おやゆび貴公子inドラキュラ学園その3
43 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その3 1/7 投稿日: 2006/06/20(火) 20:59:41
その男はただ立ちつくし、脂汗をかいていた。
それはもうだらだらと。
ガマの油もはだしで遁走するような勢いで。
「ままー、あのおにいちゃんなにしてるのー」
「しっ、見ちゃいけません」
善良な一市民の親子がこそこそと囁きながら後ろを通りすぎていく。
「……ラノレフ」
胸ポケットから涼しい声がした。
「どうもここにある服は、すべて女物のように見えるのだが」
やかましい。
そんなもん俺だって見ればわかる。
心の叫びは声にならず、むなしく胸中にこだまする。
そう。ここは着せ替え人形売り場@おもちゃ屋。
魔性の学生マッドサイエンティスト、2−Aジュスト・ベノレモンドの悪魔の実験により(※ラノレフの主観)、
なぜかコウモリ羽にケモノ耳つきの萌えキャラお人形サイズになってしまった私立ドラキュラ学園高校2−B
ぽややん王子アノレカード。
同じく2−Bのいちおう学園総番であり、かつ、アノレカードにほ(ryているラノレフ・C・ベノレモンドは、
とりあえず不埒なマッドサイエンティストにヤキをい、訂正、正義の鉄槌をくだし(たがまったく効果は
なく)、どうにかこうにか、迫り来る狂気の科学者の魔の手からアノレカードを救い出した(※再びラノレフの
主観)。
のだが。
44 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その3 2/7 投稿日: 2006/06/20(火) 21:01:09
「ままー、あのおにいちゃんおにんぎょうとおはなししてるー」
「しっ見ちゃいけません」
ラノレフの額をまたもやたらりと汗が流れ落ちる。
お人形サイズのアノレカードを連れてどうにか学園を脱出してきたものの、まず困ったのは服のことだった。
とりあえずハンカチとネクタイで肌は隠させてはいるものの、いつまでもそんなかっこうをさせているわけ
にもいかず、っていうかチラリズムを楽しむのもいいがあんまりその、長引くといろいろ具合の悪いことが
うんぬん。
だって小さいし。
したくてもできないし。
その、いろいろと。
そういうわけで何かアノレカードに着せる服を手に入れよう、人形サイズだから着せ替え人形の服ならなんとか
なるだろうと、近場のおもちゃ屋へ足を踏みいれてみたのだが。
忘れていた。
着せ替え人形というのは、ふつう女の子の遊ぶものだった。
ということは、お洋服のバリエーションはだいたい女の子服にかたよっているわけで。
「ままー、あのおにいちゃんり○ちゃんのふくもって(ry」
「しっ見ちゃいけませ(ry」
「ラノレフ」
ちょん、と胸ポケットから頭を出したアノレカードが首をかしげる。
いっしょにケモノ耳が可愛くぴこぴこするあたり、芸が細かい。
45 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その3 3/7 投稿日: 2006/06/20(火) 21:01:43
「その『はりきり☆メイドさんセット』というのは、男性向けなのか? 黒いのはいいが、どうもそれは
スカートのように見えるのだが」
まあある意味男性向けかもしれない。
「なっ、ばっ! 馬鹿っ、違っ……!」
なぜか手に持っていたキラキラの箱をあわてて棚にもどすラノレフ。ドラキュラ学園最強の男、向こう傷アリ
のいかつい顔が血を噴きそうになっている。
実はわりと純情なのだった。
だがしかし、なまじアノレカードが女でもそういないというレベノレの美形で、しかも細いおかげで、ここに
あるどの服でも着ればそれなりに、というよりそれは綺麗に着こなせる姿が容易に想像できてしまって恐ろしい。
「『シンデレラパーティセット』、『てきぱき☆ナースさん』、『ストリートダンス・ガーノレ』、『キャリア
アップ!オフィスレディ』……」
商品名を一つ一つ読み上げていくアノレカード。わりと楽しそうだ。
