おやゆび貴公子inドラキュラ学園その6

 

66 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その6 1/6 投稿日: 2007/02/15() 00:11:31

 ……何か、頭の下がやわらかい。
 明るいし。
 暖かいし。
「――ん?」
 ぱち、と目を開けてみると、知らない天井の下だった。
 とんとんとんとん、と音がする。
 何かがことこと煮える音もする。
 いい匂いがぷーんと漂ってくる。
「……あ、あれ? ここは……?」
 起きあがろうとして、またくらくらっと来た。
 思わずぽふんとまた枕の上に頭を落として、音のするほうを見てみた。

 上半身ハダカの人がいた。
 タトゥまみれだった。
 フリフリの白いエプロンをつけていた。
 その人が包丁を手にして何か作っていた。
 かいがいしく。

67 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その6 2/6 投稿日: 2007/02/15() 00:13:09

「………………! ………………!! ………………!!!!
 人間、相手を外見で差別してはいけないのはよくわかっている。
 だがしかしやっぱり、ピチピチ革パンいっちょの半裸野郎(タトゥいっぱい)がフリフリ
エプロンで、包丁を手にかいがいしく料理を作っていたりしたら、やっぱり大多数の人間は
引くと思うのだ。

「あ、ああああああああのっ!?

 ぴた。
 とんとん……、とネギを切っていた手が止まった。
 思わずすごい裏返った声を出してしまったことに、はっとして口を押さえる。
 やばい。
 怒らせたかもしれない。
 ……赤毛の半裸男がゆらありとこちらを向いた。
 右手には包丁。
 左手にネギ。
 ぱっつんの革パン。
 フリフリエプロン。
 そういう格好で無表情にじいっと見つめられる。
 後ろのコンロではことこと何かが煮えている。
 やばい。
 なんだかわからないけど超ヤバい。

68 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その6 3/6 投稿日: 2007/02/15() 00:14:00

「あ、あああああの俺……!?

 赤毛男は黙って包丁を置いてコンロの火を消し、お花模様のキルトの鍋つかみを出して、
煮えていた土鍋を持ちあげた。

 ちなみにキ○ィちゃんだった。>土鍋

「あ、あの……!?
 半裸の人はフリフリエプロンを揺らしながら無言で近づいてきて、土鍋の蓋を取ってずい、
と突きつけてきた。
 ――ほかほかの味噌ぞうすいだった。

「…………!!!

 気がついたときには猛然とかき込んでいた。
 口の中をやけどするのもかまっていられない。美味い。とにかく美味い。一週間ほとんど
何も食っていない胃袋に、栄養と温みがしみわたっていく。
「……はー……」
 からん、と箸とレンゲを放りだして、一息。
 びっくりするくらい美味かった。
 空腹というのをさっぴいても、少なくとも、全身タトゥの半裸のフリフリエプロン着た
兄ちゃんが作ったことを考えると想像もつかないくらいに。
 ……今気がついたけど、枕がキ○&ララだった。
 毛布はけろけろ○ろっぴだった。
 スリッパはマイ○ロディだった。

69 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その6 4/6 投稿日: 2007/02/15() 00:14:43

 えーと……サ○リオの社員?

 空っぽの土鍋と箸を持って、黙々と洗い桶に向かっている赤毛の兄ちゃんを見る。
 ……もしかしたらいい人なのかもしれない。
 タトゥだらけだけど。
 半裸だけど。
 ――フリフリエプロンだけど。
「あの……どうもありがとうございます」
 かちゃかちゃ、と食器のぶつかる音しかしないのが居心地悪くなってきて、おそるおそる
声をかけてみる。
「なんか、お礼言うの遅れてすいません。がっついちゃって、あの、俺、ヘクターって言う
んですけど、その、……」
 かっちゃん。
 キ○ィちゃん柄の土鍋が洗い桶に突っこまれた。

「あ……?」
 ずずい、と上に黒い影がかぶさってくる。
 きゅっと目尻の上がった目。細くてすっと通った鼻に、赤い髪。タトゥ。
 それからフリフリエプロン。
 そのきれいな顔が近々と寄せられた。
 くん、と匂いをかがれる。
 ヘクターは思わず後ずさりした。
 冷たい汗がたらりと伝う。

70 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その6 5/6 投稿日: 2007/02/15() 00:15:23

「……拾った物は俺のモノ」
「は、はッ、えぇっ!?
「拾った物は俺のモノ。俺のモノは俺のモノ。だからお前も俺のモノ」
「ちょ、ちょっと待って! いっ、いきなり何っ、うわあっ」
 すすすす、と横腹を何かがつたい上がってくる。
「うっ、うわあっ、やめろっ寄るな触るな乗るな脱ぐな! 脱がすな舐めるなくわえる、
そっ、そんっ、うわっ、うわわああああっ」


 ――――いやぁああああああああ…………


「……あ?」
 なにかどこかで誰かが叫んだような気がして、ラルフはぼんやり目を開けた。
 もちろん何も起こっていない。
 隣ではすっかりラルフの枕の半分を定位置にしたアルカードが、怒り眉毛と向こう傷つき
くまさんを抱っこして、すやすや寝息を立てている。
 ちなみにパジャマはいちごプリント。(気に入ってるらしい)
「……気のせいか」
 ちょっと甘いものを食べすぎたせいかもしれない。
 結局あれから二人してボウルのチョコを半分平らげ、残りはきらきら金平糖を飾って、
明日のおやつに冷蔵庫に大事にしまいこんだ。
 ふだん甘いものは好きではないけれど、この天然激ニブのアルカードが、自分のために
作ってくれたのだし。
 どういう意味を持って作ったのかについては、まだあまり確信が持てないけれど。

71 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その6 6/6 投稿日: 2007/02/15() 00:16:11

 ……指先をなめたピンクの舌を思い出すと、ちょっとまた具合が悪いことになりそうなので
やめておく。
 ただでさえ、隣からバニラとチョコのいい匂いが、まだほんのりと香ってくるのに。
「洗っても取れないんだもんなー」
 黒いケモノ耳をそっと撫でてやる。
 眠りながらアルカードはくすぐったそうに身動きし、ぴこぴこと耳を振る。
 他人が見たら目を疑いそうな笑顔で、ラルフはもう一度頭をくしゃくしゃしてやり、毛布
代わりのハンドタオルを引き上げてやって、また横になって目を閉じる。
 夜空に響いた誰かの悲鳴のことなど、そらもうカンペキに忘れ去って。


 ――数日後、ドラキュラ学園になんかいつも目の下にクマ作ってるような感じの、銀髪の
社会科講師がやってくることになるのだったが、もちろん、そんなことはまだ知らないラルフ
たちなのだった。


またいつか、つづく。