おやゆび貴公子inドラキュラ学園その7

 

73 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その7 1/9 投稿日: 2007/04/23() 01:52:18

「んー……ちょっと右手肩まで上げてくれる? そうそう。どう? きつくない? ひっかかる
感じとか」
「ない。快適だ。リディーはほんとうに裁縫が上手なのだな」
「……おい」
「あはは、ありがと。じゃ、これで縫っちゃうね。ブレードの色、金でよかった? こないだ
銀色の縁取りテープ見つけたから、髪の色にあわせてそれ使ってもいいよ」
「リディーに任せる。いつも感謝している。新しいシャツも、とても着心地がいい」
「……おい。あのな」
「ん、じゃあちょっと試しに使わせてもらおうかな。あーほんと、こう言っちゃうとなんだけど、
アノレカード君みたいに素敵なモデノレ使ってる人形モノなんていないわよねえ。なんかそう思うと
自慢したいみたいな感じ。もちろんしないけどねー、あはー」
「……話を聞けッそこの人形女!」

「ん?」
 片手にまち針、片手に裁断した布を掲げて振り返るリディー。
 その拍子に、リディーの陰にかくれていたアノレカードがけげんそうに顔を出す。
「なに? なんか言った、ラノレフ君」
「何を怒っているのだ、ラノレフ?」
「…………ッッ」
 だから何か着ろこっちを向くな何か履け脚を見せるな胸を隠せ。
 頭から湯気を噴きそうになって怒鳴りかけたラノレフは、たちまち言葉をのどに詰まらせて
後ろを向く。両耳から血を噴きそうだ。
 大変なことになりつつある某所からも。

74 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その7 2/9 投稿日: 2007/04/23() 01:53:15

 何しろ今はリディーによるアノレカードの新作衣装の採寸と仮縫いのまっ最中。
 採寸、ということはつまり身体のサイズをはかるということであって、つまりは衣服を
着ているわけにはいかないので、つまりすなわちそういうことで。

「…………???」
 不思議そうに首をかしげているアノレカード(お人形サイズ)の、しなやかな細い首筋がまぶたの
裏でちかちかする。
 もちろんリディーもうら若い乙女ではあるので、礼儀上アノレカードもすっぱだかというわけでは
なくて、タオノレハンカチを裁って作った簡単なガウンに、人形用のショーツをつけてはいるのだが。
 いくら人形サイズとはいえ、いろんなところに血の気が溢れまくるお年頃であるところのラノレフ
には刺激の強すぎる格好およびポーズが、机の上できゃっきゃと展開されるのを延々聞かされれば、
血管切れそうになるのも無理はないのである。
「……いや、もういい……もういいから、とりあえず、おまえ服着ろアノレカード。なんでもいいから
着ろ。肌を隠せ。頼むから」
 でないと某所がますます大変なことになりそうなのである。
 どっちにしろ、なにがどうなってもナニができるようなサイズではないというのに。

「あ、もうこんな時間なんだ?」
 裁縫セットを片付けながら、時計を見たリディーがあわてたように立ち上がった。
「じゃああたし、そろそろ帰るね。ジュストたちに夕ご飯作ってあげなきゃいけないし。アノレカード
君、新しい服、たぶん二週間くらいで仕上がると思うから、楽しみにしててね。あー、ほんとに
サイトに写真載せたいなー。アノレカード君にはお人形のふりして、ポーズとってもらって。ねえ
ラノレフ君、載せちゃダ」
「ダメだ」
 即答。

75 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その7 3/9 投稿日: 2007/04/23() 01:54:56

「ダメだ。ぜったいダメ。死んでもダメ。ダメだったらダメ」
「うー、わかったわよう。そんなに念押さなくてもいいじゃないー。だってこんなに綺麗なのに、
似合ってるのに、勿体ないよー? 世界的損失だと思うなー、あたし」
 だから綺麗だから勿体ないから他人なんぞに見せたくないんだ馬鹿者。
 という言葉がやっぱり喉で引っかかる。
 リディーは不満そうにほっぺたを膨らましている。
 いくら綺麗でもお人形サイズでも、アノレカードは一応もとは人間サイズの男子高校生だった
のである。
 それが学園マッドサイエンティストのよくわからん薬で縮んだだけであって、単なる綺麗な
お人形さんとは事情が違う。
 どうもリディーは美麗な上に、自分でちゃんとポーズを取ったり脱ぎ着をしてくれるモデノレを
手に入れて、喜んでいるように気が最近するのだが。
 マッドと変態の幼なじみは、やっぱりなんかどっかがおかしいのか。

