おやゆび貴公子inドラキュラ学園その4

 

51 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その4 1/7 投稿日: 2006/06/22() 19:19:09

「ああ、やっぱりいたわね。ジュストが反応はドラキュラ荘のほうへ行ったって言うから、必ずここにいるとは
思ったけど」
「──待て。『反応は』というのはどういう意味だ。あのマッド、まさかまだ」
「あら、聞いてなかったの? 彼、あなたのどこだかに発信器仕込んでおいたから、それ追いかけていけば
大丈夫だとか言ってたけど」
 と、見せたのは手のひらほどのGPS。
 なんか赤い光の点がぴこーんぴこーんしている。
 場所はまさしく、ここ。
 ラルフはあわててその場で全身ばたばたと叩きまくり、結局、首筋の後ろにいつのまにか貼りつけられていた
米粒ほどの発信器を発見した。
 ……マッドサイエンティストおそるべし。

「で、アルカード君の服のことなんだけど」
 青筋を立てて発信器をひねりつぶすラルフをよそに、リディーはがさごそと紙袋をさぐる。
「私の服?」
 すい、とパジャマ姿のアルカードがコウモリ羽で空中をすべってきた。
「あ、こら、おい」
「あらあ、可愛いじゃないアルカード君」
 反射的に隠そうとするラルフを無視して、リディーは喜々としてアルカードを手にのせる。
「もっと凄いことになってるのかと思ったけど、いい感じだわ。まったく、うちのバカジュストが、ごめんね?
 あたし、ちゃんとお説教しておいたから、できるだけ早くなんとかするようにさせるわ。とりあえず、はいこれ」
 と紙袋ごとラルフに渡した。

「シャツとかズボンとか、今手元にあるやつで、着られそうなの一式入れておいたわ。羽も出せるように、
背中にホック式の穴あけておいたし。サイズは合ってると思うけど、合わなかったら直すから。そのイチゴ
プリントも捨てがたいけど、なんかこう、あたしの美意識的にちょっとなあ、って感じだし」

52 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その4 2/7 投稿日: 2006/06/22() 19:19:40

「おい、これ、自分で作ったのか?」
 袋を開けてみて、ずらずらと出てきた小さな服の豪華さにラルフは唖然とする。
 確かに男性ものではある。
 あるのだが、白いシャツにはフリルの襞襟、金色のブレードで飾ったゴシックな黒ずくめの上下に、
ベルベットのヴェストにマント、ロングブーツ、ずしりとした長剣まで揃っている。どこのファンタジー
の王子様かというセットだ。
「素敵でしょ? うちのサイトでも一番の人気商品ばっかりよ。ほんとなら万単位で売るところだけど、
お詫びがわりにタダにする。それに、前からあたし、アルカード君にはゴスの王子様の格好してみせて欲しかった
のよねえ」
 と夢見るように手を組むリディーに、ラルフは茫然と、
「サイトって……」
「あら、知らない? あたしこれでも、ドール服のジャンルじゃ有名なのよ。ネットでドール服のオーダー
メイドやってるんだけど、注文に追いつかないくらい」
 ……手芸部にいることは知っていたが、まさかそんな副業までしているとは。
 そこまで考えて、はたと気づいた。
「そういえば、どうやって今のアルカードのサイズがわかったんだ。まさか、また」
「そうよ? 当然でしょ。ジュストは『実験体のスリーサイズくらい、一目で見抜けなくて科学者を名乗れる
か』って豪語してたわ」

 ──あのマッド、やっぱり殺っとくべきだったか。

 俺だってアルカードのスリーサイズなんて知らないのに。
 歯ぎしりするラルフを横目に、アルカードは興味津々のようすで剣を引き抜いた。
 これもまたえらく凝った造りで、指ほどの長さのくせにちゃんと赤い革製の鞘がつき、柄には細かい装飾が
きちんと施されている。
 服についていた紙のタグの一枚を放りあげて、アルカードは目にも止まらぬスピードで剣をふるった。一瞬のうち
に寸断された紙きれが、白い吹雪となって舞う。
 ラルフは思わず、ちょっと引いた。

53 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その4 3/7 投稿日: 2006/06/22() 19:20:11

