Vania in 世界樹

 

88 名前:Vania in 世界樹1/6 投稿日: 2007/07/07() 22:19:43

※世界樹未プレイの方のための簡単ジョブガイド。鞭かと剣とかは使用武器

・ダークハンター:鞭・剣。鞭で相手を拘束して止めをさすのが得意。
・パラディン:剣。主に盾と高い防御力でパーティの壁役になる。
・ソードマン:剣・斧。いわゆる剣士。さまざまな剣技で物理攻撃の中心に。
・アルケミスト:杖。攻撃魔法(術式)を使う、いわゆる黒魔導師。
・メディック:杖。治癒魔法を使う、いわゆる白魔術師。

※他にレンジャー、バード、ブシドー、カースメーカー等がある
 (ブシドーとカースメーカーはある程度ゲームを進めないとなれません)



「と、いうわけでパーティ【Vania】が結成されたわけですねお義父さん!」
「非常に喜ばしいことですねお義父さん!」
「本当に、強そうな若い方が来てくださって、わたしも嬉しいですわ。ねえアノレカード」
「はい、母上。…父上? どうなさいました、何かご気分でも悪いのですか?」
「…………いや…………」
 と答えるマティアス(レベル5、パラディン)。
 息子によく似た端整な顔立ちが、なんか微妙にひきつっている。ひくひくと。
 眉間に寄った皺にぐいぐい指を押し当てながら、
「どうでもいいが…そちらのお二方、なぜいちいち私をお義父さんと呼ぶのか、訊いてもよろしいか?」
「いやだなあ、そんなこと。当然じゃないですかお義父さん!」
「アノレカードの側にいるものとしてまったく筋の通った行動です! ねえお義父さん!」
 と間髪入ずに答えて、そのあとお互いをぎっと睨みつけあったのは、ラノレフ(レベル3、ダーク
ハンター鞭)とリヒ夕ー(同じくレベル3、ソードマン斧)。<月下後リヒ太なので鞭は返上済み、
という設定で

 父上はレベル5パラディンのマティアス、そして母上はメディック(レベル4)リサ、そして二人
の大事な愛息子の、アルケミスト(レベル3)アノレカード。
 そういうほのぼの家族(うち一人はちょっとほのぼのでないけど)が、樹海の二層から先へ潜るの
に、直接攻撃が父上の剣だけではちょっと不安、できれば前衛で物理攻撃できる人間を、と冒険者
ギルドに申しこんだところ、他の志願者を天の彼方にはね飛ばすいきおいで、くっついてきたのが
この二人だったんである。

「とりあえず、アノレカードに手出す奴は俺が容赦しませんからお義父さん!」
「それはこっちの台詞ですお義父さん! アノレカードに指一本でも触れる奴がいたら即座にジ・
エンド(※鞭専用の即死攻撃)かましますから安心してくださいお義父さん!もちろんそれが
パーティ内の奴でも容赦しませんよお義父さん!」
「ちょっと待て、何がジ・エンドだきさま! まだレベル3のくせしやがって、やっとこないだ
ヘッドボンデージ覚えたばっかりだろうがばーか!」
「じゃかましい、子孫のくせに文句言うな! そっちこそ、ショートソード買う金なくて、いまだに
お使いクエストのお駄賃でもらったサブウェポン使ってやがるくせに!」
「サブウェポン言うなああああああ!」

 ちなみに斧はれっきとしたソードマンの装備武器の一つである。
 だがパーティ【Vania】内では斧はあくまでサブウェポン。
 サブウェポンったらサブウェポン。
 みんなビンボが悪いんや。

89 名前:Vania in 世界樹2/6 投稿日: 2007/07/07() 22:21:34

 そしてお義父さんお義父さん連呼するうるさい二人組に挟まれながら、潜りはじめた樹海第一層。

「いいお天気で気持ちがいいですね、母上」
「そうね、アノレカード。あら見て、きれいな蝶々が、ほら」
「本当ですね。あ、あちらに別な道がありますよ。たくさん花が咲いていますし、ちょっとあとで
行ってみましょうか。母上のお薬の材料が採れるかも」

