標(しるべ)

 

31 名前:標(しるべ) 投稿日: 2008/06/15() 19:09:00

 人は、すぐに死ぬ。
 私を置いて逝く。
 私は、闇の生き物だから、人を好きになってしまったら、死んでゆく人を見送って、後は、凍ってしまうしかできない。
 それなのに、彼は、「待っていろ」と言った。
 死んでしまっても、また必ず逢える。
 また人に生まれてきて、また必ず逢いに来ると。
 人が、死んでしまうのは、また生まれてくるためだと、だから待っていろと、そう言った。

「待っていてくれれば、探し出す。必ず見つけて逢いにゆくと誓ってくれたのだ。だから私は、ずっと待っていた」
 逢えてよかったと、情人の腕の中で、アルカードは幸福をかみしめていた。
 何度も夢に見た、抱きしめてくれるたくましく温かい腕。
 やさしく髪をなでてくれる大きな掌の感触や、ためらいがちに重ねられる唇の熱さに、魂まで溶けてしまいそうだった。
「それでも、アルカード。俺は人だから、また死んでしまう。またお前を一人にしてしまう」
 リヒターの青い瞳に懼れが浮かぶ。
「それでもかまわない。また待っているさ」
 見つめかえしてアルカードは静かに微笑んだ。
「ずっと待っているから、また逢いに来てくれ。何度死んでも、何度生まれても、おまえの魂が私を愛しいと思ってくれるならば、私は、ずっとお前を待っている。私の恋人は、お前だけだ。お前が待っていろと言ってくれる限り、どんなに長い時間でも、待っている」
 薄いシャツ越しに伝わる恋人の熱に酔いながら、その首筋に口づける。
 咬みつきたくなる衝動を抑えて、顔を上げ、頬にふれる。
 誘うように目を閉じれば、薄く開いた唇をふさがれる。誘われるままに舌を絡め、貪るような口づけを交わし、加えられる不器用な愛撫に酔った。

 人はすぐ死ぬ。
 私は置いて行かれる。
 ただ愛された熱だけが、この魂に刻みこまれる。
 けっして凍りつくことのないこの熱を道標に、愛する人が還り来るのを、私はただ待つだけしかできない。
 闇に生まれて、光に棲む人を愛してしまったのだから。