「お、おい、本当に切れるのか!?
「当然でしょ。ウチのブランドは、何より本格派を売り物にしてるんだから」
 リディーがぷんとふくれて、指を振る。
「柄は模型部の子にデザイン型取りしてダイキャストで作ってもらったし、刃の部分はちゃんと鋼から削り
だして研ぎも入れてあるわよ。遊びは真剣にやらなきゃね」
 ……開いた口がふさがらない。
 銃刀法違反とか、いいのかそれ。
「いい切れ味だ。気に入った」
 アルカードは立てた剣の先をまぶしそうに見つめている。
「もう、駄目よお、アルカード君。そういう時は、『またつまらぬものを斬ってしまった』って言わなきゃ」
「そういうものなのか?」
「そういうものなの。お約束なんだから」
「わかった。では次から、そうしよう」
 ……何かまた、妙なことを吹きこまれたようだ。

「じゃあね。また何か、いい服ができたら持ってくるわ。着替えももっと必要だろうし」
 帰り際にリディーは喜々として言った。
「素敵なモデルができて嬉しいわあ。どのドールより綺麗だし、やっぱり自分で着替えしてくれるのが魅力
よね。いちいちこっちで着替えさせなくていいんだもん。あ、次はイタリアの貴公子風を考えてるから。
それとも、中国の皇帝風とか? チェーザレ・ボルジアとかどうかしら、別にルクレツィアのほうでも
いいけど」
「……どうでもいいが、おまえ、今のアルカードを見て何も感じないのか?」
 もはや言い争いをする気もなくして、ラルフはケモノ耳コウモリ羽お人形サイズのアルカードを指してみる。
 リディーは肩をすくめただけだった。
「こんなくらいでびっくりしてるようじゃ、あの二人の幼なじみなんて勤まらないわよ」
 そりゃそうだ。

54 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その4 4/7 投稿日: 2006/06/22() 19:21:09

 とりあえず、コンビニ弁当を二人で分け合って食事をすまし(とはいえ、アルカードにとってはごはん二、三粒
でおにぎり一個分くらいの大きさなので、『分け合う』というのはちょっと語弊があるかもしれない)寝る
時間になった。
 カラーボックスの中身を一段分放りだして空間を作り、バスタオルやハンドタオルその他をたたんで重ねて、
ベッドの代わりにしてみる。
 アルカードはぱたぱたとコウモリ羽で室内を飛びまわってめずらしそうにラルフの部屋を見てまわり、最後にちょん
と、用意してもらった即席ベッドの上に落ちついた。
「なんか楽しそうだな。よそで泊まるの、はじめてか」
 アルカードはこっくりとうなずいた。
「中等部の時の修学旅行は行かせてもらえなかった。テロの可能性があるとかで」
 おい。俺は行ったぞ普通に。
「それに、誰かのいる部屋で寝るのも久しぶりだ。母が死んで以来、だと思う」
「……いないのか? その」
 ちょっと言葉につまって、
「おまえの、母ちゃん」
 アルカードの父のドラキュラ学園理事長は愛妻家としても知られているのだが、七、八年ほど前からほとんど姿を
人前に表さなくなってきているのである。
 アルカードはまた、こっくりとうなずいた。
「私が十歳の時に、病気で死んだ」
 ラルフは一瞬言葉につまった。
 あっさりした返事に、どれだけの悲しみがつまっているか、感じた気がしたのだった。

「それ以来、私は誰かといっしょの部屋で寝たことがない。
 ──それに、父は私を避けている」
 くまさんぬいぐるみを抱きかかえて、アルカードはわずかに目を伏せる。
「きっと、母に似ている私を見ると、死んだ母を思い出して辛いのだと思う。
 だから、あまり顔を合わせないほうがいいのだ。身の回りの世話は周囲のものがしてくれるが、用がすんだ
ら、みんな出て行ってしまう」

55 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その4 5/7 投稿日: 2006/06/22() 19:21:52

 きゅっとぬいぐるみを抱き寄せて、ちっちゃな即席ベッドの上で、アルカードは見えないものから身を守るよう
に、身を縮めた。
「だから、同じ部屋にだれかがいるということは、とても、嬉しい」
「そうか」
 ラルフは思わず手をのばして、ふかふかの耳と銀髪を指先で撫でてやった。
「なら、安心して寝ろ。俺はいびきをかくかもしれんが、うるさかったら遠慮なく起こせよ。別に、気には
しないからな」
 アルカードは微笑んだ。
 まるで花が開くように、それは綺麗な顔で。
「……ありがとう。そうする」