 後衛列がこんな感じなのに対して、前衛列では何かすごい勢いで、剣と鞭と斧が飛びかい血しぶき
火花が舞い踊っていた。

「うぉりゃあああああ! どけどけどけどけ──ぃいいいい! 俺のアノレカードに近づくんじゃねえ
このケダモノどもがッ! ご安心くださいお義父さん! 死んでも後ろのアノレとお義母さんには手を
出させませんからッ!」
「ちょっと待て誰が『俺のアノレカード』だねえお義父さん! アノレカードは俺のだっつってんだろー
がアナコンダくらわすぞ貴様! だいたいこいつ子孫のくせに生意気ですよねねえお義父さん!」
「はっ、そっちこそ先祖面して偉そうなこと抜かしてんじゃねえよねえお義父さん! こっちの世界
じゃみんなタメくらいだろうがねえお義父さん! むしろ月下後設定の俺のほうがよっつ年上じゃ
ねーかやーいやーい年下年下ー! 年下の男になんか大切な息子さんを預けられませんよねねえ
お義父さん!」
「………………………………。」

 父の眉間の皺はますます深くなるばかりであった。
 つか本当にうるさい>二人


 ……まあ、そんなこんなで潜りはじめた樹海B2F。
 この階から、f.o.eと呼ばれる強力なモンスターが徘徊しているのである。
 どれくらい強いかというと、ちゃんとレベルが足りていない、もしくは準備ができていないと、
あっという間にパーティごと瞬殺されるくらいには強い。激強い。
 しかもこの階では、次の階に降りる道をふさぐ場所にいるので、倒さないことには次の階へ降り
られない、かつ、お宝のある場所へ行けない。
 必然的に戦わなければならない相手なのである。

「さて、みんなのレベルもかなり上がったな」
「全員レベル7? ですか。なかなかいいところですねお義父さん!」
「でもお義父さんはレベル9とは、さすがですねお義父さん!」
「…………………………そうだ、な……」
「父上のおかげで、私までレベルが上がってしまって」
 なんとなく申し訳なさそうなアノレカード。
 なにしろ第一層で前衛列が目の色変えてモンスター叩きまくったために、アルケミストは術式
使うまでもなく、ここまでレベルが上がってしまったのである。
 まあメディックの母上はHP回復にキュア(※回復術)使いまくりだったわけだが。
「おまえは気にすることはないのだぞ、わが息子よ」
 とこの時ばかりは眉間の皺を消して、息子を抱き寄せる黒髪うるわしい父上。
「本来ならばおまえをこのような危険な場所へは入らせたくはないのだが(そしてこういう下賤な
輩と同パーティに入れたくはないのだが──とぎゃんぎゃんやりあっているラノレフとリヒ夕ーを
見やる)、おまえが来るというなら、それも良かろう。しっかりと修行に励め。父も母も、全力で
おまえを支えてやるからな」
「はい、父上」
 パラディン姿の父上にうっとりと身を寄せる、これまた銀髪うるわしい黒衣の息子。
 そばでにこやかにほほえみながら見守る、金髪うるわしい白衣の母上。
 まさに絵のような聖家族であった。
 さすがにこの光景に、お義父さんお義父さんうるさい約二名もつい気を取られて、ほわーと見惚
れてしまった、その時。

90 名前:Vania in 世界樹3/6 投稿日: 2007/07/07() 22:22:43

 f.o.e『狂える大鹿』があらわれた!