「と、とりあえず、あのマッドにはとっととアノレカードを元に戻す方法を発見するなり開発する
なりしろと言っとけ。さすがにそろそろ病欠でごまかすのも苦しくなってきた。なんか校長と
理事長が、裏で動いてるとかいう噂も聞いてるし」
「あ、それあたしも聞いてる。廊下をぴょんぴょん飛び回って人突き倒してアノレカード君のこと
訊いてくるちっちゃい人とか、階段の上でガイコツみたいな蝙蝠がくりんくりん回ってよだれ
垂らしながら『あるかーどさまどこですかーどこですかーあるかーどさまー』って鳴いてたり
とか、授業中居眠りしてたら夢の中に死んだお母さんが出てきて『理事長のご子息はどこにいる
のです』って問い詰められた、とか」
 ……そういうことが日常的に起こる時点で普通は逃げると思うのだが。
 さすが混沌の産物ドラキュラ学園。通う生徒もただ者ではない。

76 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その7 4/9 投稿日: 2007/04/23() 01:55:44

「ま、とにかく、あたしもジュストにはきつく言っとくわ。なんとかしなくちゃいけないのは
本当だしね」
「世話をかける。よろしく頼む、リディー」
「いいのよぉ、アノレカード君は気にしなくって。もともと悪いのはジュストだし」
 律儀に頭を下げるアノレカードに、きゃらきゃらとリディーは笑って、
「あ、そうだ。これ、ラノレフ君にプレゼント。はい♪」
「プレゼントぉ?」
 どうもうさんくさい。
 また何か、あのマッドのろくでもない発明品ではなかろうか。
 そう思いながら、手渡された箱の蓋をおそるおそる開いてみる。
 中に入っていたのは、一体の……

「……俺?」
「ぴんっぽーん」
 とっても楽しそうに、リディーは「いえーい」のポーズをしてみせた。
「いいでしょ、それ。人形仲間の子に、素体からカスタムしてもらったのよー。アノレカード君の
衣装に並んでも違和感ないように、デザイン苦労したんだから。すごいでしょ」
「すごいって言うか、お前な」
「凄いな」
 ぱたたた、とコウモリ羽で飛んできたアノレカードが、箱の縁に肘をついて熱心にのぞき
込んできた。
「ラノレフそっくりだ。目鼻立ちも、顔の傷も、体つきも」
 薄紙にくるまれて入っている、がっちりした体格の男性人形の頬に小さい手をのばして、
感心したように撫でている。

77 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その7 5/9 投稿日: 2007/04/23() 01:56:34

 そう、それは一体のカスタムメイドのキャラクタードーノレ。
 某メーカーの、関節や腰回りが動く精巧な可動素体に、ラノレフ本人そっくりの顔を作って
(顔の向こう傷まできっちり再現して)くっつけてある。
 衣装は学生服ではなく、アノレカードが今着ているゴシックな服に合わせたような、クラシック
な長いコートと革の胴着にベノレトにブーツ、ベノレトには短剣やその他の小物が吊され、くるくると
巻いた革の鞭が腰の後ろに止められている。
「この衣装もリディーが作ったのか? ベノレトや剣や鞭まで、大変だっただろう」
「そーんなの。趣味は楽しいから趣味って言うのよ!」
 感心したようなアノレカードの褒め言葉に、元気にこぶしを握りしめるリディー。
「やっぱりね、お人形って服だけ着せても楽しみは半分なの。大事なのはシチュエーションよ、
シチュエーション! そのお洋服に似合うシチュエーション演出には、だれか相手になってくれる
人が必要なのよね」
「それで、なんで俺が人形になるんだ……?」
「あら。じゃ、他の人のほうがよかった? アノレカード君の相手」
 ……う。

「…………よくない…………。」
「そう、よかった。じゃ、これ、はい♪」
 きっちり箱を押しつけられてしまった。
「じゃあねー。また何か進展があったら連絡するから」
 ぱたん。
 リディーを送り出したドアが開いて閉じる。
 ラノレフは自分自身(の人形)が入った箱を持って、呆然としていた。

78 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その7 6/9 投稿日: 2007/04/23() 01:57:24



「……ラノレフ?」
「――………………。」
「ラノレフ。何を怒っているのだ」
「――別に何も怒ってねえよ」
「いや、怒っている。少なくとも機嫌が悪い。ほら、ここにシワが」
 ぱたたたた、といきなり間近に綺麗な小さい顔が上がってきて、指で額を撫でられた。
「寄っている」
 ラノレフは心臓が口から飛び出そうな思いで飛びすさった。
 アノレカードはぱたぱたとコウモリ羽をはばたかせながら、心配顔(あまり表情が変わらないので
わかりにくいが、よく見ると少し眉がへにょんと下がっている)をしている。

「何かリディーとの話で気に入らないことでもあったか?」
「……別に、何も怒ってないと言ってるだろうが」
 いや、ある。
 実はものすごくあるのだが、正確に言えばそれは会話にではなくて。
 箱から出されて、今はアノレカードがよく座っているティッシュの箱に並んで腰掛けさせられて
いる、小さな『ラノレフ』の人形。
 アノレカードと並ぶと頭一つ大きいのも、自分とそっくりだ。きりっとした彫りの深い顔立ち、
怒ったように結んだ唇、左半面の向こう傷と濃い青の強い眼光を放つ瞳。
 見れば見るほど、小さい自分がそこにいるように見える。
 ……見えるのだが。
「ラノレフ? 本当に、どうしたんだ?」