「その『ストリートダンス・ガーノレ』とかいうのなら、レザーパンツだからいいのではないか。上下セットに
なっているし」
「却下」
言下に答えるラノレフ。
別にレザー調のボトムスはいいのだ。だが問題は付属のトップスが。
へそ出し。
ほとんど胸だけしか隠してないようなギリギリのチューブトップ。加えて、拘束具みたいなジャラジャラの
チェーンアクセに、タトゥシーノレがたくさん。
ついでに言えばパンツもめちゃめちゃ細くて、着たらきっと脚の線が丸見えになる。
とどめに、首輪みたいなレザーのチョーカー。
もちろん、着たら似合う。めっちゃ似合う。
というより是非着せてみたい。
特に首輪。
いやちょっと待て俺。
46 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その3 4/7 投稿日: 2006/06/20(火) 21:02:16
……ええと、とにかくそんなん身につけさせたら、もうこれはチラリズムとかいう次元のレベノレで
なくなってくる。というか、きっぱり変態だそれは。
なにもできないのに。
──キス一つ、してやれないのに。
「ちょっと君」
がし、といきなり肩をつかまれた。
あ? と振り向いてみると、そこには警備員のおじさんが、ちょっとひきつり気味の作り笑顔を浮かべて、
立っていた。
「君、高校生かね? こんなところで何してるのかな。さっきからずっと立って、ぶつぶつ言ってるみたい
だけど」
どうやら一般市民から通報が行ったらしい。そりゃそうだ。
顔に向こう傷のあるごっつい男子高校生が、きらきらファンシーな少女の世界のり○ちゃんワーノレドに立ち
つくしたまま、長時間ぶつぶつ独り言など言ってたら、このご時世まあ普通はおまわりさんを呼ばれるだろう。
「あ、いや、その……俺は」
「騒がせてすまないが、それは違う」
ひょい、と頭を出してアノレカードが口をはさんだ。
胸ポケットから。
ラノレフは狼狽した。
それもう、物凄く。
「あっ、ちょっ、馬鹿っ、おまえ……!」
「ラノレフは私の服を見つくろっていてくれただけだ。彼は、何も悪いことはしていない」
ぽややん王子様は蒼い目を見張って、涼しい声で言い切った。
ふかふかのケモノ耳がぴこ、と動く。
47 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その3 5/7 投稿日: 2006/06/20(火) 21:03:41
警備員のおじさんの目が大きくなった。
そりゃもう裂けんばかりに。
「な、な、なに、人形がしゃしゃ、しゃべ……!」
「ちっ、くそっ!」
その場であわあわ言って腰をぬかしたおじさんを押しのけて、ラノレフは店外へダッシュする。仕事熱心な
おじさんに合掌。
「なぜ逃げる、ラノレフ」
胸ポケットの縁にきゅっとつかまっているアノレカードは不思議そうな顔で、
「私は、何か間違ったことを言ったか」
「やかましい、黙って中にもぐってろ!」
ちっちゃな銀色の頭をぐいっと中へ押し込む。
他人がそばにいるときは隠れてろ、と言っておかなかったことを後悔しながら、ラノレフは脱兎の勢いで
おもちゃ屋をあとにした。
というわけで夜になって、やっと部屋(※ドラキュラ学園近くの学生専用アパート、通称『ドラキュラ荘』。
その二階、ラノレフの部屋、ということにしといてください)に戻ってきたのはいいのだが。
そして、とりあえず服が一着は手に入ったのはいいのだが。
「…………………────────………………………。」
「妙な顔をしているな。何か問題があるか?」
48 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その3 6/7 投稿日: 2006/06/20(火) 21:04:35
いや。
問題というか、その。
「着方はおかしくないと思うのだが……これの持ち方でも間違っているか? ぬいぐるみというのは、確か、
こうやって持つものだと聞いている」
「…………いや、間違ってない。間違ってない、間違ってないから、その、くまさんを頭の上に乗せるのは
