古歌-イニシエノウタ-【結の歌】

 

 

99 古歌-イニシエウタ-【結ノ歌】2/12011/03/28() 00:35:58

【結ノ歌】

「息子よ……教えてくれ」
 業火の中に塵となって薄れていきながら、魔王は夢見るように呟いていた。
「あれは……リサは……最後に、なんと言ったのだ」
 すでに三世紀の月日が経っていた。いちど魔物狩りの男と教会の魔女、こそ泥、そして
自らの息子によって滅せられた魔王は、邪教を奉ずる神官の手によって復活を遂げた。そ
してまた、父殺しの苦悩を負いきれずに自ら永遠の眠りについたはずの息子は、避けられ
ぬ運命の糸に導かれるようにふたたび目覚めて父と対峙することとなった。
 二度目に滅することとなった魔王は、ほぼ視界を失った目を息子の方にさまよわせた。
崩れていく身体からしだいに闇の力が退いてゆき、公子はその中に、幼いころ、自分を抱
きあげてあやしてくれた父の瞳を見いだした。
「人を……憎んではならない、と。そして」公子は言った。
「父上、あなたを、……あなたを、愛している、と」
 魔王の目がわずかに見開かれた。そして最後に残っていた血光が吹き消されるように消
えた。「そうか」と彼は呟いた。
「そうか……。」
 恨みと憎悪が陽を浴びた雪のように解けていった。永い年月の果てに、ようやく彼の、
わずかに残った人の心は、安らぎを見いだしていた。だが、これで終わりではないことを
彼は知っていた。一度闇に侵食された存在は、滅されるたびごとに人間性をそぎ落とされ
てまた甦る。完全な浄化が行われる日まで、際限なくそれはくり返されるのだ。
 自らの愚かさが妻に、そして息子に与えた苦しみの大きさを思って、彼は泣いた。涙は
出なかった。彼は消えようとしていたが、それは一時のことに過ぎなかった。いずれまた
彼は甦り、息子、あるいはその協力者たちの手で滅ぼされるだろう。そのたびにわが子
は、実の父をその手で殺す苦痛を味わうことになるのだ。
 すまない、と最後に告げようとした。だがもう刻がなかった。黙然と立つ息子の顔に、
深く刻みこまれた痛みと嘆きを彼は見た。母のおもかげを受けついだその顔、かつて自分
のものであった剣を握ったその手。これから彼は幾度父殺しの罪を味わうことになるの
か。
 すまない、と唇を最後に動かし、魔王は混沌の闇に消えた。
 かさねて二度父を屠った剣を下げ、顔を覆って公子は立ちつくした。

100 古歌-イニシエウタ-【結ノ歌】2/22011/03/28() 00:36:53


 
 二度にわたる父殺しの傷は、公子の身と心を永遠にその瞬間に縛りつけてしまった。時
間は彼に一指も触れることなく通りすぎ、本来ならば時が癒してくれるはずの傷も、口を
開け、血を流しつづけるまま残った。
 公子は仲間を得、暖かな人々に迎えられた。だが孤独はどこまでもついて回った。十八
歳のままのやわらかな心と魂をかたい殻でおおうことで、公子はそれに対した。彼は笑わ
ず、語らず、楽しまなかった。苦悩の終わる日は見えなかった。定められたその日までは
──
 ──一九九九年七の月、魔王と、その魔力の根源たる城を、おのが呪われた身とともに
完全に消滅させる、その日までは。

-end-