おやゆび貴公子inドラキュラ学園その5
60 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その5 1/6 投稿日: 2007/02/14(水) 01:10:05
まず板チョコを削って細かくする。
それをボールに入れて、一回り大きい器に入れたお湯に浮かべて溶かす。
溶けたら生クリーム、やわらかくしたバター、卵黄、洋酒を入れて混ぜる。
よく混ざったら小さなアルミカップに分けて入れる。
上にアーモンドや小さな砂糖菓子を飾りにのせる。
しばらく冷蔵庫に入れて、固まったらできあがり。
のはずだったのだが。
「……なにやってんだ。お前」
「落ちた」
いやそれは見ればわかる。
しかし溶けたチョコの中に、腰までずっぽりはまりこんで動けなくなっているのはどういう
ことだ。
「――リディーが服を持ってきてくれたついでに、簡単なチョコレートの作り方を教えてくれた
ので……」
「それで作ろうとして、溶かして混ぜてるあいだに足すべらして落っこちたってか」
お湯を入れた洗面器で洗われながら、アルカードは無言でうつむいた。
流しには溶けたチョコがこびりついたボールと、へら代わりに使っていたらしい飯しゃもじ、
削ったチョコのかけら、飾りに使うつもりだったらしい銀色のつぶつぶや、アーモンドや金平糖
が散乱している。
そばには足場にしていたらしい、プラスチックのコップとタッパーが横倒しに。
その上に立ってへらでボールをかき混ぜているうちに、積み上げた足場が崩れてころげ落ちた
らしい。
黒い羽とケモノ耳が、ぺしょんへにょんと垂れ下がっているのは、濡れたせいばかりでもない
ようだ。
61 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その5 2/6 投稿日: 2007/02/14(水) 01:10:41
「お前な、自分の今のサイズを自覚してるか? 人間サイズの道具使うなんてことしたら、カナ
ブンがドラム缶で料理しようとするようなもんだぞ。よく溺れなかったな」
「……………………。」
ケモノ耳がますますぺしょんと垂れ下がる。
「…………明日はバレンタインデーだとリディーが言ったので」
「なに?」
「……………………なんでもない…………。」
チョコで固まった髪をごしごし洗われながら、アルカードはますます身を縮める。
ぷるぷるぱたたっ、と頭をふるうと、かすかにバニラの香りのお湯が飛び散る。
「……………………。」
なんとなくそのまま沈黙のうちに、チョコはみんな洗い落とされてしまった。
「……ちょっとそこで待ってろ」
バスローブ代わりのタオルでぐるぐる巻きにされて、年代物の電気ストーブ(※ユリウス先生
からのもらいもの)の前に座らせられる。ドライヤーなどという軟弱なシロモノは、ドラキュラ
学園総番の部屋には存在しないのだった。
ぺしょんと耳と羽を垂らして座り込んでいるあいだに、ラノレフはどこかへ出かけていき、しば
らくしてコンビニの袋をさげて戻ってきた。
袋の中には、森i永のチョコ○ビーがひとつ。
「ほれ」
一粒取り出して、アルカードの手に持たせ、その前であーんと口を開ける。
「……????」
「ほれ。何やってんだ。食わせろ」
ちょいちょい、と口を指さして、投げ込めと指図する。
アルカードは手の上の、自分にとっては手のひらいっぱいほどの大きさのチョコのかたまりと、
そばに肘をついて口を開けているラルフを交互に見比べる。
そして、えいっと放り込んだ。
食べさせるというより、ストーブに石炭を放り込んでるみたいだが。
62 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その5 3/6 投稿日: 2007/02/14(水) 01:11:26
「……美味いか」
「美味い」
たった一粒のチョコ○ビーをもごもごと溶かしながら、むすっとラルフ。
「ほれ、口開けろ。お返しだ」
一粒だと大きすぎたので、カッターで四分の一に割って、アルカードにもひとつ。
「美味いか」
「……美味い」
「それならいい」
ぶすっと言って、乾いてまたふわふわしてきた銀髪とケモノ耳を、ちょっぴり乱暴に撫でてやる。
「とにかく、あんまり無茶はするなよ。もとに戻る前に何かあったら、俺が目覚めが悪いからな。
学園にいられなくなっちまう」
「わかった。すまなかった」
……部屋に入ってきたとき、チョコまみれで唖然と立ちつくしているアルカードを見て、心臓
が止まりそうになったことは言わずにおく。
固まったチョコが一瞬血に見えて、酷いケガをしたのか、と思ったから。
たぶん、そんなことを言えば、大きく見張った青い目を、黒い羽とふかふかの耳を、ますます