やめろ…………」
アノレカードはことん、と首をかしげて、頭にのっけたくまさんのぬいぐるみ(ミニサイズ)を降ろして、
腕にかかえなおした。
そう。
おもちゃ屋を脱出してきたときにたまたまラノレフが握りしめていたのは、『ときめき☆ナイティセット』
なる代物だった。
内容はパジャマの上下ともこもこのスリッパ、枕、クッションその他と、偶然手にしていたにしてはなかなか
実用的なものが入っていた。
……フリフリのネグリジェとか、透け透けのキャミソーノレとか、レースのブラとショーツとか、どうにも
非実用というかアレなものもまあ容赦なく入っていたわけだが。
というか実用的なものに関しても、なんというか。
「イチゴの……イチゴのプリントのパジャマ……」
「イチゴがどうかしたか?」
尋ねるな。
っていうか、耳ぴこぴこさせながらくまさん抱っこして首かしげるな。
頼むから。
額を押さえて深いため息をつく学園総番に、アノレカードはもこもこスリッパをはいた足をぶらぶらさせて、
また不思議そうに首をかしげた。
49 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その3 7/7 投稿日: 2006/06/20(火) 21:05:05
ちっちゃなそのお人形サイズの身にまとっているのは、ファンシーなイチゴのプリント模様の、長袖の
パジャマセットだった。
考えてみれば女の子向けの服なのだから、パジャマとはいえ女の子向けの模様であって当然なわけで、
ならばイチゴプリントは定番ではないかというのも当然なのだが。
それをよりにもよってちっちゃい身体にふわふわ銀髪ケモノ耳の今のアノレカードが着て、しかも律儀に
付属のくまさんぬいぐるみまできゅっと腕に抱っこした姿で、ティッシュペーパーの箱に腰かけて、足を
ぶらぶらさせている。
犯罪だ。いろんな意味で。
……犯罪といえば、飛びだしてきたはずみで代金を払い忘れた。
とりあえずもう箱は開けてしまった上に、アノレカードの背中のコウモリ羽を出すためにカッターでパジャマ
に穴を開けてあるので、もう返品もきかないだろう。
なにより、あの店へは二度と足を踏みいれられそうにない。
(明日、マリアにでも頼んで金払いに行ってもらうか……)
『いいわ、じゃあ今度スケノレトンボーイ屋の激辛特盛りカレー、ラノレフの奢りね!』
元気よく答えられる顔がリアノレに想像できて、ますます沈んだ。
いや、それ以前に、そもそもなんでそんなところにいたのか、そして、『ときめき☆ナイティセット』の
使用目的を尋ねられたら、どう返事すればいいのだろう。
──頭痛がいたい……。
「………………?」
自分で買い物をしたこともないぼんぼん育ちのアノレカードは、何をラノレフがそんなにがっくりしているのか
よくわかっていない様子で、ただ少し眉根を寄せて、口もとを隠すようにくまさんぬいぐるみに顔を埋めた。
50 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その3 8/7 投稿日: 2006/06/20(火) 21:05:52
と、そこへ、ぴんぽーん、と来客のチャイムが。
疲れきったラノレフが無視していると、いつまでもぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽーん、と鳴りつづける。
やかましい、殺すぞきさま、といいかげんキレたラノレフが怒鳴りつけそうになったとたん、タイミングを合
わせたように女の子の声が。
『ラノレフ君、いるんでしょ? あたしよ、B組のリディー』
は? リディー?
誰だっけ、と考えて、ああ、あのマッドの幼なじみか、と思いあたった。
確かジュストとマクシームとは幼稚園時代からの同級で、かのマッドサイエンティストに唯一言うことを
聞かせられる、ある意味で世界最強の女子だと聞いている。
『ちょっと開けてよ。アノレカード君の服、持ってきてあげたから』
服?
ラノレフは急いでドアに走る。
開けると、胸に小さな紙袋をかかえたリディーが、にっこり笑っていた。