「うおあ!? ちっちょっと、ちょっと待て! 俺らいまめっちゃHP下がってんぞ!?
「母上、父上とラノレフたちにキュアを!」
「あの、すみません、わたしもうあまりTP(※MPと同じ)が……ここまでに使いすぎたみたい
で、せいぜいあと一回か二回しか……」
「なにいいいいいい!?
「アノレカード、おまえ術式は!?
「火と氷は取っているが……その……雷は、まだ……」
「どああああああああ!?
 ちなみに『狂える大鹿』の弱点は雷による術攻撃である。
「くそっ、こうなったらっ……て、おい、アリアドネの糸(※ダンジョン緊急脱出アイテム)ない
じゃねぇか! 買い忘れてんぞ!」
「く……っ、駄目です父上、逃げましょう! メディカ(※HP回復薬)ももうありませんし、
このままでは──ッ」
「いかん、そんなことはできぬ! 敵に後ろを見せぬのが騎士としての誇りだ! アノレカード、
リサ、後ろに回れ! 私が、おまえたちを守り抜いてみせる!」
「お、俺だってお二人を守りますお義父さん!」
「そうですともお義父さん! 義理の息子として、お義父さんお義母さんを置いて逃げるなんてで
きませんよお義父さん! しかも俺の大事なアノレカードを置いて逃げるなんて、そんなことは絶対
にぃぃぃぃぃ!!」
「だから何が『俺のアノレカード』だてめええええ!」
 ラノレフのアームボンデージがリヒ夕ーにHit!
 お返しにリヒ夕ーのパワークラッシュがラノレフにHit!
 なんだかそんな感じで仲間割れしているうちに、どんどん近づいてくるf.o.e!
 見あげるように巨大な大角と、爛々と赤く燃える目の巨鹿が鼻息荒く駆けてくる。
 どどどっどどどっと揺れる地面。
 やばい!
 とパーティの誰もが、たぶん同じく思った瞬間。


「……え?」
 なんだか攻撃が飛んでこない。
「……あれ?」
 突進してきたf.o.eが、なぜか目の前で停止している。
 なんだかパーティの中を、首をのばしてのぞき込んでいる。
 首をのばしてふんふんと何かを熱心に嗅いでいる。
 その鼻の先にいるのは。
「………………???」
 きょとんとしている銀髪のアルケミストレベル7、アノレカード。

 と、次の瞬間見あげるようなf.o.e『狂える大鹿』は、ひょいっとアノレカードの襟首をくわえ
ると、ぽいっと背中に放り上げ、くるっと踵を返して、もはやパーティには目もくれず、もときた道
を猛スピードでずどどどどと駆け戻っていってしまったのである。


「ア、アアアアア、アノレカ──ド────!!??
「アノレカードが持ってかれた────!!!
「む、息子よぉ────!!??

「あらまあ」
 と、のんびり母上。
「あの子、昔から動物にはずいぶん好かれるたちでしたけど。あんなに大きな鹿さんでも、やっぱり
効果があるのねえ。驚いた」
「ちょ、そんなこと言ってる場合ですかお義母さん!」
 ちっとも驚いているように聞こえない母上のお言葉にちょっぴり脱力しつつ、
「そ、そんなことより、追いかけなくっちゃ! アルケミストは体力ない上に装甲薄いんですむしろ
紙なんです! あんなんにぶっちゃけられたら、一撃で──ッ!!!
「うーわ────!!! ア──ノレ──カ────ド──────ッ!!!
「む────す────こ────よ────ぉぉぉぉぉッ!!!!

 なんかいろいろそんな感じで、こっちもごちゃごちゃになりながらどたどたあとを追うパーティ
【Vania】ご一行様。
 野郎どもがこの期におよんでつい子孫の足引っかけたりとか、斧の柄でうっかり先祖の頭どついた
りとか、勢いあまって二人にシールドスマイト(※盾でぶん殴るパラディンのスキル)くらわしたり
とかしてるのに、あらあらうふふと後ろから聖母の笑みで見つめつつとことこ歩いていく母上は、
本当にある意味最強なのかもしれなかった。

