黄昏のカデンツァ 第10話後編

 

328 ラルアル1/92006/03/28() 22:58:21 ID:RC5JtLsW

 黒い胴着の留め金を一つずつ丁寧にはずしていく。下の白いシャツの前を開くと、まばゆいほど白い裸体が
白日の下にさらされた。瑕ひとつないなめらかな肌は、指にまつわる絹地よりもまだしなやかで、温かい。
 口づけようと身を倒すと、アルカードが、あ、とわずかに身を固くした。怖がられたのかと一瞬思ったが、自分が
まだ上着を着たままだったのに気づいた。留め金の金属が、素肌に直接当たってそれが冷たかったらしい。
「外してくれるか?」
 やさしく問いかけると、閉じていた目をぱちりと開いて、こちらを見あげる。
 小さく頷いて、おずおずと手を伸ばした。留め金をいじる指先はかすかに震えていて、まるでやり方を覚えた
ばかりの幼児のそれのようにおぼつかない。
 ベルトが落ち、金属の装具がガチャリと音を立てて転がった。うながされて、アルカードはそのままラルフのシャツ
のボタンも外していった。古さも深さもさまざまな、たくさんの傷痕の刻まれた素肌に触れて、息を呑む。ラルフ
は苦笑した。
「まったく、ひどいもんだな。おまえの身体とは大違いだ」
「だが、これはおまえがこれまで、一度も負けずに戦ってきた証だ」
 体温の低い手のひらが、いとおしむように傷痕を撫でる。ひやりとした羽根のような感触に、ラルフは急激に
身体に熱がこもるのを覚えた。
「私はおまえが美しいと思う、ラルフ。──この傷も、なにもかもみな含めて、おまえは、とても美しい」
 ラルフは何も言わずに、もう一度強くアルカードを抱いて、唇をあわせた。一度ぴくりと身を引いたアルカードは、今度
は、ためらいがちに少しずつ唇を開いていった。すべり込んできたラルフの舌につたない動きで応えようとし、
濡れた小さな舌をからめ返そうとする。

329 ラルアル2/92006/03/28() 22:58:58 ID:RC5JtLsW

 だがすぐに、ラルフの与えるものに呑みこまれていってしまって、ようやく唇が離れたときには、霞のかかった
ような目をして息を切らせていた。ラルフは乱れた前髪をかき上げてやり、かすかに汗ばんだ額に唇を触れた。
 ほとんどの衣服はもう脱ぎ散らされて、あたりの野原に散乱している。細い首筋や、なだらかな白い胸や、
あらゆるところに唇を触れながら、ラルフは唯一残ったアルカードの下衣に手をかけた。
「あ、それは──」
 驚いたように止めようとするアルカードの声は、すぐにかすれた喘ぎに押し殺されてしまう。ぴたりとしたビロードの細い足通しにすべり込んだラルフの大きな手は、両足のあいだのアルカードの性の徴をすっぽりと包みこんでいた。
 細い腰を、引き締まった臀を両手でたどりつつ、最後の一枚が取り去られる。今やその裸身のすべてが、ラルフ
の前にさらされていた。
 大理石の像が生命を持ったような肢体だった。ミルクの上に二滴の血を落としたように色づいた乳首に、誘
われるように唇をよせる。かたく尖ったそこを舌でかすめると、甘えるような、怨ずるような声がかすかに
漏れた。
「あ、あ、ラルフ……」
 し、となだめるように舌を鳴らして、そこに吸い付き、わざとのように歯をかすめる。もう片方にも手を
伸ばし、荒い指の腹でざらりとこすり上げると、はっきりとアルカードの身体がそりかえるのがわかった。
 手を離してもっと下の方へすべらせていく。髪と同じ、あわい銀の勃ちあがりかけているものをもう一度、
今度は強めに握りこむと、とぎれとぎれの抗議の声があがった。
「ラルフ、駄目だ、そんなところは──」