79 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その7 7/9 投稿日: 2007/04/23() 01:57:56



 なさけない。
 あれは、人形だ。
 ただの大量生産に手を加えた作り物のプラスチックのお人形で、立派な人間様である、この
ラノレフ・C・ベノレモンド様がうらやましく思うような理由はどこにもないはずだ。
 なのに。
「ラノレフ?」

 ……この、ちっちゃくなってしまった綺麗なアノレカードと、ならんで座ることのできるあの
人形に、嫉妬してるなんて、誰が言えるか。

 ドーノレサイズになってしまったアノレカードの手は、うっかり触ったら壊してしまいそうに細くて
小さい。
 ごつくて実際あまり器用でない自分が、さわるのも怖いくらいなのに。
 ぼうっとしているようでも、アノレカードがときどき、夜中に起きてじっと窓際に座って外を眺めて
いることがあるのも知っている。
 その時に、自分があのプラスチックの人形くらいだったら、そばに座って手を握ってやれるのに。
 小さくなってしまって苦労しているいろいろなことや、心配や不便を、分かち合ってやれるか
もしれないのに。
 ……もっと、近くにいてやれるかもしれないのに。

「…………」
 急に、ふわりとアノレカードが舞い上がった。
「あ、おい?」
 驚いてラノレフは立ち上がる。
「アノレカード? 何するつもりだ、おい」

80 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その7 8/9 投稿日: 2007/04/23() 01:58:33

 アノレカードはぱたぱたぱた、とティッシュの箱に座らせたお人形ラノレフの所まで飛んでいくと、
よいしょ、と人形をかかえ上げた。
 なにしろ自分より一回り大きくて重いのでなかなか一気にはいかない。しかし、ラノレフが
あわてている間に、アノレカードはお人形ラノレフを箱からおろし、もとどおり手足をのばして、
リディーが持ってきた箱の中に寝かせてしまった。
 よいしょ、とボーノレ紙の蓋を閉める。
 閉めて、その上に手をついたままラノレフを見上げた。

「……アノレカード?」
 なんか俺って、やっぱ馬鹿かも。
 と思うまでもないことを思いながら、ぽかんとラノレフは繰り返した。
「ラノレフ」
 強い口調でアノレカードは言った。
「私は、お前がそうやってそこにいてくれることが、とても嬉しいと思っている」
「……は?」
「大きくても、がさつでも、騒々しくても、私は、生きている今のお前がいい。人形は、どんなに
私の大きさに近くても、人形だ。私は、生きている今のお前が、好きだ」
「え、は、その、え……?」

 ちょっと待て、い、いま、す、好きって……!?

「……リディーには悪いが、これはしまっておこう」
 くるりと背を向けて、アノレカードはお人形ラノレフ入りの箱を持ちあげた。
「私には、ちゃんと本物のラノレフがいる。人形のラノレフは、いくら同じ大きさでも、お前のよう
には温かくない」

81 名前:おやゆび貴公子inドラキュラ学園その7 9/9 投稿日: 2007/04/23() 01:59:13

「――いや、ちょっと待て」
 ぱたたた、と重そうに箱を抱えて飛びあがろうとするアノレカードのちっちゃな背中に、ラノレフは
声をかけた。
 顔が自然に笑み崩れてくる。

 アノレカードが、好き、と言ってくれた。自分のことを。

 むろん、究極の世間知らずで箱入りかつ天然のおぼっちゃまのことだから、もしかしたら、
こちらの期待するような気持ちは、ちっとも含まれていないのかもしれないけれど。

「いいじゃないか、せっかくリディーがプレゼントしてくれたんだ。そこに飾っておこう。
こう、よく見ると、俺もなかなかかっこいいじゃないか。いい気分だ。お前と並ぶと、確かに
よく映えるしな」
「ラノレフ……?」
「いいんだよ」
 ぱたたたた、と箱をかかえたアノレカードが、ラノレフの手のひらに舞い降りてくる。
 ふわふわのやわらかい銀髪を、大きな指でそっと撫でる。
 そうだな。
 俺まで縮んじまってたら、お前の世話とか、できないしな。
 ちゃんと生きて、動いて、お前のこと守ってやれる、今がいちばんいい。
「そうだ、せっかくだから写真撮るか。もちろんリディーには内緒でな。記念写真だ。ティッシュ
の箱に座った写真なんて、なかなか撮る機会ないぞ」
 しかも、アノレカードとツーショットの写真。
 ……自分自身ではないのが、少々くやしいところではあるが。


 そんなわけで後日、ラノレフ・C・ベノレモンドの部屋には、とても綺麗な銀髪の貴公子と、
クラシカルなコートとブーツに身を固めた無愛想な顔の男の人形が、ティッシュの箱の上で
仲良く肩を寄せあう写真が飾られることになった。
 ……リディーがやってくる時には、むろん、すばやく戸棚の奥に隠されることになるのだけれど。