91 名前:Vania in 世界樹4/6 投稿日: 2007/07/07() 22:23:34

 さて。
「あそこだ! 見つけたぞ!」
「相手がでかいから逃げてく道も見つけやすかったな」
「てめえが木蹴飛ばして俺の足引っかけなきゃもっと早く着いたんだけどな、子孫」
「あんたこそ、うっかり俺にレッグボンデージ(※鞭で足を封じるダークハンターのスキル)かけ
なきゃもうちょっと早く走れたのにな、ご先祖」
「てめえ!」
「なんだあ!?
「ねえ、少しよろしいかしら、お二人とも」
 あくまでふんわりと横入りされて、勢いを失う入り婿(希望者)二人。
「な、なんでしょうか、お義母さん」
「ちょっと、あれを見てちょうだいな」
 息子さんによく似た白い手で、す、と先を指ししめす。
「なんだかあの子、ずいぶんおもてなししていただいているみたいなんだけど」
「──……は……??」

 ──本当だった。
 しかもマジに、文字通りの意味で、『おもてなし』されていた。

 ちょっと開けたきれいな草原に、さっきのf.o.e『狂える大鹿』がどっしりと横たわっている。
『狂える』の呼び名のもとであるところの狂気に燃える赤い眼はどこへやら、今は澄んだ黒い目で
おだやかに見おろし、立派な枝角に花輪をかけてもらうにまかせている。 
 まわりには、びっしりと樹海の動物たち。
 これまでの道では獰猛に牙をむいて襲いかかってきたやつらが、うって変わったくりくりうりゅ
うりゅの『ボクたち小動物ですほらかわいいでしょねえなでてなでてあそんであそんで』のキラキラ
おめめを向けている。
 そしてその中心には、アノレカード。
 傷ひとつ負ったようすもなく、大鹿の大きな背中と長い首にもたれかかって花輪を編みながら、
森ネズミやひっかきモグラがせっせと運んで足もとに積みあげるお花や果物を受け取っている。膝
の上にはすやすや寝息の、ちっちゃな森ウサギの子が一山。
 ときどき何か聞こえたように頭を上げて、微笑し、大鹿の額を撫でる。気持ちよさそうに目を細
めた大鹿に頬を舐められ、くすぐったそうにまた笑う。
 まわりにはきらきらの羽をしたシンリンチョウが大きな花のようにとまって羽をゆらし、涼しい風
が一座の中心に当たるように配慮している。
 ひときわもっふもふの毛の森ウサギがたくさん寄りあつまって、生きたぬくぬくもふもふのクッシ
ョンになってお客さまによりそっている。
 なんかこう、『しあわせもふもふどうぶつランド』とでも呼びたくなるようなほんわかめるひぇん
な世界に、しばらく茫然自失の【Vania】ご一行様。

92 名前:Vania in 世界樹5/6 投稿日: 2007/07/07() 22:24:45

「あ、あ、あ、アノレカー、ド……???」
「ああ、ラノレフ。それにリヒ夕ー、父上、母上」
 動物たちに向けていた笑顔をそのままに、アノレカードはほんわりと笑った。
「見てください、みんな、とても親切ですよ、果物も、ほらこんなにたくさん。父上、母上、皆も
いっしょに食べませんか。私一人では、とても食べきれないから」
「こ、攻撃されてないのか? f.o.eは……」
「ああ」
 そういえば、と気づいたように隣の大鹿を見あげて、
「彼も、好きでこういうことをしているのではないのだ、と説明してくれた。本当は私のような人間
とは仲良くしたいのだが、このあたりの森の動物を守る立場上、森を荒らしに来る人間にはああ
やって脅しをかけるしかないそうで。自分も辛い立場なんだ、と」
「……それでパーティ全滅の目に合わされるほうの気持ちはどうなるんだよ……」
(※リアル初遭遇の時、何も知らずにレベルも装備もスキルも足りずに突っこんでいって、パーティ
瞬殺→二時間分の経験値とアイテムをパアにされた恨みは忘れませんよ?)
「なんでも、私を見たとたん、これはほかの人間のように動物たちをいじめたりしない者だ、と
思ってくれたようで」
 言いながら、嬉しそうにアノレカードは頬を上気させている。
「それで、よければずっとここにいて、一緒に暮らしてほしい、と。生活に不自由はさせない、
なんといっても自分はこのあたり一帯の主で、誰にも口はださせ──父上? どうなさいました、
父上?」