330 ラルアル3/92006/03/28() 22:59:34 ID:RC5JtLsW

 しかし、抗議もすぐに有無を言わさぬ口づけと愛撫で塞がれてしまう。すでに首をもたげかけていたアルカード
のそれは、固い指先にたくみにこすり上げられてすぐに大きく張りつめた。濡れた感触とその熱がラルフを満足
させる。アルカードはびくびくと身をひきつらせながら、おそらくは初めてなのだろうその感覚に、歯を食いしば
っていた。
「あ、あ、ラルフ、私は、私はおかしい──」
「おかしくなんぞない。黙って、俺にしっかりつかまってろ」
 必死に脚を閉じようとするアルカードをあさつりと抑えつけて、いよいよ追い上げていく。やがて、押し殺した
悲鳴をもらして、アルカードは屈した。
「今まで、自分でやったことはなかったのか?」
 手のひらに吐き出された白い残滓を見て、ラルフは尋ねた。アルカードはまだ呼吸も整わないまま、肩で息をしつつ
焦点のあわない瞳でぼんやりとラルフを見あげた。
「……自分、で……?」
「──いや。いい。忘れろ」
 まあ、そんなところだろう。手首に垂れた白い滴を舐め取ると、もう一度細い腰を抱え直す。
 ぐったりとしたアルカードには、すでに抵抗する気力も残っていないようだった。両足を割り、引き締まった臀の
あいだに、アルカード自身のもので濡れた指をそろりと差し入れる。
「ラルフ、何……」
 力の入らない腕で押しのけようとするが、もう止められなかった。濡れた指を、白い身体のもっとも奥まった
部分に押し当てる。

331 ラルアル4/92006/03/28() 23:00:08 ID:RC5JtLsW

 指先に軽く力をこめると、かぼそい声があがった。今度ははっきりと、恐怖と苦痛をうったえていた。
「ラルフ、ラルフ、何を──」
「……嫌か?」
 アルカードはびくりと動きを止めてラルフを見た。ラルフはいったん手を止めて、その蒼い瞳をもう一度ちかぢかと
のぞき込んだ。
「ここから先は、もうたぶん止めてはやれない。怖いなら、いまここでやめろと言ってくれ。その通りにする。
俺は、おまえの意に反してまで、先を続ける気はないんだ」
 本能はその逆のことを叫び立てていたが、ラルフは断固としてその声を抑えつけた。アルカードを怯えさせたり、
傷つけたりするなら自分の欲求不満くらい軽いものだと、そう感じていた。
 アルカードはしばらくうつむいて、かすかに身を震わせていたが、いきなり両手を伸ばして、ラルフの首に強く
しがみついてきた。身体はまだ震えている、しかし、両腕にこもった力は、その意志をはっきりと示していた。
「後悔、しないな」
 頷きが、動きだけで伝わってきた。ラルフは濡らした指をもう一度、ゆっくりとその先に進めた。
 節の高い指が出入りするたび、ひくりと背中がひきつる。殺しきれない呻き声が喉の奥からもれるのが聞こえ
た。顔はきつく肩に押しつけられて見えないが、異物を入れられて中をさぐられる異様な感覚にアルカードが必死に
耐えていることは全身から伝わってきた。
 あ、と声がもれた。ラルフの指が、ある一点をかすめた瞬間、アルカードの身体にそれまでとは違う戦きが走った。
「ラ、ラルフ、そこ、は」
 その先は、言葉にならなかった。つづけてまたそこを掻かれ、擦られると、呻きははっきりと甘い色を帯び
た。ラルフの背中に爪が食い込んだ。

