死んでも言えないラルフでした。
でもことお母さんのことに関しては、鋭いアルカードです。
アルカード「母上はわたしだけの母上だもん。ラルフにはあげないよっ。」
ラルフ「あ、アホか!」
大声でとんでもないことを叫ぶアルカードに、今度はラルフの顔が青くなりました。
アルカード「……ラルフにお肉はわけてあげようと思ったんけど、やーめた。」
ラルフ「なにぃ!?」

リサ「ウフフ、二人とも仲良しさんね。」
ラルフ「……。」
しかし一瞬元気を取り戻したかに思えたラルフも、微笑を絶やさないお母さんには無言で俯いてしまうのでした。

アルカード「・・・・・・つまんない。」
先程までの楽しさは何処へやら、アルカードのご機嫌はすっかり雨模様になってしまいました。
ほっぺも最高潮に膨らみます。
ヘクター「アルカード様、余所見をしながら食事をしてはいけませんよ。ごぼれてます。」
アルカード「ヘクターお兄ちゃん。」
ヘクター「どうしました?」
アルカード「母上がラルフと仲良くしてると、何だか意地悪な気持ちになっちゃうんだ……。
     わたし病気になっちゃったのかな?」
さすがのヘクターもこの疑問を軽く受け流すことは出来ず、言葉を詰まらせるのでした。