 夜中に、ラルフはふと目を覚ました。
 同じ屋根の下に(お人形サイズとはいえ)アルカードがいる、と思うとなかなか眠れず、何度も寝返りをうって
いたのだが、いつのまにかうとうとしていたらしい。
 やれやれ、と反対側へ顔を向けなおして、いきなり、ふわふわの銀髪にくるまれた、ちっちゃな芸術品の
ようなケモノ耳つき寝顔の超アップに遭遇した。
『…………………………!!!!』
 夜中に大声をあげそうになったのを、口を押さえてあやうく阻止する。
(ア、ア、ア、アルカード!?
 いつのまにか、アルカードが毛布がわりのハンドタオルにくるまって、ラルフの枕の上で眠っていた。
 背中の羽がじゃまであおむけにはなれないので、横向きで猫のように丸くなり、くまさんぬいぐるみを
きゅっと抱きしめて、すやすや寝息を立てている。
 反射的に頭をあげようとしたとたん、つんっ、と髪を引っぱられた。
「てっ……!?

56 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その4 6/7 投稿日: 2006/06/22() 19:22:33

 くまさんを抱きしめた手のもう片方が、ラルフの髪を一房しっかりにぎりしめていた。
 ラルフが動いたことにも気がつかない様子で、アルカードは安心しきったように、くまさんとラルフの髪を持って、
くーくーと眠りつづけている。
 白い頬をぴったり寄せているぬいぐるみをよく見ると、くまさんの顔にはいつのまにか、マジックで怒り
眉毛と、左目をかすめる向こう傷が付け足されていた。
 ──なんだか、だれかに似ている。

「……クマかよ、俺は」
 思わず、苦笑がもれた。
 なんだかよくわからない薬でなんだかよくわからない事態になって、これから先も、どうなるのやらさっぱり
なのだけれど。
 もとに戻す方法も、まだわからないけど。
 何も、できないけど。
 ──何も、してやれないけど。

 別にそんな必要もないのにおそるおそるあたりを見回してから、ラルフは身をかがめた。
 小さな小さな銀色の頭の、そのふわふわのやわらかな髪に、そっと、本当にそっと、軽く唇をふれる。
「……ん」
 アルカードがわずかに身じろぎして、くまさんに頬をすり寄せる。
 ふかふかの耳がぱた、と動いた。
 ほんのり赤い唇が、少しだけ笑っているようだった。

57 名前: おやゆび貴公子inドラキュラ学園その4 7/7 投稿日: 2006/06/22() 19:23:19



 さてそのころドラキュラ学園理事長ヴラド・ツェペシュ宅では。
「うおおおおおおおおおおお! 息子よ! いったいどこへ行ってしまったのだ! 息子よ! わーがー
むーすーこーよ──!!!」
「落ちついてくだされ我が主、じゃなくて理事長。現在、配下の者を総動員してアルカード様の行方をお捜し
申しあげているところでございます」
(聞いてない)「もういっしょにお風呂入ろうとか言わないから! パパといっしょにねんねしようとかも
もう言わないから────! 余計なこと言ったヘクターは追い出したから────! あんまりおまえが意地
をはるので、父はかわいくちょっと拗ねてみただけなのだ! 帰っておいでむーすーこーよ────!」
「……恐れながら、たぶんヘクターは世間並みの常識を御子息にお教えしようとしただけかと……あ、いやその
げふんげふ(ry
 それはともかく、アルカード様が最後に教室をお出になられたとき、すぐあとからあの、アルカード様悪い虫ランク
SSSの、ラルフ・C・ベルモンドがすぐに教室を出たと報告が入っております。ベルモンドはすぐあとに学園を出た
ようで、近場の玩具店で、警備員とトラブルを起こしたとの未確認情報もまた」
「なにベルモンド? 許せん! またあの一族めが余の計画を邪魔しようとしているというのか!? おのれ、この
魔王ドラキュラの父と子のラブラブ生活を邪魔しようとは、どこまでも不埒な人間め! 殺す! 絶対に殺おおお
す!」
「…………我が主…………(どうしようコレ)…………」
「殺──────おおおおおおおす!」

 ……なんだか前途はものすごく多難なようだった。



 またいつか、つづく。