「ふ…………」
 なんだかどうやらまたもや新しい入り婿希望者(というかむしろ拉致婚、しかもどうぶつ)が
現れたことで、お義父さんお義父さんうるさい二人組に限界まですり減らされていたお父上の中の
何かが、今ぷっつんとブチ切れたようだった。
「ふ、ざける、なぁッ! このッ、ケダモノ風情があッ! ぅ殺気ぃぃ解ぅ放ぉぉぉ! ぬぅぉぉ
おおおおおおぅぁ!!!!」
「お、お義父さん!? それパラディンじゃありませんカースメーカーのスキルですお義父さん! 
それにB11Fまで行かないとそもそもカースメーカーにすらなれませんお義父さん! お義父さん
──!!!
「ああっしかも声までなんだか変わってるしお義父さん──!!!
「お・義・父・さ・ん言うな──────!!!!!
 お父上、大絶叫。
 溜まりに溜まったストレス一気に放出の勢いで、あたりの木々がびりびりと揺れる。
「ふんぬぅぅおおおおおおああ! わぁぁれぇぇをぉ、おぉそぉれぇよぉぉぉぉぉ!! ぶるぅぅぅ
あああああああああああ!!」
 集まっていた動物たちがいっせいにびょくん、と跳ね上がる。
 ちなみに『我を畏れよ』はカースメーカーの呪言スキルで、かけられた相手は高確率でテラー状態
に、つまりは震えあがって何もできなくなる。
 まちがってもパラディンが、しかも今のレベルと時点で使えるはずはないのだが、まあそこは魔王
というか、父の愛の力というか。
 だがしかし、敵もさるもの。
 f.o.e『狂える大鹿』は一瞬ひるんだようすは見せたものの、森を荒らすだけでなく、アノレ
カードを自分から奪いに来た大敵として父上を認めたようである。
 多少ふらつきながらも立ち上がり、動物たちとアノレカードを後ろにかばってはったと父上を睨みつける。
 黒くおだやかだった目は再び爛々と燃えあがり、今にも一触即発、のその時。

「やめてください、父上!」
 悲痛な声をあげて飛びだしてきたのはアノレカード、その人。
 今にも黒いオーラ飛ばして襲いかかりかけていた父上の手が止まる。
「見てください、みんなこんなに怯えているではありませんか? 私の父上は、弱い者をいじめた
り、理不尽に傷つけたりはなさらない方だと、いつも母上がおっしゃっています! 父上は、この
ように力弱い者たちをもひどい目にあわせるおつもりなのですか!? 父上は、そのような方では
ないでしょう!?
 腕の中でかたかた震えているちっちゃい子ウサギを抱きしめて叫ぶアノレカード。
 蒼い瞳が、今にも泣きだしそうに震えている。
「む……ぐ……」
 とりあえず、愛する息子に言われると弱い父上であった。
 まあ一応、まだマティアスだし。
 母上いっしょだし。