ぺしょんへにょんとさせてしまうだろうから。
63 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その5 4/6 投稿日: 2007/02/14(水) 01:11:57
「このボウルのチョコももったいないな。食えるんじゃないか? そこそこ」
「リディーに貰ったメモの通りにはしてあるが……」
とりあえず、リディーやアルカードはかのマッドサイエンティストのように、気分で怪しい
成分を増やしたりすることはなさそうなので、そこは安心だ。
ボウルの縁についたのを、指ですくってなめてみる。
「お。なかなかいけるな」
「そうか?」
小さな顔がぱっと輝いた。
ふかふかの耳もいっしょにぴんとはね上がる。
「ああ。けっこう美味いぞ。食ってみろ」
指でもうひとすくいして、口の前に持っていってやる。
アルカードは身を乗り出して膝をつき、ラルフの指に手をついて、チョコクリームをぺろりと
ひと舐め。
「本当だ。美味しい」
どうやら自分でも気に入ったらしく、そのまま小さな舌を出してぺろぺろ舐めている。
……舐められているうちに、ラルフのほうが、その、ちょっと具合が悪くなってきた。
「……? どうした、ラルフ」
ほとんどチョコを舐めてしまったアルカードが、不思議そうに顔を上げる。
「顔が赤い。そんなにたくさんブランデーを入れたつもりはないのだが」
「い、いや、その、な……」
嗚呼、良きかな若さ哀しきかな若さ。
自分の指に顔を寄せ、目を閉じて一心にぺろぺろチョコを舐めるアルカードの綺麗な顔と、
ちろちろ見えるピンクの舌、その濡れた感触に、思わず(自粛)が(略)になったことなど、
言えるわけがないのであった。
64 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その5 5/6 投稿日: 2007/02/14(水) 01:12:37
「と、とにかく残りは俺が手伝うから、使えるところはカップに入れてしまえ。せっかく作った
のに、捨てるのももったいないし」
そう、むしろ捨てるなんてとんでもない。
「そうだな。そうしよう」
すっかり元気になったアルカードがぱたぱた飛んでいく。
残されたラルフは自分の元気になった某所を隠しつつ、あらためて、現在きわめて妙な状況に
ある想い人の無敵の天然っぷり、および、世間のさまざまなこと特にすべての元凶であるマッド
サイエンティストに対して、声にならない呪いを捧げたのだった。
「ぶへっくしょい!!……む?」
今日もアヤシイ研究に邁進していた狂科学者は、いきなりのくしゃみに首をかしげた。
「この季節にクシャミとは……まだ花粉の飛散には早いはずだが。それともこの空間のイオン値
の変動が鼻腔内の気圧と反応して」
べきしゃ。
「あーもう、わけわかんないこと言ってないでとっととそこ片づけなさい」
後ろからリディーに張り倒された。
「まったくもう、どれだけ妙な騒ぎ起こしたら気がすむわけ、ジュスト? ……まあアルカード君
をあの姿にしたのはちょっとだけGJだけどね♪」
幼なじみも実はわりと酷いのだった。
65 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その5 6/6 投稿日: 2007/02/14(水) 01:13:13
そして夜更け、とある裏町の暗い路地に行き倒れている男がひとり。
(も……もう動けない……)
雇い主兼下宿先だったヴラド・ツェペシュ邸から追い出されて、はや一週間。
『我が息子を見つけてくるまで、我が家の敷居をまたぐことまかりならん!!』
とかなんとか言われて門から叩き出されたのであるが。
さて肝心のその若様の行き先が、どこへ消えたかまったく手がかりもつかめず。
(は、腹減った……)
わずかな持ち金も使い果たした今、残るはノラ猫さんたちの情けに頼ってゴミ箱をあさるか、
それともこの場で飢え死にするか。
二つに一つ。
(あ……死ぬかも)
くらあ、と回った目の前に、ゆらりと立ったのは天使か。
天使は上半身ハダカかどうか知らないけど。
ぴっちぴちの革パン履いてるのかどうかも知らないけど。
さらに全身タトゥ入れてるのかどうかもよく判らないけど。
(天使でもなんでもいいから……食い物……)
かっくん、と気を失った銀髪の男に、赤毛かつ半裸かつ全身タトゥというその男は、小脇に
かかえた「ケ○リン」の洗面器を持ち直して、しばし考えた。
顔を近づけてふんふんとにおいを嗅ぎ、またしばし。
気絶している男の顔をじいっと見つめ、またふんふんと鼻を鳴らし、ふいに、牙をむくように、
にたあと笑った。
ちょっとだけつづく。