おやゆび貴公子inドラキュラ学園その2

 

20 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その2 1/6 投稿日: 2006/05/01() 00:53:32

 ずどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど……

「ジュスト──────────おおおおおお!」
 
 ……がらがっしゃんがたがたどったんずるずるぴっしゃんがらがらどどどどどどどど。


「──なんだったんだ? 今の」
「さあ……?」
 うっすらと目をあけた生徒達も、何ごともなかったようにまた何もかも忘れて眠りに沈む。
 私立ドラキュラ学園2年C組はちょうど古文の時間。
「え〜であるからして〜この動詞の活用が〜○◇△×〜」
 シャフト先生の呪文めいた授業は、まったく変わることも途切れることなく続いていた。
 席が一個あいてる、というかドアを突きやぶらんばかりに飛びこんできた誰かが生徒をひとり
ひっつかんで引きずっていったことも、だーれも気づいていなかった。
 ……平和だ。

 引きずりこんだ先は化学準備室。
 狂えるマッド・サイエイティストジュスト・ベルモンドの住処として、全校生徒から恐れられて
いる魔窟だった。
「ジュスト! ジュスト、てめえ、目さませ! 目さませっつってんだろコラ!」
「ん? う〜……ん?」
 ラノレフにがっくんがっくん揺さぶられて、ジュストはやっとうっすら目を開いた。
 マッドサイエンティストにもシャフト先生の古文の授業は効くらしいのだった。強烈。
「……あ? ラノレフか? おまえ、なんでC組にいるんだ? 授業中はちゃんと席にいないと
駄目だろう」

21 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その2 2/6 投稿日: 2006/05/01() 00:54:06

「や、やかましい、アノレカードみたいなこと言うな! そ、そうだ、そんなことより」
 なんかハンカチにくるまったものをジュストの前に突きつけた。
「おまえ、こ、これはどういうことだ!? 説明しろ! 違う、もとに戻せてめえ!」
「……ほう?」
 やにわにぱっちり目を開いて、興味しんしんでかがみ込むジュスト。
 机の上にはちんまりと、きれいなリ○ちゃんサイズのお人形さんがひとつ。
 っていうか、ひとり。
 自分のだったハンカチとネクタイを体に巻きつけて(ラノレフはハンカチ持ってなかった)、
肩といっしょに、黒いコウモリの翼をたらんとたらしている。
 しかも、耳までくっついていた。
 さっきは動転のあまり気がつかなかったが、よくよく見れば銀髪のちっちゃな頭には、ネコか
キツネみたいなふっかふかの毛の生えた、三角形の大きな耳が一対。
 これもまた、持ち主の眉といっしょにぺしょんへにょんといかにも困った風に垂れているのが
一体それはどこの萌えキャラかという絵面で、それはもう、まさにこう、ああもう本当にどうして
くれようという風情だ。
「……ジュスト」
 その思わずうりうりしたくなるような萌えキャラが、いかにも困った様子で目を伏せながら、
「なぜだかわからないが、身体が……その、これでは、制服が着られない」
 いやそこ困るところと違う。
 全力でツッこんだラノレフを横に置いて、ジュストの瞳がらんらんと光りはじめる。
「これは──なかなか、興味深い現象だな」
「……言うべきことはそれだけか」
 ばきぼき指を鳴らしながらラノレフ。
 ジュストはぜんぜん気にしなかった。
「ほかのクラスメイトはどうなった? 縮小結果が出たのはアノレカードだけか。羽まで生えるとは、
まったく予想もしていなかった。もしかして人外の血とか混じってないか、おま」

22 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その2 3/6 投稿日: 2006/05/01() 00:55:26

 ごん。
 ラノレフの拳が後頭部に炸裂した。
 口をとがらせてジュストは頭を押さえてラルフを見上げた。
「痛いじゃないか。何するんだ、ラノレフ」
「痛いじゃないかじゃねえだろ!」
 脳天から血を噴きそうな勢いでラノレフはどなった。いろんな意味でもう死にそうだ。
「もともと、おまえが持ってきたっていうあの謎のクスリが元なのはわかってんだ! とっとと
こいつをもとに戻しやがれ、さもないと」
 さもないとこっちがどうにかなりそうだ、というのをどうにか押さえ込む。
 なにしろ、アノレカードは裸なのだった。全裸。
 サイズは小さい(し、なんか羽根も生えてる)が、すっぱだか。
 基本ほっそりした半裸の銀髪美形、プラス、コウモリの羽にケモノ耳。
 しかもそこへ、薄いハンカチと細いネクタイで肌をおおっているだけなので、基本的に体の線
とか丸見え。
 布地と布地ののすき間から、白い首とか足とか胸とかお腹とかへそとかうなじとか、さらに
そことか、こことか、あそことかちらちら見えて、目のやり場に困る。物凄く。
 正直いって、正視したら発狂モノだ。
 チラリズム万歳。
 いやそうじゃなくて。
「人外……」
 アノレカードは哀しそうにうつむいてしまった。
 ラノレフはハッとする。
 実をいうと、アノレカードは理事長の息子なのだが、その理事長というのはとかく噂の多い
人物なのだった。

23 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その2 4/6 投稿日: 2006/05/01() 00:56:26

