フルリレロ!!

 

82 名前:フルリレロ!! 1/6 投稿日: 2007/05/09() 01:59:39


「フルリレロ」
「…フリルレロ」
「フルリレロ」
「フレリルロ…」
「フールーリーレーロ」
「フーリーレールーロ…?」

 しばし沈黙。

「とうきょうとっきょきょかきょく」
「…とうきょうとっきょきょかきょく」
「あかまきがみあおまきがみきまきがみ」
「あかまきがみあおまきがみきまきがみ」
「となりのかきはよくきゃくくうかきだ」
「となりのきゃくはよくかきくうきゃくだ」

 なんだか修正が入っている。

「――フルリレロ」
「フロリル、レ…」

「…あのなあ、アノレカード」
 ラノレフはふかーいため息をついた。
「他はそんだけちゃんと言えるくせに、なんでこれだけそう間違うんだ」
「何故、と言われても…」
 困ったように首をかしげる私立ドラキュラ学園の天然王子様アノレカード。

83 名前:フルリレロ!! 2/6 投稿日: 2007/05/09() 02:00:25

 本日はめずらしく、ラノレフとふたりで放課後デート(という認識はあくまでラノレフ側であって、
アノレカードがどう認識しているのかというのがもひとつわからないのが難ではある)という運びに
なり、顔面はなんでもない風を装いつつも、心の奥底では限りなく万歳三唱していたラノレフで
あったのだが。
 ちょっと腹ごしらえでもするか、と入ったハンバーガー店でやっていたキャンペーンに、アノレカ
ードが妙な引っかかり方をしてしまった。
 なにやら合い言葉をカウンターで言えば、新メニューの割引券がもらえるらしいのだが。

「フルリレロ」
「…フリルレロ」
「フルリレロ」
「フレリルロ…」

 いっこうに正しい順番にならない。
 しかも聞いているうちにだんだん聞いている方もなんだかよくわからなくなってくるのがさらに
始末に負えない。

「トウキョウトッキョキョカキョクにくらべりゃ、こんなもんカスみたいなもんだろうが。なんで言えないんだよ」
「努力はしているのだが…」

 別にまあそこまで努力せんでもいい物件であるのは確かなのだが、生真面目なアノレカードはこれ
をクリアしないといけないテストのように思っているようだ。

「こんなくらい、小学生でも言えるだろ。見ろ、あれ」
 と指さした先では、小学校に入り立てくらいに思われる男の子が、背伸びしてカウンターに
しがみつきつつ、楽しそうに「フルリレロ〜!!」言っている。
「だいたい、おまえはあんまり喋らなさすぎる。だからこういう時に苦労することになるんだぞ。
ほれ、もう一回やってみろ。フ・ル・リ・レ・ロ〜!!
「フ・ル・ロ・……?
 そこで詰まった。
 細いきれいな眉がへにょん、と下がって、長い睫毛が困ったように伏せられる。

84 名前:フルリレロ!! 3/6 投稿日: 2007/05/09() 02:01:18

 それに対して、内心ラノレフはきわめて満足だった。
 うはうはだった。
(……うむ。やはり可愛い)
 実際のところアノレカードの困り顔を見て楽しみたいだけなのだった。
 要するに、ただのいぢめっこなのである。

 だがしかし、そういう心にはやはり天罰が下されるものである。
「いーかー、もう一回やるぞ? フ・ノレ・リ――っッッッ!?

 不自然な沈黙。

「……ラノレフ?」
 完全に硬直しているラノレフに向かって、天然箱入り王子様が小首をかしげる。
「どうしたのだ? 早く続きをやってくれ。ちゃんと注意しているから」
「………!! ……………!!! ……………………!!!!!!
「……? ……???

 …………と!!!と???が飛びかう珍妙なこの状態であるが、つまり、

1,ラノレフが「フルリレロ」言おうとして口を開ける
2,アノレカードがいきなり手のばしてラノレフの口に指つっこむ
3,アノレカードの指口にくわえたままラノレフ超硬直 <今ここ

 こういうことである。

「以前、何かで読んだことがあるのだが」
 天然王子はあくまで淡々と天然に、でもすんごく真面目な顔で、
「発音しにくい言語を習う場合は、習う相手の口に指を入れさせてもらって、舌の動きを感じさせて
もらうと上達が早いということだ。だから、こうやって指を入れたままラノレフがちゃんとした発音を
してくれれば、私もきっと言えるに違いないと思う」

 いや。
 その前に。

「…………ラノレフ?」
 向こう傷持ちのごっつい上半身がぐらーりと揺れた。
「ラノレフ!?
 ――他校も恐れるドラキュラ学園総番長ラノレフ・C・ベノレモンドは、椅子に座った姿勢のまんま、
どったーんと後ろに倒れこんだ。