332 ラルアル5/92006/03/28() 23:00:42 ID:RC5JtLsW

「ラ、ラルフ、嫌だ、そこは」
「黙って、しっかりつかまってろ」
 いったん力をうしなっていたアルカードのものがまた熱を帯びはじめていた。腹に触れるそれに目くるめくような
感覚を味わいながら、ラルフはラルフは指を一本から二本へ、三本へと増やしていった。
 もはやアルカードには、声を殺すような余裕は与えられていなかった。中でラルフの指が動くたびに身をよじり、
必死に唇を噛みしめつつも、かすれた喘ぎをもらすことを抑えられずにいる。
「あ、ラルフ……?」
 とつぜん指が引き抜かれ、肩で息をしながら、不思議そうにアルカードはラルフを見あげようとした。
 その両足が持ちあげられ、さっきまで弄られていた場所に、何か遙かに質量のある熱いものが押し当てられる
のを感じて、身を固くする。
「力を抜け、アルカード。──言っておくが、辛いぞ」
 ラルフは細い腰に両手を回し、膝の上に抱きあげるようにして、ゆっくりと腰を進めていった。
 かぼそい悲鳴が、アルカードの口をもれた。強引にその唇をふさぎ、聞きたくはない悲鳴を封じる。
 指とは比較にならない大きさのものが身体を割って侵入する痛みに、腕のなかの身体が撃たれた獣のようにも
がくのを、欲望と罪悪感の、そしてどうしようもない征服欲の入りまじった気持ちで感じる。
 うなじに口づけ、耳を噛み、背筋をさすって、少しでも身体をゆるませてやろうとした。二の腕にすがった手
がわなわなと震えている。わずかに見える横顔は、蒼白だった。
「辛いか」
 訊くと、かすかにかぶりを振る。虚勢なことは見ればわかった。アルカードは震える自分の声に裏切られるのを怖
れるように、ラルフの頭をかかえ込み、視線をさえぎった。

333 ラルアル6/92006/03/28() 23:01:56 ID:RC5JtLsW

「いい、から、早く──先、を」
 荒い呼吸の下から、かすれた囁きが聞こえた。
「私は、大丈夫だ、から」
 波のようにこみ上げてきたいとおしさがラルフを圧倒した。
 青ざめた頬をとらえ、乱れた息をもらす唇にかすめるように口づけると、ラルフは再び恋人を地面に横たえた。
白い花の咲く緑の野原に。投げ出された両手にしっかりと指を絡めて、広げた白い両足の間に、腰を進める。
  ひゅう、と喉が鳴った。押し殺された悲鳴のかけらが暴れてでもいるように、アルカードの身体がきつく反り返る。
 両手が砕けそうなほどに固く握りかえされた。その痛みをすらここちよく感じながら、ラルフは奥へとわけ入って
いき、やがて、腰と腰とをひたりとあわせて、アルカードの上にじっと横たわった。
「わかるか、アルカード。おまえの中に、俺が、いる」
 アルカードはうすく目を開けて覆いかぶさるラルフを見あげた。絞り出された涙が目尻をぬらしてゆっくり流れ落ちていく。
「こんなに、深く、繋がってる──一つに、なってる。なあ。感じるか、アルカード」
「わか──る。感じ、る」
 荒い息のあいまに、アルカードは囁いた。
「もっと、抱いて、いてくれ──しっかりと。離さないで、欲しい。もっと、強く──強、く」
 ラルフはそれ以上なにも言わず、目尻の涙を舌でぬぐってやると、地面に押しつけていた手をとって背中に
回させ、胸と胸とを重ねた。絶えだえな喘ぎと、早い鼓動が直接たがいの肌に伝わる。両手で細い腰をつかんで、
動き始める。