 あんまり生徒の前に姿をあらわさないのでくわしいことはわからないのだが、なんか数百年
生きてるとか、理事長室に飾ってある代々の肖像画が学園創立以来変わってないとか、夜は
コウモリになって散歩するのが日課だとか、理事長に忠誠を誓ってる校長はガイコツで実は死神
だとか、なんとか。
 最後のひとつは誰でも知ってる事実なので、別に今さら言われるまでもないが。
 そもそもそんなことが事実としてまかりとおってるあたりで気づくべきだが生徒も。
 まあそれはともかく。
「バ、バカ野郎! アノレカードがそんなことあるわけないだろう! 万が一そうでも……俺は……」
 ──俺は、アノレカードのこと。
 ええと、何言ってんだ俺。
 いそいで口をつぐんで、とにかく、と言葉を続ける。
「と、とにかく、早くこいつをもとに戻せ。できるんだろうが、おまえが作ったクスリなんだから」
「待て待て。まずはよく調べてからでないとな」
 とじっくり腰を落ちつけながら、ジュスト。
「とりあえずは服、いやハンカチか、を脱いでくれ。じっくり見てみた」
 ばきゃ。
 めきょ。
「何するんだ痛いだろうが」
 顔面めり込んだデスクから顔を引き抜いてジュストが文句を言う。「しかも二回も」
「やかましい!」
 青筋立ててラノレフはわめく。
 自分だってまだアノレカードの肌は見てないのに。
 いやちょっとだけ見たけど。見たいけど。
 だからと言って変態マッドサイエンティストに先を越される気はぜんぜんまったく針の先ほどもない。
 たとえアノレカードをもとに戻すのが目的でも、そこは絶対に。男として。
「とととととにかくおまえはアノレカードに触るな。いやむしろ寄るな。半径一メートル、いや、
三メートル以内に近づくな。そこからだったら接触を許可する」

24 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その2 5/6 投稿日: 2006/05/01() 00:57:29

「無茶言うなあ」
 ぶつぶつ言いながらもずりずりと移動するジュスト。
 結局、ラノレフの手のひらで具合悪そうにちょこんとしているアノレカードを、教室の反対側の
はしから拡大鏡のお化けみたいなゴーグルをつけて観察するジュスト、という妙な絵面が成立する
ことになった。
「うーん」
 なんだかよくわからないダイヤルとかボタンとか操作しながら、ジュストが唸る。
「どうもよくわからないな。あの差し入れのクスリは本当にただの強精剤のつもりで、特にこれと
いったものは入れていないはずなんだが」
 ものすごく疑わしい。
「本当か?」
「……まあ少なくとも、こういう結果になるような成分は入れなかったはずだ」
 その『少なくとも』というのは何だ、と言いそうになったが、怖いので訊かない。
「じゃあどういう結果になるつもりだったんだ。まさかまた、人体実験」
 ジュストはムッとした顔になる。
「失敬な。これでも科学者だ、害はないようにちゃんと前もって実験はしたぞ。マクシームで」
 マクシームかい。
「その時はまったく問題はなかったが、……そういえば、作っている最中に思いついて配合を
変えたかもしれないな。あと、気分でいくつか成分を増やしたか、入れ替えたかも」
 気分でそんなことすんなよ。実験の意味ないだろうが。
「じゃあ、そのアノレカードの飲んだクスリの成分がわかればもとに戻せるかもしれないんだな」
 またぶん殴りそうになる手をかろうじてぐぐぐと押さえながら、ラノレフ。
「で、その配合は。メモくらい作ってあるんだろう」
「わからん」
「……なに?」
「正直、まったくその時のノリで作ったら、たくさんできてしまって始末に困ったんでな」
 やれやれ、と外人さん風に肩をすくめるジュスト。

25 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その2 6/6 投稿日: 2006/05/01() 00:58:43

「それであちこちの教室に配ってみたんだが。ノリの違うときにできた配合で、もしかしたら、
ビンごとに割合の違うのがあるかもしれない。ああ、そうだな、詰めるときに古いビンを
洗わないで使ったのもあったから、前に作った別のクスリが混入したのもあったかも……」
「……あほかあああああああああ!」

 ずがどきゃがしゃああああ!!!

「ラ、ラノレフ……」
「構うな、アノレカード。このアホには死すら生ぬるい」
 吹っ飛んで黒板にめりこんで動かなくなったジュストに、アノレカードがおそるおそる首をのばす。
 渾身の一発を振りぬいて、ラノレフは肩ではーはー息をしていた。
「……それはたぶん私のセリフではないかと思うのだが」
「知るか。こいつもこれくらいで死ぬようなタマか、仮にもベノレモンドだぞ。おい、そこのマッド」
 うーんめきょめきょ、とよくわからない返事が(たぶん)返ってきた。
「とにかくなんでもいいからこいつをもとに戻せ。こいつに呑ませた配合を思い出すかひねり出す
か新たに開発するか、どうでもいいが、とにかくなんとかしろ。でなきゃ永遠にそこで埋まってろ。
できないとか抜かしたら、出てくるたびにもっかい埋め直してやるから、そう思え」
『じゃあとにかく〜血液サンプルと〜体組織のサンプル〜』
 地獄の底から響いてくるような声がした。
 ばきょっ、と音をたてて、ジュストが黒板から這いだしてきた。
『そうすれば〜分析にかけて〜クスリの成分が〜もしかしたら〜』
「よっ、寄るなあっ! 目光らして血だらだら垂らして迫ってくるなああ! っていうか、なんだその
後ろ手に隠したでかい注射器とメスと拘束バンドはあっっ!」
『だいじょうぶ〜ちょっと500ccほど採血するだけだから〜それから〜……』
 ぎら、とメスが光った。
 血まみれの顔でにたあ、とマッドサイエンティストが笑った。

 ……いつも平和なドラキュラ学園に、ふたたび、すんごい大音響が響きわたった。