85 名前:フルリレロ!! 4/6 投稿日: 2007/05/09() 02:02:14

 少しずつ視界が明るくなってきた。
「…………ん?」
「ラノレフ?」
 どこかほっとしたような声が遠くから聞こえる。
「気がついたのか、ラノレフ? よかった。いきなり倒れるから驚いた」
 目を開くと、ぺたぺたしたビニーノレ張りのソファに寝かされていた。
 どうやらお店のバックヤードの休憩スペースか何からしい。おでこには冷え○タがくっつき、
腹の上にはタオノレケットがかけられている。
 アノレカードがそばの床に膝をついて、心配そうにのぞき込んでいた。

「体調が悪いなら、早くそういってくれればいい。倒れるほど気分が悪いなら、無理をすること
などなかったのに」
「いや……その、な……」
 とりあえず、体調は悪くないのだった。体調は。
 いや血圧がかなり急上昇したのは間違いないが。

 なにしろアノレカードの細い指がいきなり口に突っこまれ、そのひんやりした繊細な指先が、
こちらの舌を誘うように弄ってくるのである。
 まるでハッカ飴を舐めたみたいな冷たさと甘さと、なにより、アノレカードの指が今自分の口の
中にあるという、もうこうなんというかどう表現していいかもわからないような驚天動地の出来事
に、頭のヒューズが限界突破したらしい。

 気がついたらなんか息が苦しかった。
 鼻を探ってみた。
 ティッシュが詰まっていた。
 真っ赤っかだった。
 鼻血で。

 瞬間的に死にたくなった。

86 名前:フルリレロ!! 5/6 投稿日: 2007/05/09() 02:03:06

(……俺、だっせー……)
 がっくりとソファに頭を落とす。
 中学生か俺は。
 あるいは、赤面性のリヒ夕ーか。
 とにかく何かといえば100円均一の熟れすぎトマトみたいな顔色になっているリヒ夕ーのこと
をしょっちゅうからかっていたのに、これでは奴を笑えない。
 フルリレロで遊びすぎたお返しか。あるいはバチがあたったか。
 大息ついて額に手をあて、またソファに寝ころんだラノレフを、アノレカードは心配そうに見ていた
が、やがてつと立ち上がって出ていった。

(電話でもする気かな……)
 鼻血びたしのティッシュを取り出しつつ、我ながらあらためて情けなくなる。
 なにしろ奴は学園理事長の息子であって、大変な箱入りおぼっちゃまなのである。
 ハンバーガー屋、などという場所に足を踏み入れたのも今日が初めてで、青い瞳を子供のように
大きく見開いて、珍しそうにきょろきょろしていた。
 なのに、連れの自分がこんなことになって、恥ずかしくなったのではなかろうか。
 少なくとも、俺だったら恥ずかしい。帰りたい。
 家に電話して、迎えの車でも寄こさせるつもりだろうか。
 …今日は、せっかくあいつといっしょに、長いこといられると思ったのにな…。

 まあ、それもこれも自業自得だ。
 担任であり、下宿先のドラキュラ荘の大家でもあるユリウスなら、「修行不足、だな」と笑って
言ってくれるだろう。
 まあ自分でもそう思う。
 しかし……。
(アノレカードの、指先)
 ――あ、だめだ。
 考えただけで、またなんか鼻の奥がじんじんしてくる。

87 名前:フルリレロ!! 6/6 投稿日: 2007/05/09() 02:03:57

 アノレカードが戻ってくる足音がした。
「ラノレフ?」
「…なんだよ」
 つい乱暴な言い方になった。
 帰るのか。
 帰るんだったら、鼻血野郎の俺のことなんか心配しないで、早く帰れ。
 もう少しでそう言いそうになったとき、ひた、と頬に冷たいものがあたった。
 驚いて目を開く。
 紙カップに入った冷たいデザート――例の、新製品の――が、アノレカードの手の中にちょんと
収まっていた。

「フルリレロ」
 ちょっと恥ずかしそうに、アノレカードが言った。
「ラノレフが教えてくれたので、ちゃんと言えるようになった。お店の人に言ったら、これをくれた。
冷たいものを食べれば、気分が良くなるかもしれない」
 冷たい固めのシェイクに、クッキーのチップ。
 スプーンのささった冷たいデザートを、ラノレフはちょっと唖然として見る。

「…どうした? まだ気分が悪いのか?」
「いや…」

 ……いや、まだちょっとくらくらするか、な。

「…食べさせてくれるか?それ」
「これか?」
「それだ」
 アノレカードはちょん、と小首をかしげる。
 とろっととろけたクリームをスプーンですくって、そうっと、ラノレフの口もとに運んだ。
 大きく口を開けて、それを食べる。
 舌の上に冷たい甘さが流れ込む。
 でも、さっき舌の上に感じた、細い指ほど甘くもなめらかでもないような気がする。

「おまえも食えよ。おまえが言って、もらったんだから、な」
「私がもらったのか」
「そうだ」
「フルリレロ」
「そう、フルリレロだ」
「フルリレロ」
「フルリレロ」
「フルリレロ」
 嬉しそうにアノレカードは言って、ぱくり、とスプーンをくわえた。

 あ、これ、間接キス…。

 反射的にそう思ってしまって、ラノレフはまた、くらくらと目の前が回り出すのを感じた。




 フルリレロ!!!