93 名前:Vania in 世界樹6/6 投稿日: 2007/07/07() 22:25:29

「ちょっとすみません、あなた。失礼しますわね」
 と、そこへするりと横から出てきた人が。
「お、お義母さん!? 危ないですよお義母さん、メディックだってアルケミストと同じくらい体力
なくて装甲薄くて──、っ」
「大丈夫ですよ。──ねえ、あなた」
 とこれは敵f.o.e『狂える大鹿』に向かって。
「わたし、アノレカードの、この子の母です。うちのこの子のこと、気に入ってくださって本当に
うれしいですわ、ありがとうございます」
 とにっこり。
 聖母の微笑みの効果か、がちがちに固まっていた場の空気が、少しだけゆるむ。
「主人のこと、申しわけありませんでした。この子のことになると、つい夢中になってしまって
しょうがないのですけれど、一人息子のことですから、わたしたち、とても大事に可愛がっており
ますの。それは、おわかりいただけますかしら」
 はらはらどきどきしながら見つめる父上および(人間の)入り婿希望者約二名。
 ごく穏やかでありながら、何人の介入も許さない、断固たる母の御姿であった。
「それで、あなたがこの子のことをお気に召したのはとてもよくわかるのですけれど、親としては、
そう急に息子を手放すというのもむずかしいということも、おわかりいただきたいんですの。わたし
にとっても本当にかわいい子供ですし(とアノレカードを見やってにっこりして)、すっかり甘やかし
てしまって、世間知らずもいいところですから。
 何事も、一足飛びにことを急ぎすぎるのはよくありませんわ。ここはひとつ、お友だちから始めて
いただくことにしてはいただけません? この子もきっと、またこちらへ遊びに来たいと思うでしょ
うし。ねえ、アノレカード」
「はい、母上」
 と、アノレカードもにっこり。
 手の中のふわふわ森うさぎの赤ちゃんの感触がかわいくてならないようで、しきりに指やら袖やら
ちゅっちゅしてくるのを撫でながら、
「ここの皆が喜んでくれるというのであれば、いつでも」
「それはよかったこと。ねえ、鹿さん」
 とまたf.o.eに向かって、にこにこと、
「この子もこう言っていることですし、今日のところはご挨拶、ということにして、あとはまた後
日、ということでいかがかしら。主人やほかのお二方にはあとでわたしも、よく話しておきますか
ら。ねえ鹿さん?」
『狂える大鹿』は、再び黒に戻ったつやつやした目で、微笑する母上をじっと見つめた。
 それからアノレカードにしばらく目をやり、名残惜しげにぐいと頭を肩にこすりつけると、鼻先で
そっと押して、人間たちのほうに押しやった。

94 名前:Vania in 世界樹7/6 投稿日: 2007/07/07() 22:26:14

「ありがとうございます。わかってくださったのね」
 と喜ぶ母上。
「ではアノレカード、こちらの皆さんにおもてなしのお礼をなさい。そのウサギの赤ちゃんたち、
とてもかわいらしいこと。わたしもちょっと抱いてみていいかしら」
「はい、彼らがいいと言うなら」
「そう、じゃあ、……あらあら、本当にふわふわして、まるで毛糸玉みたいだこと。あなたが赤ちゃ
んだったころを思い出しますよ、アノレカード。あなたもこんな風にふわふわして、やわらかくて、
とてもかわいらしい赤ちゃんだったの、覚えていて」
「私のことはどうでもいいでしょう、母上」
 自分のことを言われてちょっと赤くなってしまう、リアル十八歳。
 なんだかなしくずしに『もふもふどうぶつランド』が再開されてしまった今、かやの外の野郎ども
三人は、あっけにとられてキャッキャウフフのしあわせ光景を、一段落つくまで眺めているしかなか
ったのだった。


 さてそんなことのあった翌朝、長鳴鶏の宿の寝室のドアをあけたラノレフは、そこに白い花に
うずもれて座っているアノレカードを発見してあっけにとられた。
「……何やってんだ。おまえ」
「起きて、窓を開けたら、落ちてきた」
 窓を指さす。
 窓枠にはまだ大量の白い花が積もっていて、外の地面にもまだ、どっさりこと山のように積み
あげられているらしい。
 床に座ったアノレカードは肩まで白い花に埋もれて、銀髪にも白い花びらが散りかかり、まるで
雪の冠をかぶったようだった。
 前髪にひっかかった花びらをつまみ取りながら、
「何か夜じゅう外でかさこそ音がしていたようだったが、危険な感じではなかったので気にせずに
寝ていた。どうやら、ひと晩かけて樹海から運ばれてきたらしい」
「ひと晩って……」
 言いかけて、ふと気づく。
「おまえ、赤実の守りなんて持ってたか? そんなもの買う金、まだうちには──」
「ああ、これなら」
 腕にはめた赤い実でできたお守りをひっぱって、こともなげにアノレカード。
「昨日のあの大きな鹿が、別れ際にくれた。よくわからないが、『チカイ』とか、『ツガイ』とか、
『シルシ』とか言っていたようだが」
「……………………!!!」
 おりから、宿の庭の茂みがかさこそと揺れて、一匹の森ネズミがするりと出てきた。
 口には白い花を大量にくわえている。
 視界がさえぎられるのか、ちょっとよたつき気味に歩いてきて、花の山に自分の持ってきた分を
よいしょと積みあげる。
 そこで、鬼の形相で窓からのぞいているラノレフの存在に気づいた。
 ラノレフの鞭が一閃するより早く、ぴゃっと茂みのそばまで飛びすさると、「へっへーんだニンゲン
ばーかばーかばーか」というような感じで歯をむいてキーキー鳴き、ひらっと尾をひるがえして茂み
の中に姿を消してしまった。
(※『白い花』は主に森ネズミのドロップアイテムです)