334 ラルアル7/92006/03/28() 23:02:54 ID:RC5JtLsW

 わずかに動きのたびに息をのみ、懸命に声を殺していたアルカードが、腕の中で少しずつ蕩けていった。苦痛と恐怖
で身をすくめてしまった前を擦ってやり、首筋やうなじに口づけを重ねて、緊張をほぐしてやりながら抜き差しを
くり返す。
 やがて、痛みをこらえる呻きの中に、甘い色が混じりはじめた。ラルフの指にこすり上げられたものは重なった
下腹に触れるほどに存在を主張している。ラルフはよりしっかりと細い身体を抱え直すと、力をこめてアルカードを
貫きとおした。
 高い声があがった。もはや、声を殺すだけの余力も、アルカードにはないようだった。意志をはなれて暴走する身体
と感覚に翻弄されて、嵐の中で必死に舟板にしがみつく溺れた者のように、夢中でラルフにすがりついてくる。
 背中を掻くアルカードの爪の感触が快びをいっそう高めた。いとしい、という言葉を、ラルフは初めて心の底から理解
した。力のかぎりアルカードを抱きしめ、思うさま腰を叩きつける。もう手加減している余裕も、その必要も
なかった。狭くてやわらかな、熱い肉がラルフをぴったりと包み込み、からみついていた。
 アルカードがあ、と声を漏らし、ゆれ動く腰の間に熱いものが飛び散った。一瞬、痛いほどにきつく締めつけられ
て、小さく声をあげてラルフも放った。
 気の遠くなるような歓びと、永遠と思えるほどの絶頂感が続いた。余韻に身を震わせながら、ラルフはアルカードの上
に崩れるように身を伏せた。
 しばらくはそのまま、だたがいの体温と鼓動を感じながら、身じろぎもせずに横たわっていた。まだ身体は
繋がったままで、アルカードは荒い息をつき、ほのかに紅く染まった目尻に涙の筋を残していた。
「……すまんな。無理を、させた」
 ようやく起き上がって、ラルフはそっとアルカードの髪をかき上げてやった。

335 ラルアル8/92006/03/28() 23:03:47 ID:RC5JtLsW

 最初はもっと加減するつもりだったのだが、いざ始めてしまうと、そんな計算はもろくも吹き飛んだ。この
美しいものが、アルカードが欲しい、ただそれだけしか考えられなくなり、最後には、自分の快楽しか追求して
いなかったことを思い出して、ラルフは消えてなくなりたいような思いを味わった。
「ラル……、フ」
 呟いた声はひくく掠れていた。アルカードはけだるげに手を上げて、ラルフの頬にそっと手のひらを添えた。
「聞いて、欲しい、ラルフ。私の」
 一度こくりと喉を鳴らして、アルカードは言った。
「私の──本当の、名前を」
 ラルフはまばたいて、たった今自分のものにしたばかりの美しい恋人の顔を見つめた。
「私の名前は、アドリアン・ファーレンハイツ──ツェペシュ」
 アルカードは言った。
「生まれた時、父と母がつけてくれた。父にそむくと決めたときに、この名を捨てた」
 何かに耐えるように、長い睫毛が伏せられた。
「今はもう──おまえだけしか、知らない」
「……アドリアン」
 ラルフは言った。
 アルカードの肩がびくりと跳ねた。
「アドリアン、アドリアン、アドリアン──アドリアン」
 あ、とアルカードの喉が鳴った。

336 ラルアル9/92006/03/28() 23:04:30 ID:RC5JtLsW

 白い身体が、飛びこむように胸にすがりついてきた。ラルフはしっかりとその背を抱きしめ、髪を梳き、耳もとに
何度もその名を、アドリアンという名を、吹きこんだ。肩が熱い滴で濡れた。抑えたすすり泣きが、腕の中から聞こえた。
「泣くな。もう泣くな、アドリアン」
 やさしく髪を撫でてやりながら、ラルフは囁いた。
「俺がいる。俺がいつでもここにいて、おまえの名前を呼んでやる。もうひとりにはならない、俺が、けっして
そんなことはさせない。俺がおまえの還る場所になる、だから、もう泣くな。泣くな、アドリアン。泣くな」
 すすり泣く声がひときわ高くなった。髪をはらって顔をあげさせ、唇をかさねると、がむしゃらに舌をからめて
きた。唇は涙の塩からい味がした。
 暗い森はもうない。迷子の子供は帰り道を見つけた。泣きじゃくりながら、ようやく抱きとめてくれた相手に、
子供が必死にすがりつく。ラルフもそれに激しく応え、再び下腹部に熱が集まるのを感じながら、ゆっくりともう一
度、唯一の恋人を押し倒していった。