95 名前:Vania in 世界樹8/6 投稿日: 2007/07/07() 22:26:51

「これだけあれば、リヒ夕ーの新しいショートソードが買えるかな」
 当事者は何も気づかず、いつものようにほんわりにこにこしている。
「そ、そうだ……な」
 窓枠をめきめきいわしつつつかんでわなわな震えているラノレフは、むりやり笑みを作りながら、
リヒ夕ーとお義父さん(しつこい)に、このことをどうやって報告し、対処したものか、すでに考
え始めていた。


 ちなみにその後、アノレカードと母上を宿に残したパーティ【Vania】の残り三人は、リヒ夕ー
(<ショートソード買いました)の義妹でメディックのマリアと、雷と毒のスペシャリストたる
マッドサイエンティスt、もといアルケミストのジュストをこっそりスカウトしてきて(※そんな
システムはありません)、みごとB2Fのf.o.e『狂える大鹿』を倒したのだった。
 人間ってひどい。

 ただ、この時まだラノレフたちは知らなかった。
 f.o.eはたいていある一定の期間、この場合は七日間たてば普通に復活することを。
 そして留守中の長鳴鶏の宿に、二人の新規加入者が尋ねてきたことを。


「あ、あのー、ここにパーティ【Vania】の有角、じゃないや、アノレカードって人いません……
あああ、ありかど! ありかどー! やっと会えたよ捜したよ──! オレだよオレ、ソウマだ
よー! 今はレンジャーなんだけど──!!!
「ちょっと、ここに【Vania】とかいうしょぼいパーティのメンバーが泊まってるって聞いたん
だけど、その中にアノレカードっていう……あ、アノレカード! ちょっと聞いてよもう、ヴァノレターの
あのエロバカ親父、また僕のことほっぽってどっか行っちゃったんだよ!? 信じらんない! まあと
りあえず僕、君んとこのパーティに入ってあげるから感謝しなね。あ、職業バードだけど文句ないよ
ね?
 ……って、何この君にくっついてるちっちゃい変なの? アリカドとかなんか変な発音ー、もしか
してバカ? ねえこいつバカ?」
「バっ、バカってなんだよバカって! そっちこそオレとタメくらいのくせに! だいたいオレの
有角に気安く口きいてんじゃねーよばーかばーかあっちいけ! 入ってあげるとかなんだよえらそう
にバ────カ!!!
「バっ、バカにバカって言われる筋合いないね! うちのヴァノレみたいなエロバカくそ親父も嫌いだ
けど、君みたいなお子さまバカは、僕いっちばんすっごく大っっ嫌いなんだよね! 何さそっちこそ
偉そうにばーかばーか! バ──────カ!!!
「バ────────カ!!!
「バ──────────カ!!!

※そのころどこかでヴァノレター(カースメーカー・予定)がくしゃみをしていました。


 ……父上の眉間の皺は、どうやらますます深まる運命にあるようです。
 なんまんだぶつなんまんだぶつ。